第19話 トランクの中身
夏菜と幸子の二人は膝を抱え、並んでスバル55が沈んでいった辺りの海をじっと見つめていた。その傍らではリトルベアが自分の特等席だったバックシートの温もりを思い出しながら小さく沈み込むように体を伏せ、悲し気にうつむいていた。
「スバル55。沈んじゃったね」
幸子は寂しそうにぽつりと言った。海は全く変わらぬ波長で二人と一匹の前で揺れていた。
「でも、危機一髪だったね。おねえちゃんすごい反射神経」
「私はハンドルを切ってないわ」
「えっ?」
「私は何もできなかったもの・・」
夏菜は鋭く海を見つめたまま言った。
「どういうこと?」
幸子は訳が分からず大きく首を傾げた。
「スバル55は、私たちを守ってくれたんだわ」
夏菜は真剣な表情でスバル55の沈んだ海を見つめ続けた。
グゥ~
「お腹すいたぁ」
幸子がお腹に手をあて、力なく体全体を左へ傾げた。その横でリトルベアも力なくその場に全身が溶けるようにうなだれていた。その頭上をカモメがのんびりゆらゆらと気持ちよさそうに風に揺れていた。
その時だった。
「あっ、トランクだ」
幸子が海に向かって指を差した。海の上に、突然、夏菜が積んだトランクが、ぽっかりと浮かび上がった。
二人と一匹は、立ち上がり、その波に揺れるトランクを見つめた。それは確かに夏菜がスバル55に積んだトランクだった。
トランクはどんぶらこどんぶらこと波に押され、のんびりゆっくりと夏菜たちの方にやって来る。
「・・・」
夏菜と幸子とリトルベアはその様子を黙って見つめた。
長い時間をかけ、ついにトランクは夏菜たちの目の前までやって来た。
「よいしょっと」
夏菜が手を伸ばしそのトランクを掴んで海から引っ張り上げた。
「そういえば私も中身を知らないんだったわ」
夏菜は地面に置かれたトランクを見下ろし腕を組んだ。
「開けてみようよ。おねえちゃん」
夏菜の傍らで幸子は興味津々にトランクをのぞき込んだ。更に傍らではリトルベアもしっぽを振り振りトランクを興味津々見つめている。
「そうね」
夏菜はトランクの前に膝真づいた。
「さあ、開けるわよ」
夏菜は留め金に指を掛けた。
「うん」
幸子がわくわくした表情で答えると、夏菜はトランクの二つの止め金具を押した。カチッという小気味よい音とともに金具は外れ、トランクの上蓋と下蓋の間に隙間が開いた。夏菜はトランクの蓋をゆっくりと開けていった。トランクの大きな上蓋が少しずつ上がっていき、徐々にその中身が見え始めた。
「わあ」
トランクの上蓋が全部開ききった時、幸子が感嘆の声を上げた。
トランクの中には、その中いっぱいにたくさんのお菓子と金貨が入っていた。
「わあ、すご~い」
幸子の目が輝いた。
「きゃんきゃん」
その足元でリトルベアも嬉しそうに走り回る。
「私のために入れといたのね。パパはこういうの好きだったわ」
「おねえちゃん食べていい」
「どうぞ」
「やったぁ」
世界中のお菓子をあれやこれや楽しそうに選びながら幸子は、それの袋を開ける端から口に放り込めるだけ放り込んだ。
「おいひい」
幸子は幸せそうに言った。リトルベアには夏菜がお菓子の袋を開けてやった。それをリトルベアもおいしそうに食べる。
「あっ、私の大好物。丸金印のチョコレートバーチリソースがけだわ」
夏菜がトランクの中のお菓子の山から懐かしいパッケージを見つけ嬉しそうに叫んだ。
「さすがパパね」
夏菜はうねりながら、丸金印のチョコレートバーチリソースがけを一本取ると袋を剥き、それをかじった。
「うん、これこれ」
夏菜は一人納得顔で頷いている。
「おいしいの?それ」
「世界最強の味よ」
そう言われた幸子はトランクの中にまだまだ無数にある丸金印チョコレートバーチリソースがけを手に取り、一本夏菜のように思いっきりかじった。
「わあああぁぁぁぁ」
かじった瞬間、幸子は、その辛さに火を吐くように叫ぶと、喉を抑えのたうった。と、思うと急に元に戻り、真顔になった。
「でも、甘い」
「そう、そのジェットコースター並みの落差が癖になるのよ」
幸子はもう一度チョコレートバーチリソースがけをかじった。
「わあああぁぁぁぁ――、でも、甘い」
しばらく幸子はそれを一人で何度も繰り返していた。
夏菜と幸子とリトルベアは夢中になってお菓子を食べた。トランクの中のお菓子は食べても食べても尽きることはなかった。
「あっ、島だ」
ふと顔を上げた幸子が呟いた。夏菜とリトルベアがそんな幸子を見る。
「島だわ」
改めて幸子は叫び、立ち上がった。夏菜が幸子の見つめる方を首を長くして見ると確かに小さな島影が見えた。
「南の島だわ」
夏菜も立ち上がった。
「ついに見つけた」
幸子が叫んだ。
「ついに見つけたわ」
夏菜が叫んだ。二人はお互いの顔を見つめ合った。
「やったぁ」
二人は同時に叫ぶと、飛び跳ね、抱き合い、喜びあった。
「やったぁ、ついに見つけたんだわ。ついに見つけたんだわ」
「きゃん、きゃん」
その足元をくるくるとリトルベアが嬉しそうに走り回った。
「でも、どうやって行くの?」
ひとしきり喜び合ったあった後、ふいに幸子が夏菜を見つめた。
「・・・」
夏菜は首を傾げ腕を組むしかなかった。二人と一匹の前には広大な海が広がっていた。
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