矢山行人 十五歳 夏25

 僕やミヤ、寺山凛以外の人間からすれば、それは事件なんて仰々しく呼ばれることではなかった。

 当事者からすれば、間違いようのない事件ではあったのだけれど。


 担任の先生が席を外した隙に始まった馬鹿話、その中心にいたのは声が大きく派手な女の子とミヤだった。

 二人は以前から付き合っているんじゃないか、という噂があった。

 が、ミヤは特に気にした様子はなく、尋ねられればちゃんと否定もしていた。

 そんな二人が回す会話の中で、クラスメイトをいじるような流になった。標的が目まぐるしく変わり、その中で寺山凛になった。

 ミヤと噂になっている派手な女の子の差し金だったが、教室の空気的にミヤはそれを否定することはできなかった。


 僕の目から見ても、あの時のミヤは普段の宮本歩ではなくなっていた。

 クラスメイトが作り出した「宮本歩」。

 彼が寺山凛をいじった。なんてことのない言葉だった。少なくとも周囲から見れば。


 寺山凛は教室中の生徒がげらげら笑っている中、一人席を立った。

 一瞬、水を打ったような静けさの中、寺山凛が早足で教室を出ていくのを皆で見守った。


 ミヤの表情が何かに抉られたように損なわれたのが、僕には分かった。

 声の大きな派手な女の子が寺山凛をいじった。

 悪意があるか、ないかは分からない。ただ盛り下がった教室を盛り上げるためには必要な台詞だった。

 気づけば僕は女の子の声よりも大きな声で宮本歩の名を呼んでいた。

 ミヤが僕を見た。僕はミヤを見た。ミヤの損なわれた表情に生の感情が含まれていくのが分かった。


 ミヤは教室を飛び出した。


 その日から寺山凛は学校に登校しなくなった。

 後から聞いた話だけれど、寺山凛は裏でねちねちと女子連中にいじられていた。たちが悪いのは、やっている方がイジメといじりの限度を理解していた部分だった。

 普段なら聞き流せる、なんてことのない一言が、聞き流せなくなるほどのストレスを蓄積させて、そこをひたすら突いていく。

 えげつないやり方だ。


 ミヤは寺山凛が登校しなくなってから、口数が減っていった。

 部活でも同様で、ヘマをする数が増え、苛立った先輩が今度はミヤをいじりだした。ミヤはまともな返答も出来ず、やられっぱなしの日々を過ごし、いじりはエスカレートしていった。

 やる方は最初が何てことのない、いじりの為に感覚がマヒしていき、行動が過剰になっても罪悪感を覚えなかった。

 反応がないのだから、大丈夫。

 その大丈夫のエスカレートによって、ミヤの体は痣らだけになって、終いにはイジメが発覚してサッカーは活動停止をくらった。

 

 そして、ミヤは喋らなくなり不登校になった。

 僕はミヤがイジメを受けていた時期、何の力にもなれなかった。それは彼が不登校になり、寺山凛と会った今でも変わっていない。

 人が人を助ける時、それは助けられる側の人間の言葉があって成立するものだった。

 だから、僕は今もミヤからの言葉を待っている。

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