紫陽花
大川澂雄
第1話
此の頃は暑さも尋常ではない。夏の伴ふ質感はこんなものではなかつた筈だ。
嘗て、私は四季のなかで最も好むのは何か、といふ問ひをかけられたことがある。私は冬と答へるが、夛くの者は夏と答へる。彼ら曰く、夏は爽やかであり、心がはずみ、體は輕く、樂しいさうだ。然し、思ふに上に書ひた如き内容の返答をする者は其れ以上のことを私に語つてゐるやうに感じた。彼らは幸せなのである。
私は歳を取り過ぎた。殆ど何も感じないのである。例へば晴れた空に堂々とした態度で幅を利かす白い入道雲を見たとしても、燒けた舗装路の上に撒かれた打水が搖れながら昇つてゆく樣を見ても。有るのは灼熱の陽光の下に光る汗ばんだ鬱陶しさのみである。
私は特に朝が嫌いである。夏の朝は白い。白過ぎる。眩しいのである。既に遠いところへと置ひて久しい若さの溢れるやうな質感が私を逆に憂鬱な氣分にさせる。ゆゑに私は用事がなければ晝まで寢てゐる。
そんな私は先日まで、紫陽花の花を見るのが好きでよくしてゐた。
妙な湿つぽさが支配してゐる空氣、空は薄暗く曇り、周圍は伸びきつた葉、雑草が露に濡れながら繁茂してゐる。そして數人の兒童たちが泥にまみれながら虫を捕つてゐる。
此れが私が昔感じた夏の質感である。青草の苦味こそ夏の味なのだ。
忌々しい暑さの中で外にゆくのは億劫になつてゐる私は、涼しくした部屋の中で何をするでもなく昔を思つた。
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