第2話
私は酒が好きである。不眠に惱まされてはゐるが、酔へばすんなりと眠れることもある。或る日、私はエアコンを點けたまま寢て仕舞つた。酔つてゐた所爲だ。然し其の御蔭で汗をかゝずに起きることが出來た。既に晝であつた。
私は大學四年の夏を迎へてゐた。就職活動をしなければならない。然し、既に出遅れてゐる。
春、私はデザイナーに成らうと思つた。勉強もしてゐた。幾つかの印刷會社など受けた。然し、専門の學校を出てゐない私は始めから相手にされなかつた。ポートフォリオを見せる機會さへ無かつた。
建築の學校に通つてゐるが、私は此れ迄の學校生活の中で其れが自分に向かないことを感じた。ゆゑに建築士は望まなかつた。結局、就職活動は頓挫したまま放置されてゐた。
其の日、家庭教師のアルバイトで中學生の家で勉強を教へてゐたところに、父から電話が入つた。仕事中なので、歸宅後に掛けなおします、と云つて電話を切つた。嫌な豫感がした。憂鬱な氣持ちで滿たされた。
歸路の途中でいきつけの煙草屋に寄つた。いつものお氣に入りはロウのブラックといふ物だが、たまたま賣り切れてゐた。煙草屋のおじさんはチェゲバラの青を勸めてくれたので、其れを買つた。おじさんはいつも親切だ。私は嬉しかつた。
商店街を通つた時、再び苛々してきた。其處は飲み屋が點在してゐるが、開放的に開かれた其の店から聞こへてくる笑ひ聲、とても煩かつた。何故か自分が笑はれてゐるやうな氣がした。
家に歸り、憂鬱な氣分で父に電話を掛けた。やはり就職活動の話になつた。とりあへず何處か内定を決めろと云はれた。向かないから建築の仕事なんかしたくない、不幸に成ると云ふと、妥協しろと云はれた。私も父も苛々してゐた。
父の云ふことは尤もである。私も理解してゐる。然し、私は此れ迄の不幸を挽囘することが出來ず、今後も同じことである。生涯不幸。死んで仕舞ひたくなつた。私は自分が此の世に生まれて仕舞つたことを悲しく思つた。私が今後幸せを得ることは不可能となると分かるからだ。父は働ひてみなければ分からないと云ふ。でも自分のことは自分が一番分かる。働ひてみてやはり駄目だと思つたところで「石の上にも三年」などと云つて、私を不幸に縛り附けるのだ。目に見へてゐる。
其の後、大學の授業料及び寮の家賃の滯納の話になつた。私は仕送りを貰つてゐない。自分で拂はなくてはならない。樣々な要因、私の贅澤もある、事故もある。資金が不足し、滯納してゐた。
父は私の贅澤を禁じた。然し、此の苦痛に滿ちた暮らしの中で僅かな贅澤も無しに一體だうやつて現實から目を背けることが出來るだらうか。
電話を切つた。父は私のことを何も理解してゐないといふことが分かつた。今夜も暫くは眠れさうにない。
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