第3話

 酔い覚ましを取りに行く道程、日が差し込む長い廊下。

 ストラディゴスは徹夜の疲れからフラフラと歩きながら、ある事を考えていた。


「良い人」なんて、そんな事は言われた事が無かった。


「最低、自己中、無責任」なんて罵られた事なら何度でもある。

 戦場では敵に恐れられ、仲間内でさえストラディゴスの事を好いてくれる者がいても、良い人間と思っている者はいないだろう。


 女子供に手をあげる事は無くとも、自分が見せてきた優しさの裏には、いつだって確実な見返りか、守るべき世間体が先にあった。

 そんな事実を思い出し、彩芽の事を考える。




 きっと昨日までのストラディゴスなら、彩芽にベッドを譲る事は無かった。


 服をゲロで汚されれば、弁償を求めて然るべきと考えただろうし、町で拾った酔っぱらいの身体をわざわざメイドに洗う様に頼む事も無い。


 どうせ後腐れが無いと割り切り、当たり前の様に夜這いをかけて、きっと無理やりにでも抱いていた筈である。


 二日酔いだろうが関係無く、さっさと魔法使いに会わせて、数日後には忘れていたに違いない。




 しかし、今はどうだろう。




 なぜ昨日会ったばかりの女の服を頼まれても無いのに選び揃えるのが、こんなにも楽しく、時間がかかったのだろうか。


 どうして昨日まで気にならなかった風呂に入っていなかった自分の体臭が、急に気になりだしたのか。


 当たり前に見慣れている女の裸体の筈なのに、間違いなく見たい筈なのに、裸で寝ている彩芽が寝ている自分の部屋を訪ねる事が、なぜ出来なかったのか。


 なぜ大部屋で寝たなんて、いらない嘘をついたのか。


 なぜ、高い金を出して昨日味わったブルローネの姫の味よりも、いや、今まで抱いてきた一番良い女よりも……朝、人知れず彩芽を想像して自分を慰めていた時の方が、切なさと共に、遥かに大きな快感を感じたのか……




 * * *




「馬鹿か? お前、それが恋だろ」


 ストラディゴスに酔い覚ましを調合して手渡す、無精髭を生やした細身で長身の男。

 男はストラディゴスの話を聞いて、かな~り引き気味に言った。


 青いマントを羽織って紺色のローブを着込んだこの男こそが、城の知恵袋、件の魔法使いの一人、エルムである。


「いやいやいや、エルムさんよぉ、俺がそんな」


 とストラディゴスは否定する。

 だが、エルムは馬鹿にするように言葉を続けた。


「引くわぁ、自分大好き性欲魔人のお前が、まさかの初恋が昨日とはな。お前いくつだ? 俺より確か八歳ぐらい下だから、三十五? 六か? ほんっと引くわぁ、お前、経験豊富に見えて恋愛童貞だったのな、ははははは」


 酷い言い様だが、二人の間ではこれが普通らしく会話が滞る事は無い。


「だから、そんなんじゃないんだ。アヤメは何と言うか、そう、特別なんだ」

「特別っ! うわぁうわぁ、マジで重症だなお前」

「はんっ、なんとでも言え。お前だって会えば分かる」

「あ~はいはい。あとで連れてくるんだろ? 会った時に自分で確かめるから。お前がいると部屋が狭くなる。さっさと帰れ」


 ストラディゴスはエルムの部屋を後にする時、扉を閉じる直前に悔しそうにエルムに言葉をかけた。


「酔い覚まし、助かった」


 扉が閉じられていく間、それを聞いたエルムは信じられないものを聞いた顔を作って挑発しながらストラディゴスを見送った。


「あのストラディゴスが、俺に礼を言っただと?」


 それは、長年友人として彼を見て来たエルムには、到底信じがたい事だった。


「あのバカが一晩でここまで変わるとは……これは、面白くなってきたな」


 エルムは、ニヤリと人の悪い顔をし、何やら準備を始めた。





 ストラディゴスの持ってきた薬のおかげで、だいぶ体調がマシになった彩芽は、城の大食堂に来ていた。

 日は傾き始めているが、外はまだ明るい。


「あの、ストラディゴスさん。なんだか視線を感じるんですけど」

「……気になるなら、部屋で食べるか?」

 大食堂の出入口で横に並び立ち止まる二人。

 ストラディゴスは彩芽の顔の前に手を広げ、大食堂に並ぶ長テーブルをまばらに埋める兵士の視線を遮る。


「あ、いえ、なんでみんなこっちの方を見てるんだろって」

「俺の客人が珍しいからかもな」

「それなら、良いんですけど」




 これまでの人生で注目に晒される事など無かった彩芽は、好奇の視線に慣れていない。

 だが、あの後も結局ストラディゴスに二日酔いの看病までさせてしまい、これ以上の迷惑はかけられないと我慢する事にする。


 ストラディゴスの視線に対する予想は、半分当たりだが半分は外れであった。

 確かに彼への客人は珍しかったが、それ以上に周囲の興味をそそっている事は、客人が来た事で急にめかしこんでいる巨人の方である。


 城内随一の女好きが、必死に自分を繕ってまで、守り、もてなそうとする女がいる。

 巨人を知っていればいる程に、いったい女が何者なのだと皆が気になっても仕方がない。


 兵士達の彩芽への感想は「なるほど、美人と言えば美人だが、副長が頻繁に通うブルローネの姫の中には、もっと正統派の美人が幾らでもいたのに、なにが違うんだ?」である。

 あのストラディゴスを手懐けたと噂の女は、一体何者なのか?

 そんな疑問が、視線の元には必ずと言っていい程あるのだ。


 ちなみに、城の兵士達の間で広まる彩芽の正体は、「猛獣使いか調教師」で無ければ「魅了の魔法使い」と冗談半分ながらも、半分本気で思われていた。




「それよりも、今日はまだ何も食べれてないだろ? 何か食べたい物はあるか?」


 ストラディゴスが自分専用らしき大きな椅子を軽々と運ぶ。

 誘導されるままに誰もいない長テーブルの席につく彩芽。

 大食堂には、巨人サイズのテーブルは無いが、巨人サイズの椅子が他に三つあり、彩芽は他にも巨人がいるのだとぼんやり思う。


「メニューとかってありますか?」


 彩芽の座る椅子を引き、座らせるストラディゴス。

 巨人は、その向かい側に小さな椅子を横にどけて自分の椅子を置いてテーブルを占有する。


「メニュー? いや、無いが、簡単な物なら厨房に頼めば作ってくれる。それに、もう少しで夕食の時間だからな、ある物で良いならすぐに出せる筈だ」




 そこに一人の男が悪い笑みを隠してやってくる。

 大食堂の一角に巨体を見つけると、男は大声で話しかけながら近づいてきた。


「よう、部屋に行ったらいないからだいぶ探したぞ。君がこいつのお客人だな」

「エルム、お前わざわざ何しに来た」

「ふん、わざわざこっちから会いに来てやったんだ。何でも俺に聞きたい事があるそうじゃないか」


 尊大だが馴れ馴れしい態度をとるローブにマントを羽織った細身の男。

 無精髭を撫でながら、鋭い目つきで彩芽を舐める様に観察する。

 そんな視線を送るエルムに対する彩芽の最初に受けた印象は、口の悪そうな不良中年である。


「あの、あなたが魔法使いさんですか?」

 そこには、魔法学校の校長を期待していたのに、裏切られた感があった。


「そのとおり。君の目の前にいるのが、ネヴェルに三人いる魔法使いの一人。はじめまして、話はこいつから聞いている。キジョウ・アヤメ。俺だけ君を知っていては不公平だ、名乗らせてくれ。俺の名はエルム・コルカル。そこにいる身体の大きな友の数少ない友人だ。さて、二日酔いの方は、もう大丈夫かね?」


「はい。だいぶ良くなりました」


 エルムはストラディゴスを手招きし移動すると、彩芽に聞こえないように食堂の隅でコソコソと話し出す。


「なんだ、お前、ああいうのが好みだったのか?」

「何が言いたい」

「お前を骨抜きにするんだから、どんな女かと期待してきたんだろうが。俺はてっきり、どこぞのハーレムにいた妖艶な美女を想像していたんだが」

「何言ってるんだお前」




 エルムは彩芽の所に戻り、横の席にドカリと座る。


「それで、聞きたい事が何かあるんだって? あいつの説明が分かりにくくてな、答えを用意してくる事は出来なかった。分かる範囲でお答えしようじゃあないか。だが、その前に大事な事だから先に言っておく。俺を使うのは高くつくぞ。だが、あんたは運が良い、身体の大きな友に免じて、料金は友情価格にしといてやる」


「料金……あ、あの、言いにくいんですけど……お金持ってないんですが」

 彩芽は、スマホの財布機能で普段からまかなっていた事もあり、元の世界の金さえ持ち歩いてはいなかった。


 ストラディゴスがエルムを睨むと、気にする素振りも見せずに楽しそうに話し始める。


「はははははっ! おいおい、冗談だよ冗談。あんたから金をとる気はさらっさら無い。ここが俺の執務室なら、まあ話は、別だがね。俺は今のところそこで俺を睨む友人を訪ねてここに来たんだ。そのついでに、友人の連れと話をしているだけ、なあ、そうだろ?」


 ストラディゴスは、エルムの言葉を聞いて、正体不明の悪寒に襲われた。

 順番は逆だが、エルムは悪寒を感じる巨人の顔をチラリと見て、心底意地の悪そうな嫌な笑いを浮かべる。

 挑発的な顔をストラディゴスだけに見えるようにわざと見せ、エルムは明らかにろくでもない何かを企んでいた。


「でも、ただ話を聞くだけって言うのも面白くない。そうだろ? そこでだ、俺とゲームをしてあんたが勝てたら、なんでも質問に答えよう。逆に、あんたが負けたら、話は執務室で改めて聞く事にする。その時は、もちろん有料だ。順番だけは一番にしてやるが、それでいかがかな?」


「ゲ、ゲームですか?」


「ああ、アヤメ。あんたは負ける事を心配する必要は無い。相談料は、優しい優しい、こいつにつけるから」


 エルムの魂胆が分かり、ストラディゴスは素が出る。


「エルムてめぇ! 俺にたかる気か!」

「借金の取り立てだと思え。それに、リスクが無いと何も面白くないだろ。俺は、この俺を無料で使えるビッグチャンスまで提供してるんだぞ? その点では、身体の大きな友に身体と同じぐらいの大きな感謝こそされても、たかりなんて罵られる言われは無いね。なんなら酔い覚ましの料金もここに含んでやろうか?」


「ストラディゴスさん、あの酔い覚ましって買ってたんですか!?」

「確かにこいつから買ったが、あれは俺が酒を飲ませたのが悪かったから、って、ええい! 気にするな! エルムてめぇ! 何バラシてやがる!」


「さあ、ゲームに乗るか乗らないか? こういう事は、お互い同意の上で進めないと面白くないからな」




 彩芽は、エルムの提案について考えた。

 何のゲームかによって話は変わってくるが、無一文の自分にとって悪い話では無いのかもしれない。

 それでも、やはり一つ気になる事があった。


「あの……もし負けてもストラディゴスさんには、請求しないで欲しいんですけど。それならやります」


「いやいやいやいや、こんな奴を相手にするなアヤメ」

「……ほぅ、なぜだ?」

 エルムはストラディゴスを無視して興味深そうに聞いた。


「ずっとお世話になりっぱなしなんです。もうこれ以上迷惑は……」

「待ってくれ、迷惑だなんて思っていない! もっと頼ってくれて良い!」

「え、でも」

「だってさ、聞いただろ? 長い付き合いの友人同士の悪ふざけだ。あんたが気に病む必要はこれっぽっちも無い。あんたがゲームに負けても、こいつは親友に借金を返すだけだ。それでも嫌なのか?」


「それでも、私の事で私が負けて、それでストラディゴスさんが嫌な思いをするのは、嫌です! エルムさんと私の勝負なら、私が責任を取ります!」


「なら、負けた場合どうする? 金は無いんだろ? 他をあたるか? ウチのもう二人の魔法使いのサヘラとマーゴスなら今は王都だ。待つなら待つで大変だし、あいつらはストラディゴスとは仲が悪い。俺みたいなサービスは無いぞ? それとも別に魔法使いなんかに頼らなくても良い質問なのか?」


「負けたら、その時は私が払います」

「……俺は別に構わんが、どうやって払う?」

「必ず働いて返します」


「ほぉ、こいつに借りを作りたくない……だけでは無いのか。はぁ、はぁ、はぁ、と。なるほど、なるほど。会えば分かるか、面白い。『エルムさんと私の勝負』ね。よし、その条件を飲もう」


 エルムは、彩芽に対して興味が湧いてきた。

 リスクを自分の物にした事で、エルムと対等の対戦相手となったとエルムは受け取ったのだ。


 これは、ゲームが好きだが、今回は完全にストラディゴスに意地悪をしに来ていたエルムにとって、予想外の事態であり、嬉しい誤算でもあった。


「あの、ちなみにいくら必要なんですか?」

「ん? そうか、相場を知らないなら先に金額を提示するのがフェアってもんだな。俺が城の魔法使いとして助言を与える相場は、質問に答えを与えられなくても一回一千フォルトだ」


「……一千フォルトって、どれぐらいの価値ですか?」


「あんた、本当にどこから来たんだ? まあ、そうだな。仮に、あんたが負けて俺の下で何でもすれば、一ヵ月で返せる。つまりひと月ただ働きして貰う事になる。住む場所と飯はぐらいは、最低限なら提供するがね……なあ、ストラディゴス、それは良い考えだと思わないか? アヤメが俺の使用人になる。(ストラディゴスの嫌がる姿を)想像するだけで楽しくなってきた」


「お前、俺がいつまでも我慢して聞いてると思うなよ」


「はっはっは、最後に決めるのは、お前じゃない。これは俺とアヤメの勝負だ。さっきまでは当事者だったが、今のお前は部外者だ。そこでアヤメ、提案だ。あんたが勝ったらすぐに質問には答えるし、更にあんたの要求を何でも一つ聞いてやる。あんたが負けた時は、一ヵ月間、俺の下で専属の使用人として働いてもらう。あんたが逃げ出さなければ、その時は質問に答える。この条件でどうだ?」


「わかりました……やります!」


「待て、エルム。なら、そのゲーム、俺も参加させろ」





「勝者は一人。一位の全どりだ。勝者は敗者から一千フォルト分の働きと、言う事を何でも一つきいてもらう権利を与えられる」


「はい」

「それでいい」


「あと、このルールは後で正式な契約として魔法で刻む。つまり、踏み倒しは、俺も含め誰にも出来ない。特にお前だが、わかってるよな?」

「ちっ、わかってるよ」




 エルムは、彩芽とストラディゴスが同意した事を確認すると、満足そうにマントの下を弄り始めた。


「ゲームはカード。要するに運の勝負だ。問題あるか?」


 エルムは服の下からカードの束を取り出した。

 それを見て、ストラディゴスは口を出さずにはいられない。


「お前……まさかそれ、わざわざ持ってきたのか?」

「趣向は凝らすべきだろ? さあ、アヤメ、これのルールは知ってるか?」


 そう言うとエルムは絵の書かれたカードの束を、扇状に広げて彩芽に見せた。

 彩芽は首を横に振る。


「ふむ、なら簡単だから説明するぞ。カードをシャッフルして、それぞれ三枚配る」


 エルムはカジノのディーラーの様な慣れた手つきでカードを切り、さっさと配り始めた。


「お互いカードは表にして説明するぞ? 見りゃわかるが二十一枚のカードには、それぞれ『1』から『5』までの数字が書かれている。数字は四色の四セットあって、この太陽のカードは一枚だけあるって事だ」


「うん」


 カードを見ると、星が星座風に数字の数だけ並んでいる。

 星と太陽の柄のカードは、ペン画で印刷されているが印刷精度が低いのか手作り感があり、独特の味があった。


「太陽は、どのカードとも対になれる。数字は小さい程強く、色は白・黄・赤・青の順で強い。これを本番では相手に見せずに、一回だけ二枚まで山札から交換が出来る。交換したカードは、墓場に表にして重ねて置いていく」


 彩芽は、要するに『5』までのトランプでやる三枚ポーカーかと思いながら、うなずいた。

 トランプを知っていれば、確かに何も難しい事は無い。


「あとは、お互いカードを並べて数字を一番小さくして見せ合うだけだ。簡単だろ? すぐに終わる」


 エルムの説明で、ポーカーとは役の作り方が違うのは分かるが、それでも単純なルールだと思った。

 彩芽は自分の理解が正しいか、確認の為に質問する。


「並べるって、『111』が一番強くて『555』が一番弱いって事で良いんですか?」


「おっと、それを今から説明しようと思っていたんだが、同じ数字は重ねる事が出来る。つまり、1を三枚重ねて『1』にするのが一番強い役だ。一種類でも同じ数字が揃えば二桁の数字に出来るって言う事だ」


「なるほど」


「この勝負を一位に三回なる奴が出るまで繰り返す。三連続で一位になれば、その時点で終わりだ」


 エルムはカードを回収すると再びシャッフルし、テーブルの上に配り始めた。

 カードゲームに慣れている様子で、その動きだけで運のゲームの筈なのに強そうに見えるのだから不思議である。




「あと一つ、最初に数字のカードを一枚表で出して、数字が一番小さい奴から右回りにカードチェンジだ」

「一枚見せたカードは、手札に戻すんですか?」

「そうだ」


 彩芽は、手札プラス他の人の見せたカードで引きやすいカードを推測するのかと、ルールを理解し始めた。

 引く順番では無く、捨てる順番の取り合いである。


 大きい数字を選んでカードチェンジの順番を後にした方が、墓場に置かれるカードを見てから選択出来るが、相手に渡していい数字情報がどれかを考えつつ、良い役が揃う確率を考えてプレイしなければならない。


 なるほど、どうしよう。

 彩芽は、内心、少しだけ不安になった。

 実は、こういうゲームが昔からあまり強く無いのだ。

 はっきり言ってしまえば、賭け事においてだけ、ここぞと言う時の引きが弱いタイプであった。





 一回戦。


 彩芽の手札は、『245』で順番決定の際は『5』を出した。

 エルムは『1』、ストラディゴスは『2』だった。


 そうなると、山札には『2』のカードが多くても二枚しかない事になり、確率で考えるとストラディゴスも『2』を捨てる可能性がある。

 しかし、『2』は手持ち最小のカードで、残したいと言う心理も働く。

 エルムは『1』以外が揃っていない限り『1』は交換に出さない筈だ。


 彩芽はエルムの二枚チェンジの後に、やはりと思いながら捨てられたカードを見てから二枚チェンジ。

 ストラディゴスは悩みながら一枚チェンジした。


 彩芽の手札は『123』。

 三人がテーブルにカードオープンすると、エルムが『145』、ストラディゴスは『2』が二枚の『24』となっていた。


「よし!」

 と、ストラディゴスがエルムに勝ち誇るが、エルムは勝負は始まったばかりと楽しそうである。


 一回戦の成績を、エルムが持ってきていた小さな黒板(エルムがマントの下から出した)にチョークで書き、一位になったストラディゴスが今度はカードを配り始めた。




 二回戦。


 彩芽の手札は『345』。

 最弱の役である。

 不安を悟られまいとポーカーフェイスを作り、順番決定のカードオープン。

 彩芽『5』エルム『5』ストラディゴス『5』。


 エルムの『5』が白で、一番となる。

 『5』が揃う確率が低いのは明らかだ。


 エルムが二枚チェンジ。

 彩芽が『3』残しの二枚チェンジをすると、役が『135』となった。

 エルムが墓場に捨てたカードもちゃんと見て推測したのに、なぜ『5』が来てしまったのかと、読み違いにポーカーフェイスがゆがむ。


 運のゲームだから仕方が無いが、こういう経験の蓄積が賭けに弱いと思い込む原因である。

 エルムとストラディゴスは、何ともいえない百面相をしている彩芽の顔色を、お手本の様なポーカーフェイスで見ていた。


 ストラディゴスが二枚チェンジすると、全員がカードオープン。


 エルムは『1』が二枚の『12』、ストラディゴスは『4』が二枚の『34』。

 今度はエルムが一位となる。




 三回戦。


 エルムが配り、彩芽の手札は『455』。

 順番決定では彩芽が『5』、エルムは『4』、ストラディゴスは『1』を見せる。


 ストラディゴスが二枚、エルムが二枚チェンジ。

 彩芽は墓に『5』が無いのを見て『5』が来ることを祈り、『4』を捨てる。


 全員オープン、エルムはまたしても『1』が二枚の『12』、ストラディゴスは『2』が二枚の『12』だった。

 同じ役の場合、三枚並べて小さい方が勝つ。


 エルムがストラディゴスに勝ち誇ると、彩芽が笑いをこらえられない様子でカードを一枚ずつテーブルに重ねていく。


「ふっふっふっふ~」


 『5』が三枚の『5』で彩芽が三回戦を制する。

 だが、勝ち誇った笑いを遮るように、彩芽の腹から「ぐるる」と腹の虫が鳴き始め、彩芽は固まり、顔が赤くなっていった。


 虫の音を聞いたエルムは、仕方が無いと、何とも言えない薄ら笑いを浮かべながら提案してくれる。


「ふはは、そうだったな、一千フォルトを賭けたゲームだった。緊張して腹も減るさ。それに、すぐに終わらせては勿体無いしな。食後に続きをやろうじゃあないか。どうだ?」


「……はい」と、小さな声で返答する彩芽。

 ストラディゴスはエルムの気遣いに内心感謝するが、表には出さず首を縦に振って同意するにとどめる。




 いつの間にか大食堂の厨房から良い匂いが漂い始め、使用人達がひっきりなしにテーブルのセットを始め出していた。

 準備の規模を見るに、どうやらかなり大勢で一斉に食べる形式の様である。


 全ての長テーブルに全く同じように皿と料理がセットされていき、まだ温かい料理は運ばれてきていないが、固いパンが取り皿と兼用で椅子の前に置かれている。

 慌ただしくなると、ボチボチ食事をする使用人や兵士が大食堂に集まり始めた。


 彩芽は、どの様は区分けで、この城の人達が夕食を共にしているのかが気になった。

 職業毎か、階級毎か、働く時間毎なのか、それとも、この時間に外せない仕事がある者以外、全員が一堂に会しての食事となるのか。

 強制なのか自由参加なのか、とにかく目につく全てが新鮮で、興味をそそられ、社会を動かすルールが知りたい。


 彩芽が何の変哲もない城の日常風景を、面白そうに眺めていると、エルムはカードをまとめて服の下にしまい込み、ゲーム中に醸し出していた空気をカラッと切り替えた。


「夕食の準備までは、まだ少し時間がかかる。それまで二人の馴れ初めでも聞かせてくれよ。会ったのは昨日なんだろ? 是非、詳しく聞きたいものだ」





「へぇ、君が噂の」


 耳に心地よい声が聞こえた。

 明らかに自分に向けられている事が分かり、彩芽が目で探す。

 そこには、景観の中にいても浮き上がって見える存在感がある。


 黒髪パッツンのおかっぱ頭に、ファッション誌で見るトップモデルの様に美形の顔立ち。

 深い蒼色の細身の服を着ていて、服をよく見ると細かい刺繍が施されていて、手がかかっているのが分かる。


 彩芽がエルムにストラディゴスとの出会いを厚めのオブラートで包んで話していると、なんの前触れも無く声をかけて来たのは、一人の青年だった。

 見た所、彩芽と同じか少し若い程度。

 行って十代後半から二十代前半に見えた。

 だが、アコニーの件がある為、彩芽はこの世界では特に見た目で人を判断しない様にはしているので、あくまでも見た目だけの話である。


 涼しい表情で、まるで店頭に置いてあるマネキンを見つけて品定めする様にマジマジと彩芽に視線を送っている。

 なのに、不思議と嫌らしさを感じさせず、不快さを相手に与えないのは、美形だからではない。

 上品な所作と、そもそも目が、そう言った対象を見る目では無い為だ。


「ねぇ、誰?」と、彩芽が近いと言う理由でエルムに声をかけると、エルムは同じトーンの小声になって「オルデン公爵、つまりここの領主様だ」と返事をした。




「紹介をありがとう、コルカル。フォルサ、君は見違えたよ」

「オルデン公、ありがとうございます」


 ストラディゴスの顔は、彩芽が今まで見た事の無い騎士の顔になっていた。


「フォルサ、彼女を僕に紹介してくれないか」

「こちらはキジョウ・アヤメ殿です。異国から来た所を、昨日偶然俺と出会い、ネヴェルの魔法使いに相談したい事があったので、俺が連れてきました」

「キジョウアヤメさん、とお呼びすればいいかな。ネヴェルへようこそ」


 オルデンの爽やかな笑顔と声に、彩芽は思わず「うわぁ」と思う。

 この「うわぁ」は、引いているのではなく「イケメンで領主って反則だろ」という、一周回って引いている、プラスの意味での引きである。

 彩芽に骨Tシャツをプレゼントした友人ならば「存在が尊い」とでも言うだろうと彩芽は思った。


「コルカルに相談は出来たのかな」

「あ、いえ、まだです。エルムさんとのゲームに勝てたら無料で相談に乗ってくれると言うので、お言葉に甘えてゲームを……」

「そうか、コルカルの遊びに付き合ってくれて感謝するよ。勝負には勝てたのかな?」

「まだ途中で、夕食の後にまたやります」

「それなら、僕も見物させてもらおうかな。いいだろコルカル?」

「ええ、かまいませんとも」

「では、夕食の後で、キジョウアヤメ」


 オルデンは、大食堂の最奥にある自分の席に歩いて行ってしまった。


「緊張した~」


 彩芽が隣にいるエルムに弱音を漏らす。


「ははは、オルデン公は人間が出来ている。どこぞの王みたいにいきなり気分で切り捨てたりしないから安心していいぞ」


 彩芽は、むしろエルムの言葉で不安になった。

 そんな王様がいる世界なのかと肝に銘じる事にし、気分を切り替えてストラディゴスを見た。

 机を挟んで向かい側に座る巨人は、まだ騎士の顔をしていた。

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