矢山行人 十五歳 夏29
兄貴は僕を殴り出した。
僕の髪を掴んで、平手のようにして何度も頬を殴った。
血がベッドに散っていくのが分かった。痛みよりも熱が僕の顔に集まっている感じだった。
しばらくの間、殴り続けた兄貴は僕を投げるようにベッドの上に放り出した。
「お前がそんな状態になるんだから、よっぽどのことなんだろーけどよ。何もしなけりゃあ、どーにかなる問題なのかよ?」
僕は柔らかなベッドの感触と血の散ったシーツを見つめていた。
兄貴が冷たい声で言った。
「じゃあな」
僕の視界に分かるように、丸められた小さな透明なビニールの塊を置いた。
ビニールは古く、土汚れのようなものも確認できた。
兄貴が僕の部屋を出て行くのに、四歩かかる。
その三歩目で、僕は体を持ちあげた。
兄貴、と呼ぼうとしたが、声が上手くでなかった。
何日、声を出していなかったのだろう?
三日か四日というとこだろう。溶けていた時間が瞬間的に固まる。
ただの熱だった痛みが、激しい痙攣と鉄の味によって、激痛となった。
よくもまぁ好き放題に殴ってくれたものだ。
クソ兄貴。ちくしょうめ。
「あ? もう復活かよぉ? 早ぇな」
「ど、うして兄貴が、これを持ってんだよ?」
僕の目の前に置いたビニールの塊の中に入った、小さな白い欠片、歯だ。
昔、兄貴に殴られて抜けた僕の歯。
陽子と一緒に煙草を吸った、空き地の奥に並んだ三つの木の真ん中の根元に埋めた。何もかもに負けて屈していた頃の僕の一部。
兄貴が僕を見ていた。
「その歯が抜けた時、お前、初めて俺を睨んだからさ。なんか気になってて、そしたら、その日のうちにお前、家を抜け出すから、追いかけちまったんだよ。
で、空き地の木の下に、それを埋めているのを見たんだよ」
「でも、別に悪いとは思っていないんだろ?」
歯が抜けた後も兄貴は僕を苛め続けた。
「ん? 思わなかった。俺が苛めなくても、他の奴がお前を苛めんだろ」
「なに、それ?」
「お前は弱いから。自分の欲しいものさえ言えないヤツを俺は生きているとは見なさない」
箱ティッシュを取って、口元の血を拭う。
「そう思うのは、やっぱり矢山の長男だから?」
矢山の長男は代々短命な代わりに、何かしら特質した才能を持って生まれた。
それが嘘か、本当か分からない。ただ兄貴は常に、彼は長く生きられないという目で見られてきた。
「関係ねぇよ。俺が俺であるだけで、他の奴らは関係ねぇ」
「そっか」
「でも、お前は、俺がすぐに死ぬって思っているよな?」
誰よりも僕は思っている。
兄貴は僕より長く生きられない。
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