第9話
それから一週間後。
ネヴェルの城は、フィリシスの見事な大暴れと、それが原因で起きた火事、見張り塔の倒壊及び城への落下によって、見るも無残な姿に変わり果てていた。
今は、町の人達総出で城の復旧作業を進めている。
だが、ストラディゴス以外に怪我人は無く、むしろネヴェル陥落の動かぬ証拠が出来た為、ポポッチ一味は予定より早くカトラス王国へと戻って行った。
アスミィ、テレティ、ハルコス、そしてフィリシスは、これを機に本当にポポッチの家臣になると言う話だ。
彩芽は、ポポッチの頭痛は酷くなりそうだが、少し楽しそうに思えた。
船の上でフィリシスに勧誘された事を思い出し、こんな事ならポポッチ一味も悪く無かったかもしれないと少しだけ思う。
あの日、エルムは船で王都まで行き、作戦を計画通りに進めた。
ストラディゴスの計画に無い活躍があったため、騎士団内でエルムへの責任問題が浮上すると、自身の判断ミスを認めて騎士団長の職を、あっさりと辞任してしまった。
ただの魔法使いとして大臣として、オルデンと共に停戦協定の締結に向けて忙しそうにしている。
ストラディゴスは、騎士の称号を自ら捨てたが、オルデンの計らいでフィリシス撃退の褒美として騎士の称号を再び授与される特例措置を受けられる事となったが、自分には相応しくないとして辞退してしまった。
そして、彩芽はと言うと……
カチカチカチ……
「まさに灯台下暗し」
ピアスを舌で遊びながら、ブルローネのロビーにあるソファに寝っ転がっていた。
水色のワンピースにロングブーツ姿。
目の前にある砂時計の砂は、落ちていない。
「はい、どうぞ」
アコニーにお茶を出され、彩芽は身体を起し座る。
「ありがと」
「あと、これね。絶対無くさないでね」
「何から何まで、感謝してもしきれません」
彩芽がアコニーに抱き着き、頬にキスをする。
アコニーは、孫でも可愛がるように頭を撫でてくれた。
直後、厳しい視線を彩芽の向かい側の席に向けた。
「悪用するんじゃないわよ。ストラディゴス」
「何だよ。しねぇよ」
ストラディゴスは二人掛けの椅子に窮屈そうに座りながら、アコニーに答えた。
アコニーに手渡されたのは、ブルローネ総支配人アコニー・キングから全店舗に向けた書簡である。
その効果は、ブルローネの全ての店舗で顔が利くようになる事。
部屋が空いていれば、姫は付かないが無料で泊めて貰えるらしい。
ストラディゴスは傭兵時代を彷彿とさせる装備に身を包み、旅の準備を整えていた。
「アヤメ、いつでも私を頼ってね。お金が必要なら、姫としても大歓迎よ」
「おい、冗談でもやめてくれ」
「あなたがそんなこと言うとはね。あ、あと、ヴィエニス様にも手紙をあげて。楽しみにしてるはず」
「はい!」
三日前。
彩芽は、約束通りエルムに時間を作ってもらい、元の世界に帰る相談を終えていた。
その場にはオルデンとストラディゴスも同席し、異世界談義もしたが、直接的な帰り方は結局分からなかった。
だが、パトリシアと違って言葉がなぜ分かるのかと言う話から、エルムが翻訳の魔法について軽く教えてくれる。
「翻訳にはいくつか種類がある。自分の認識を変えるか、相手の認識を変えるか、簡単なのは自分の認識の方だ。大抵は、首から上に魔法を刻む。頭には耳と口があるからな。他には、マーゴスが得意な変身の指輪みたいに、物に魔法を刻む場合だ。イヤリング、眼鏡、変わり種だと入れ歯なんて物でも出来る」
彩芽はそれを聞いて、舌を出した。
「こういうのも?」
舌のピアスを見て、エルムは「そうだ」と言いつつ、眉を傾げ、良ければ見せてくれないかと彩芽に言う。
彩芽がエルムに、ピアスを拭いてから渡した。
「アヤメ、#$%&'('&%$%&'()('&%&'()?」
「へ? 何?」
「’&%$#$%&’’&%$%&’?」
「……うそっ!?」
オルデンとエルムの言っている言葉が一切分からなくなり、二人も彩芽の言う事が理解できず、つい先ほどまで理解していた異世界の文字も彩芽は読む事が出来なくなっていた。
ストラディゴスは突然言葉が通じなくなった彩芽を見て、仰天している。
彩芽が驚いた表情でエルムの執務室内にある文字を見ていると、エルムがピアスを返してきた。
彩芽が舌にハメなおすと、また元通り言葉が分かるようになっていた。
「言葉の秘密は、わかったね。アヤメ、そのピアスはどこで手に入れたんだい?」
オルデンが言うと、彩芽は困惑した表情のまま答える。
「亡くなった母の形見です」
「お母さまの?」
「はい」
それを聞き、エルムはある事に気付いた。
「アヤメの母親は、こっちの世界に来た事が? それとも出身がこっちなのか?」
「あの、写真って絵でしか見た事無いので……あっ……」
「どちらにしても、そのピアスを作った魔法使いを探せば痕跡が追える。それに、彩芽の母親は、間違いなく世界を行き来していた。つまり」
「帰れるんだ……」
「そう言う事だ。そのピアスを調べさせてくれれば、出所を絞ってやれる。とりあえずは一歩前進って所か。よかったな」
「はい!」
「エルムさん凄いですね。さすが魔法使い」
「賭けに負けてタダ働きなんだ。もっと褒めて良いんだぞ」
エルムは、もうクタクタだよと自分の肩を拳で叩いた。
* * *
こうして、騎士では無くなったストラディゴスは、彩芽のピアスを作った魔法使いを探す旅に同行する事になった。
この世界、この御時世、女の一人旅はあまりにも危険すぎる。
だが、戦場で名を馳せ、竜を打ち負かした巨人が共に来るなら、これ以上に心強い事は無い。
半生を共にしたルイシーを置いて行くのはストラディゴスも不安そうだったが、今回の件でストラディゴス以上に皆に頼られ、信頼されている事も分かり、ルイシー本人からも「アヤメさんの期待を裏切らないようにね」と送り出された。
彩芽がアコニーに別れを言い、ブルローネを後にする。
すると、扉の外には一番最初の景色が目に飛び込んでくる。
二つの月、煌めく街並み、壊れた城、蒼い空。
異世界に来た時と同じ、最高の旅日和。
だが、今度は一人ではない。
「ストラディゴス、ここ覚えてる?」
「色んな意味で忘れられねえよ」
「んふふ、火、貰える?」
「ほらよ」
マッチで煙草に火をつける。
「う~、改良の余地ありだね」
手作りの煙草を、ぺっぺと吐き出す。
フィルターが無く、かなりキツイ。
石畳で火を踏み消すと、簡単に葉がバラバラになって風でさらわれてしまう。
彩芽は携帯灰皿を取り出す。
中には、アスミィと遊ぶためにすぐに消した最後の煙草。
灰を払い、火をつけなおす。
正真正銘、最後の一本。
「ふぅ」
「まずは、どうする?」
「オルデン公はパトリシアさんも訪ねるといいって言ってたけど、エルムさんの言ってた、まずは南かな」
「仰せのままに、お姫さま」
「ははは、そんな事言って私がまた」
言ってる傍から彩芽が石畳の上で滑り転び、尻もちをつく。
「いつつっ」
「大丈夫か?」
「ちょっとぉ、助けてよ!」
「助けてもサービスは無いんだろ?」
「そう言う事言ってると、ルイシーに言いつけるよ」
「勘弁してくれよ」
「ほら、ストラディゴス、起こして」
「しょうがねえな」
こうして、二人の旅は始まったのだった。
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