第10話

 どこまでも続く長閑な景色。

 まるで外国の片田舎の様であるが、時折目に入る小型モンスターの群れを見て異世界なのだと思い出される。

 しかし、モンスターと言う表現が適切では無い。

 怪物では無く、この世界では一般的な生物なのだから。


 馬車を引く馬は、形にそこまでの差は無い。

 ただ、見た目に独特の模様が目立つ。

 マダラ模様やシマウマの縞とはまた違った、茶と黒の身体に左右対称の模様。

 四頭いるどの馬にも刺青の様に入っているので、そう言う種類なのだろう。

 鳴き声は「ヒヒン」と馴染み深い。


 馬を見て、なるほど道理で時々デザインの凝った革製品をこの世界の人が使っていた訳だと思う。




「アヤメ、町が見えて来たぞ」

 御者台を一人で占有する巨人の声に、荷台に寝っ転がりながら顔だけ向けた。


「ストラディゴスが邪魔で見えない」

 そう言って、頭髪の根本が黒くなり始めている金髪の女は、長い足をパタパタと動かす。

 彩芽の言葉に、ストラディゴスは身体を捻り振り向く。


「ほら、そんなこと言ってないで、来いよ。今度の町はネヴェルより大きいぞ、いいから見てみろ」

「ほんと!?」


 彩芽はストラディゴスのベルトに足をかけ、首に抱き着く様に肩越しに御者台の前を見た。


 つい五日前まで滞在していた大陸最西端にある商業都市ネヴェルは、海沿いの美しい街であった。

 今度の町は、道すがら泊ってきた小さな宿場町とは違い、周囲を堅牢な城壁で囲まれた城塞都市である。

 まだかなり遠いので、遠近感のせいか霞んで見える。

 城塞都市の中心にはネヴェルの城よりも大きな城があり、都市に向かう道には長い馬車の渋滞が見える。


「あれはなんていう町?」


 ストラディゴスは畳んでいた巻物状の地図を引き延ばし、彩芽の目の前に出す。

「フィデーリス、ほら、ここだ」

「何が有名なの?」

「ああ、確かここは、赤ワインと、燻製料理が有名だったはずだ」

 ストラディゴスは、名物料理が何かを真っ先に答え、他に何かなかったか思い出そうとする。


「干物かぁ、お酒に合いそうだねぇ。っと、食べ物以外では?」

 彩芽は分泌される唾液を飲み込むと、食べ物以外にもちゃんと興味があるよと質問を付け加える。


「あ、ああ、あとここは……そうそう、フィラフット市場が有名だ。あそこなら大抵の物は手に入る」

「じゃあ、煙草も?」

「と言うか、煙草を買いに寄ってる」

「え、そうなの?」

「嫌だったか?」

「ううん、寄り道させちゃって悪いねぇ~えへへ」

 褒めて遣わすと、彩芽に何故か手で耳を引っ張られる巨人は、悪い気はしない。


「ここの煙草は安くて美味いぞ。ネヴェルで売っていた煙草は、ここから流れて来るんだ。ここなら品ぞろえも良い。だがな、中には幻覚を見るような物も売ってるから、俺に聞いてから試せよ?」


「うん? う、うん」


 彩芽は「幻覚?」と言葉の受け取り方に困った。


 普通に売っていて、試せる。

 と言う事は、恐らく合法なのだろうが、彩芽の中の幻覚を見る様な薬のイメージは、元の世界基準なので、かなり良くない。

 それに、依存症とかを考えると詳しく無くても、ヤバい物としか思えなかった。


 現に、煙草に対して既に依存している。

 別に吸わなくてもイライラしないが、時々嗜好品としては欲しいと言う程度でも心理的に依存している事に変わりはない。

 それを彩芽は自分で分かっていた。


 元々、動物アレルギーで呼吸が苦しくなる時に、酸素吸入器や発作の薬以外で呼吸が楽になって落ち着く物を探していた結果辿り着いた物だった。

 だが実際の所、仕事のストレスから逃げる為に量が増えてしまった所がある。


 そんな風に、彩芽が幻覚作用のある葉っぱを一人警戒していると、ストラディゴスは大事な事を忘れていたと話を続けた。


「ああそうそう、あとここで有名なのは、奴隷だな」

「ど、奴隷? その……フィリシス、みたいな?」

「フィリシスとは少し違うが、まあ、そうだ」


 奴隷と聞き、首輪をはめられてこき使われる人々を思い浮かべ、怖くなる。

 だが、この世界では当たり前の事なのか、ストラディゴスは特に調子を変えずに説明してくれる。


「ああ、ほら、地図で見ると分かりやすいが、近くに国境が集中してるだろ?」


 地図を見ると、フィデーリス近くのマルギアス国境には三つの国があった。

 そのどれもがマルギアスと同じ程度の大きさの国だ。

 まさに国境集中地帯。


「フィデーリスはマルギアス南端の港町モルブスと距離が近いから、敵国や未開拓地から運ばれてくる奴隷の中継基地になってるんだ。と言っても、ほら、ここにでっかい山があるだろ? ほら、あれだ」


 ストラディゴスに指さされ見ると、雲が頂にかかる巨大な山がそびえたっているのが見えた。

 スケール感がおかしくなるぐらいに大きく、写真を撮りたい願望にかられる。

 だが、スマホはオルデンに旅の資金をくれると言われた時に、タダでは悪いと譲ってしまった為手元に無い(あったとしてもバッテリー切れだが)。


「うわぁ……大っきな山だね」

「あれを迂回しないと王都にいけないせいで、マルギアス向けの流通基地としたらフィデーリスはネヴェルに及ばないんだ。その代わり、大陸内では独自に中立を保っていて、王家も認めているからよ、敵国の品も普通に売っている。フィラフット市場は、俺も前に何度か行った事あるが、きっと楽しめるぞ」


「ストラディゴス、そう言うの詳しいよね」

「あん? 傭兵の師匠に色々と教わったからな~」

「へ~、良い先生だったんだ?」

「傭兵としては一流だったと思うぞ」

「ふ~ん……」


 彩芽は勇気を出して、一つ質問した。


「ねえ、奴隷を買った事ってあるの?」

「いや、無いな」


 ストラディゴスのあまりにもあっさりとした即答に、彩芽は安心する。

 しかし、続く言葉に少し驚いた。


「何しろ良い奴隷は高いからな。なんだ、欲しいのか?」


 この世界の奴隷への価値観は、こんな具合かと実感しつつも、自分の尺度を押し付けるのもどうかと思い彩芽は返事をした。

「ううん」

「まあ、どっちみち今の手持ちじゃ、大した奴隷は買えないし、旅には邪魔だしな」


「そう、なんだ……」

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