矢山行人 十五歳 夏12
空き地の奥にある三本の木の真ん中に背中を預けて煙草を咥えて、ライターで火を点けた。隣で制服姿の陽子も煙草を吸っていた。
横目で僕を冷やかに見ていた陽子は小さなため息をもらした。
「どうしたんだい? 行人くん。ぼくは君をそんな不良に育てた覚えがないよ」
「育てられた覚えがねぇよ」
陽子はいつもの人を小馬鹿にした笑みを浮かべた。
どこか安心したようにも見えた。
「うちの家の煙草を盗み吸ってから、ハマっちゃったのかい?」
「まぁ、そーいう感じだな」
「たかが煙草を吸ったくらいじゃあ、何も変わらないって言うのに」
「そーでもないよ。気分は変わる」
「悪い方にかい?」
「立て続けに吸うとくらくらするよな」
「まったく、肺に入れ過ぎなんじゃないかい?」
「そーかも知れない」
「けれど、まぁ行人くんの煙草の吸い方、意外と様になっているじゃないか」
「そりゃあ、どうも」
煙草の灰を携帯灰皿に落とす。「そういえば、陽子はいつから吸ってるんだよ?」
「ん? 中学一年にあがった春だったかな?」
「へぇ。なんかきっかけがあったの?」
「母と喧嘩したんだ。それで、母が吸っていた煙草を持ち出してね。きっかけと言えば、それかな」
「ふーん」
なんとなく、それ以上聞こうとは思えなかった。
「で、陽子。お願いってなに?」
陽子は吸っている煙草を携帯灰皿に押し込んでから、新しいのに火を点けた。その瞬間の表情には小馬鹿にした笑みは消えていた。
「行人くん、まずね、ぼくは嘘つきなんだ」と言った。
うん、と僕は頷いた。
口調からして嘘なのだから、基本的に陽子の言葉に信憑性はない。
ただ口調を統一して、その嘘を維持しようとする熱意は本物だとも思っていた。
「一昨日、宿題をしている時、ぼくには妹がいると言ったね? 覚えているかい?」
「なんだっけ、アメリカにホームステイ中で、言葉が通じないって泣き言のメールがくる?」
「それ、嘘なんだよ」
なるほど、と内心で頷いてから、浮かぶ疑問をそのまま口にした。「でも、家にはいなかったよな?」
「妹はね、入院しているんだ」
ほら、可哀相な女の子になり始めたぞ、と頭の中で誰かが呟く。
「病気なの?」
頭の中の誰かが更に続ける。
なんだ? なんで、お前は深刻そうに声なんて震わせているんだ?
え、なに勝手に同情してんの?
やめろよ、そんなキモいこと。
陽子は煙草を咥えて煙を吐きだし
「病気なんだが、病名はないんだ。医者が言うには前例のない病気だそうでね。大きな病院に何度も検査入院したんだ。その都度、ぼくもついて行ってね、その結果を訊いた。でも、みんなお手上げだって言うんだよ。真面目な顔でね。仕方ないから、家に一番近い槻本病院に今は入院しているんだ」と言った。
そんなことが本当にあるのか僕には分からなかった。陽子は自分を嘘つきだと言う以上、話半分に聞くつもりだった。
「その妹とお願いは、どう繋がんの?」
「うん」
頷いて陽子は煙草をまた携帯灰皿に入れ、新しいのを咥えた。ライターの火は中々点かなかった。
カチ、カチ、カチ、カチ……と陽子が点火ボタンを押す音だけが続いた。僕は自分のライターを陽子の方に差し出した。
陽子は差し出されたライターを見つめた。その時の陽子の顔は無防備で、幼かった。
「ありがと」
陽子はライターを受け取り、咥えた煙草に火を点けた。
「妹がね、毎週金曜日に病院を抜け出しているんだ」
「どういうこと?」
灰がこぼれて、僕のズボンに落ちる。手で払い手の甲が灰で汚れる。
「分からないんだ。ただ、金曜日の夜に病院を抜け出して、土曜日の早朝に戻ってくる。それを繰り返しているんだそうだ」
「ふーん。どこへ行っているのかは知ってんの?」
「病院の近くにある山だって妹が看護婦に言ったんだ」
「山? またなんで?」
「探し物をしているんだとか」
陽子が口もとを引きつらせるように笑った。
「なにを、捜してんの?」
「神様」
探して見つかるもんなんだろうか?
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