矢山行人 十五歳 夏19

 僕は陽子に朝子のことを報告しなかった。

 何をどう言えば良いのか分からなかった。


 陽子から催促の連絡はなかった。

 朝子と会ったのは金曜日の夜だった。今日と明日は学校もなく休みだ。

 その間で僕は自分の感情を整理しようと思った。


 家で昼食をとった後に家を出た。

 自販機で煙草を買ったが、ライターを持ってくるのを忘れてコンビニで買った。


「行人くん?」


 コンビニを出ると声をかけられて、それが誰か分からず僕は呆けた顔でその人の顔を見てしまった。


「美紀さん」

 するりと声が出た。


「うん、こんにちは」


「こんにちは、です」


 兄の彼女の美紀さんだった。

 コンビニの前に立っている美紀さんは誰かを待っているように見えた。僕は、じゃあと言って踵を返そうとして美紀さんに呼び止められた。


「ねぇ少し喋っていかない?」


「いいですけど。人を待っているんじゃないんですか?」


「少し早く来ちゃったから、暇なの」


「なるほど。デートですか?」


「んー、そんなとこかな。あ、君のお兄さんじゃないんだけどね」


「別れたんですか?」

 いつだったか、兄が深夜に怒鳴っていたのを思い出す。


「うん。ちょっと前にね」


「そうですか」


「ん、なに、その顔?」


「なにがですか?」


「残念そうでも、嬉しそうでもないなぁって」

 確かに残念でも嬉しくもない。


「美紀さんって兄のどこが好きだったんですか?」


 僕の問いに美紀さんはしばらく考え込んだ後に

「なんかね、苦労していないなぁって感じが新鮮だったんだ」と言った。


「苦労していない人が好きなんですか?」


「その前の彼氏の苦労自慢が煩わしかったからね」


「じゃあ、次に付き合う人は、苦労してるけど、苦労自慢はしない人ですか?」


「さぁ」

 美紀さんは楽しげに歯を見せて笑う。「行人くんと付き合うのも良いなって思うけどね」


「それも良いですね」

 と言いながら、僕は恋愛がすべてって感じの美紀さんと付き合うのは辛いなと思う。


「君の言葉には、いつも重さがないよね」


「重さ、ですか?」


「実感のない言葉をぽんぽん投げているような気がする」


「よく分かりません」

 美紀さんが僕のおでこに手を乗せた。


「君さ、何でも言えるし、何でも出来るって思っていない?」


「どうしてですか?」


「自分がないから、その場の流れでなら何でも言えるし、プライドなんてないから何だって出来る、って本気で思っているでしょ?」


 確かに美紀さんにここで靴を舐めろと言われたら、できると思う。

 たいしたことじゃない。

 殴られるとか、服を泥で汚されるとかよりも全然マシだ。

 あ、でも、殴られるとか、服を泥で汚されるのも別に良いか。

 殺されるよりはマシだし。


「ねぇ行人くん。じゃあ、私と付き合ってよ」


「良いですよ」


 当たり前のように僕は言った。

 美紀さんがにっと笑った。そして、僕のおでこにデコピンをした。


「嘘つき」


 その通りだと思った。僕は嘘つきだ。

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