矢山行人 十五歳 夏30

 携帯を開くと電源が落ちていたので、充電器を差しこんだ。

 部屋を出て何日かぶりのシャワーを浴び、清潔な下着と服に着替えた。

 僅かに伸びた髭を長い時間をかけて剃って、丁寧に歯を磨いた。

 気分が随分とさっぱりした。


 冷蔵庫を開け、食べられそうなものを漁る。

 奥の方にビニール袋に包まれた、からあげ弁当があった。半額のシールが貼られていた。


「弁当、俺が買ったやつだわ。喰っていいぞ」


 声がして、リビングの方を見ると兄貴がソファーに座って本を読んでいた。


「これ賞味期限、切れてんじゃないの?」


「いらねぇなら別にいいぞ」


「いや、もらう」

 からあげ弁当をレンジで温めて、箸とお茶のペットボトルを持った。


「なぁ、行人ー」兄貴が僕を呼んだ。


「なに?」


「お前さ、今なら自分の欲しいものが何か分かってんのかも知れねぇけど、望みすぎなんじゃねぇの?」


 そうかも知れない。僕はまだ自分には何ができて、何ができないか、正確に測れていない。

 けれど、「まずは、思うがままに望むのは悪くないでしょ?」と僕は言った。


「悪くはないが、よくもねぇよ」


 至極ごもっとも。


 部屋に戻って携帯をオンにすると、三十一パーセント充電されていた。

 幾つかのメールと不在着信の通知が表示された。秋穂からの連絡はなく、代わりに陽子からメールが二件と不在着信が三件とあった。

 メールの内容は、連絡が欲しい、というものと、僕の身を案じたものだった。


 どうやら陽子はもう学校に復帰しているようだ。

 朝子の葬儀は終わったのだろう。そう思うと、必要な時間だったとしても、口を閉ざし部屋に籠っていた自分が不甲斐なかった。

 からあげ弁当を食べ、お茶を飲んで一息ついた。


 ベッドに置かれた小汚いビニール袋に目がいった。

 それを握って、僕は陽子に電話した。コール音が一回鳴って、陽子は電話に出た。


「行人、くん。あのね、」


「ごめん」

 僕は陽子の言葉を遮って謝った。


 陽子は少し黙った後に言った。

「何についての謝罪?」


「自分のことで手一杯になっていたことについて」


「それは悪いことじゃないよ」


「良いことでもない」


「でも、電話をくれたってことは立ち上がったってことだね?」


「気持ちの整理はまだだけど、それはこれからするよ」


「そう」


「陽子は大丈夫?」


「大丈夫だよ。覚悟はしていたからね」


 用意していたような物言いだった。

「ちなみに、陽子。今日って何曜日?」


 携帯の画面にはちゃんと曜日も表示されていたはずだけれど、僕は見ていなかった。


「金曜日だけど?」


「じゃあ、少し付き合ってくれない?」


「どこに?」


「朝子の神様のところ」

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