矢山行人 十五歳 夏23

 午前中は部屋でだらだら過ごし、昼食をとった後、また外を歩いてみた。

 美紀さんに会えるかな、と期待したが、結局は会えずに日が暮れてしまった。


 あてもなく歩いていると、ある店が目についた。

 昔、秋穂と一緒によく行った駄菓子屋だった。僕は中学に上がってからも秋穂に言わず、一人で週に一回くらいのペースで遊びに行っていた。最近は、親戚の家に行って過ごしたり、夏休みの宿題があったりで行けていなかった。


「こんにちは」


 引き戸を開けて僕は言った。

 どれほど通っても、ここはいつも懐かしい感じがした。


「やぁ」

 レジ横で本を読んでいた七十代くらいの女性が、笑みを浮かべた。「行人じゃないか」


「お久しぶりです、道子さん」


「前に来たのは七月だったかい?」


 店内に入って、引き戸を閉めた。

 駄菓子屋と言いつつ、それなりの広さがあって、ガラスケースに昔の漫画本やおもちゃが展示されていた。プラモデルやジグソーパズル、それに朝の特撮番組で使われていた変身武器のおもちゃが半分、多種多様の駄菓子が半分のお店だった。

 レジ前に丸い木の椅子が置かれていて、道子さんがそこを示すので僕は幾つかの駄菓子を手に取ってレジで支払いを済ませて、椅子に座った。


「どうだったんだい?」


 道子さんは僕が夏休みに過ごした親戚の家のことを言っているのだろう。秋穂にも、陽子にも言っていなかったし、両親にさえ言わなかった目的を僕は道子さんには伝えていた。


「上手くいったと思います」


「そう、元気だった?」


「元気でした」


 僕が親戚の家にお世話になった理由は二つあった。

 小学生の頃、少しだけ通っていた小学校が廃校になると言うので、そこで行われる最後の夏祭りに参加するのが一つ。

 もう一つは、僕がお世話になった親戚の家の近くに、中学二年の時に不登校になり、転校していった女の子が今住んでいると知ったからだった。


 転校していった女の子、寺山凛の家が親戚の家から近いと教えてくれたのは道子さんだった。

 僕は寺山凛とそれほど親しかった訳ではなかった。

 ただ寺山凛は宮本渉の彼女だった。

 宮本渉、ミヤは寺山凛が転校をきっかけに覇気がなくなっていった。終いには喋らなくなって、不登校。


 そして、「気にすんな」の手紙。


 美紀さんは言葉にならない声を聞き、言葉になるまで待つことが良い人間関係だと言った。けれど、僕は待てなかった。寺山凛が裏でイジメに遭っていたと知って、待てなくなってしまった。無関係、無関心でいられなくなった。


「私は意外だったよ、行人」

 道子さんがにやにやしながら、僕を見た。


「なにがですか?」


「友達の彼女がイジメで転校したって知って、会いに行っちゃうような熱血なキャラだってことが、よ」


「それは僕もですよ」


 自分でもびっくりした。

 以前に通っていた小学校の廃校に伴う最後の夏祭りに参加したかったってのもあった。けれど、寺山凛はその夏祭りと同じくらいに重要だった。


「昔、私が言ったこと覚えているかい? 行人」


「人に親切にする時は手痛く二倍になって返ってくる覚悟をしなさい、ですか?」


「そう。あんたは良いことをしているつもりでも、相手からしたら迷惑な場合だってあるからね。

 今回はどうだったと思う?」


 少し考えてみる。

 半年以上ぶりに顔を合わせた寺山凛は暗い表情だけを浮かべる女の子ではなくなっていた。はっきりと自分の意思を告げる強さもあった。

 寺山凛は最後に「ありがとう」と言った。

 来てくれて、ありがとう、と。

 僕は笑って返した。


「大丈夫でした」


「そうかい」


「はい」


「ちなみに、アンタ。秋穂に何も言わずに寺山凛に会いに行ったんだろ?」


 背筋をひやりとしたものが撫でた。

「え? どういうことですか?」


「秋穂、ものすごーく、怒っていたよ」


 ――ねぇ行人。私に言うことがあるんじゃない?


 そういうことか。

 僕はその場で崩れ落ちる気持ちになった。

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