第2話 人間も大変です。

 ふと、気がつくと真っ白な空間にいた。白。それ以外の色がない。延々と白が広がる空間。そこに、目の前に異物が一つ。


「異物って、ちょっとひどくないかな?」


 お、喋った。仮称異物が言葉を発する。見た目は男とも女とも取れるような中性的な顔(非常に真っ青、通り越して白)。だがなによりも目を惹くのが、目の下にできた隈。真っ黒である。

 こいつはひでぇ。死人でももっとマシな顔色をしているのではなかろうか。


「僕、死人以下?そんなやばいの? ……そろそろ休まないとさすがに死ぬな」


 ええ、よくお休みになったほうがよろしいかと。

 ……それで、ナチュラルに心を読んでくるあなたは一体どちら様で?


「心を読むというより、君の心にダイレクト! 的な? むしろ中にいます的な?」


 ほうほう……つまりどういうこと?


「つまりね…… ぼく神様!!!」


「なるほど。あの小娘と同類か」


「ちがうよ!!

あのお馬鹿ちゃんと一緒にしないでくれるかな!

……まぁ**********ね」


 ? 最後なんかいいました?


「いやいやなんでもないなんでもない!

よし、それじゃあ、本題に入ろう。



お告げにきたよ、レウス・ヴォーロス」


 ……え? もっかい言ってください。


「……お告げにきたよ、レウス・ヴォーロス」


 …………え?なんて?


「……………お! 告! げ! に! き! た! よ!

レウス・ヴォーロス!!!!!」


 …………………………え? いま「もういいでしょ聞こえてるでしょ分かってるでしょ!?何回やんのさ!そのくだり!!」


 ……じゃあ本当に? え? 神様って本当にいたの?


「本当だよ。確かに、かなり遅くなったけども。

しょうがないだろう。君の死因が今の今までわからなかったんだから」


 わからなかった?


「……あー、君には色々話したい事があるけれど。特に死因についてとか。これ以上なにか言うことは許されてないんだよね。僕たちが君ら人間に干渉できるのはお告げをすること。ただそれだけなんだ。本来こんな話をするのも許されてないんだけどね………

はあ……誰か僕を労って。褒めて。崇めて」


すげー喋りますね。


「んっ! んん!! それではお告げを始める。


レウス・ヴォーロス。君は



 そこから先の言葉はあまり耳に入らなかった。

自分が死ぬ。その映像が頭に流れたから。


 見覚えのある小娘が、顔からあらゆる液体を垂れ流しながら泣いている。汚い。体も傷だらけ。

だが、だがその顔は笑顔だ。悲しそうでありながら、嬉しそうでもある。そんな彼女の胸には、


剣が貫かれていた。


そして彼女もまた剣を手にしている。


 その剣の先は、彼女が笑顔を向けた先は……




 俺は、一体どんな顔でこの映像を見ているのだろう。

 一体どんな感情でこの映像を見ているのだろう。


 そして命が終わった。


 自分が死ぬ。その映像を見て、最初に出てきた言葉は


「そうか。



俺、ちゃんと死ぬことができるのか」


 一瞬。瞬きの間だけ空間が黒く歪んだ。


「……



君の人生は残り少ない。悔いのないように。

君が死ぬその時まで、生きてくれ。


後、魔物には気をつけて。

良き、人生を」


 そして、神様は目の前から消えた。


「……魔物でも、殺せなかったんだがな」


 しばらく、あの映像に思いを馳せる。



 ……俺、ちゃんと死ねるんだ。


 今、胸にあるのは安心感。そして疑問。



 ……なんで、なんで俺はそんなにも嬉しそうな、優しい笑顔を小娘に向けながら死ぬんだ?

 なにも憂いのない、心からの笑顔を向けて。

 ……なにがどうなってそうなった。

 あの映像の俺、今とそんなに変わらなかったよな?神様も残り少ない人生って言ってたし。

 謎だ。謎すぎる。俺が?あの小娘に?

 ……あんまり考えたくないな、おい。


「ん?」

 景色が徐々にぼやけていく。ああ、そうか。これ、夢か。そして意識が覚醒する。








 この世界は平和だった。


 様々な争いがあっただろう。下らないことで喧嘩をしたり、それが発展して殺し合いになったり、食物のため隣国に侵略したり、ただただ戦いたいが為に侵略したり……

 どうしようもない阿呆どものせいでとばっちりを受ける人々。


 それでも、ほとんどの人間は幸せを感じていた。

それが当たり前だから。この世界では魂は巡ると、信じられていた。死んでも、また新しい生命として生まれるのだと。


 自分の死に絶望する者もいた。だがそれは極少数。なぜなら、



どんな無茶をしても、どんな危険を犯しても、どんな不幸が自分に降りかかっても、自分の死期が来るまで、死ぬことはなかったのだから。



 魔物が、現れるまでは。


 それは突然、いつのまにか、なんの前触れもなしに現れた。


 最初の犠牲者は狩人だった。


 いつも通り動物を狩る為に森へ入った狩人。森の奥へ進んでゆく。いつもいるはずの動物達が見当たらない。森の奥へと、奥へ、奥へ。異常だ。なにも、なにもいない。不安が募ってゆく。ついには日が暮れそうになる。今日はなにかがおかしい。早く、早く帰らないと!


すると、


 背後に、気配を感じた。強大な威圧感と共に。

生暖かい風。とてつもない唸り声が響く。背後からだ。汗が止まらない。かつてないほどに体が震える。


 大丈夫。俺はまだ死なない。まだ、死期じゃない。そう自分にいい聞かせ、ゆっくり、ゆっくりと振り返る。


 そこには、


 黒い絶望が自分を睨んでいた。ひたすらに黒い。何本もの、無数の鋭い牙を携えた絶望が。


「だ、だだっだい、だいじょ、うぶ。おれ、は、おれは、おれはまだ!!!」


 その言葉を最後に、彼は……




 下半身だけとなった体が地面に崩れる。


 彼の死因は老衰だった。百まで生きて死ぬ。大往生で死ぬはずだった。


 そんな幸せな未来を、未だ二十であった彼の命を、

 黒いナニカが、容易に咬みちぎった。


 これが奴らの、最初の殺害だった。


 そして、奴らによる、人間の、


 殺戮が始まる。


 奴らは次々と、増えていった。大量の死を引きずりながら。貪りながら。嗤いながら。


 奴らはいつしか魔物と呼ばれるようになった。


 人間は為す術がなかった。

 魔物が強すぎたから。剣で切り裂いても、槍で貫いても、弓矢で撃ち抜いても、魔物は止まらない。殺戮を続ける。少しずつ、少しずつ魔物の体を削っていき、何百もの犠牲の果てに、ようやく倒すことが出来る。そんな魔物が際限なく湧いて来る。

一種類だけじゃない。

それぞれ別々の特性をもった魔物が。

割に合わない。どころの話ではない。

 すでにいくつもの国が滅んだ。

このままでは人類は滅亡する。

そんな時、生まれたのが、



 レベルとステータス。



 何かしらの行動を取れば、経験値が入り、レベルが上がる。レベルが上がると力が強くなり、体が頑丈になり、足が早くなり、そして魔法という、様々な現象を引き起こすなにかを使えるようになる(一部例外はいるが)。他にもスキル、というなにかしらの技能を高めると発現するものもある。


レベルという概念が生まれた。

それは人類にとっての希望だった。

最初はなにも出来ず魔物に蹂躙されるだけだった。だが、徐々に、僅かずつではあるが人類が魔物に抗えるようになっていった。

レベルの恩恵は大きかった。

魔物との戦いでの犠牲者。百人から八十人に、八十人が六十人に、六十人が三十人と減り続けていた。ついには一人で魔物と対し、果てには倒してしまうような者まで現れ始めた。


 人類は魔物に抗い続ける。生きる為に。死ぬ為に。奴らが滅ぶその時まで。




 そして、今。




「おい小娘ぇ!!! この家どうしてくれる!

俺の家が!! 俺の家がただの木の板置き場になったぞ!! なぁ!! なぁ!!!」


 元家だった木を指差し小娘に怒鳴る。


「う、う、う、うるさいわね!!! あんたが悪いんでしょ! 家に入れてくれないから!」

「誰が入れるか! こんな怪しい小娘を! 滅茶苦茶足の速い小娘を! ここまで追ってきた小娘を!!

超怖いわ!!!

誰が予想できる!? ドアを無理矢理開けようとしたら家ごとやっちゃいましたてへー♪

なんて!! なぁ!?」

「ぐ、ぐぐぐ……家は頑丈に作りなさいよ!!

あ、あんたが悪い!! 絶対絶対あんたが悪い!!

あたし!! 何も悪くない!!!」

「はああぁああああああああ!?」



……今はほんの少し、平和である。

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