第20話 島への道
悩む二人の前に、真っ黒く日焼けした、ぶよぶよと脂肪ののった少年のようなおじさんが歩いて来た。
「おじさん、あの島に行きたいんだけど、船はある?」
夏菜がそのおじさんに尋ねた。
「船は無い」
「そう」
「だが、そこにカヌーがある」
おじさんの指さす方を見ると、先の尖った細長い、一艘の奇妙な模様の入った紫色をした二人乗りのカヌーが波に揺られていた。
「この前の台風で流れて来たんだ」
「やったぁ、これで南の島に行けるね」
幸子が喜んで夏菜を見た。リトルベアも嬉しそうにしっぽを振り振り、きゃんきゃんと吠えた。
「でもあれは、今は俺のものだ」
おじさんはそんな幸子たちを見下ろすように得意げに言った。
「・・・」
幸子とその足元のリトルベアは、悲しくしょぼんとした。
「あれは俺が見つけたんだ」
おじさんは更に、両手を腰に当て、胸を張って威張った。
「・・・」
幸子とリトルベアはうつむくしかなかった。
「おじさん」
その時、突然、夏菜がそのおじさんに挑むように言った。
「なんだ」
「手を出して」
「?」
おじさんは訳も分からず右手を差し出した。
「両方よ」
おじさんは両手を差し出した。夏菜は、その掌の上にトランクの中に入っていた金貨を全てのっけた。
「これと交換ってのはどう?」
おじさんはその子供みたいなつぶらな瞳を思いっきり見開き、呆然と夏菜と金貨を交互に何度も見つめた。
「文句ある?」
「無いです」
夏菜がカヌーの穴が開いたような前の席に、幸子が同じく穴の開いたような後ろの席にスポッと下半身を潜り込ませるように乗り込み、その幸子の膝の上にリトルベアが潜り込んだ。
「さあ、行くわよ」
「うん」
夏菜が気合を入れて叫ぶと、幸子がそれにうなづいた。パドルをしっかり持った二人と一匹の乗ったカヌーはゆっくりと大海原へ漕ぎ出した。
「やっぱり、こんなにはもらえないよ」
おじさんが金貨を持って、夏菜たちの背後で叫んだ。
「いいのよ」
夏菜が振り返って叫んだ。
「だって私たちは南の島に行くんですもの」
二人の乗ったカヌーは悠々とそのまま南の島へと進んでいった。
「気をつけていってらっしゃ~い」
おじさんが岸辺で大きく手を振った。それに夏菜と幸子も大きく手を振り返した。
カヌーは波を切り、岸辺はあっという間に遠ざかった。二人と一匹の乗ったカヌーの上を巨大な雲が、ゆっくりと何個も通り過ぎて行った。波は穏やかで二人を邪魔するものは何もなく、スイスイと滑るようにカヌーは海の上を進んでいった。
「わあ」
幸子が感嘆の声を上げた。
沖合に出るとイルカが、夏菜たちのカヌーの横を飛び跳ねながら並走して来た。イルカは楽しそうにアクロバティックにクルクルとその身を海の上で軽快に回転させ、カヌーの隣りで踊るように泳いだ。時々、幸子の頭の上を、高々と横切ってまで行く。
「わあ、はははっ、すご~い」
イルカたちが楽しそうに泳ぐのを、幸子とリトルベアは楽しそうに眺めた。
「あっ、魚が空を飛んでる」
幸子が、今度は遠くを指差し叫んだ。
「トビウオよ」
夏菜が言った。
トビウオが、カヌーに並行して一直線に海面すれすれを矢のように飛んでいく。
「すご~い。魚って空を飛べるんだ」
幸子が感嘆の声を上げた。
「きゃんきゃん」
リトルベアも、幸子の膝の上から顔を出して、楽しそうに吠えた。
遠くから、トビウオが海に反射する太陽の光を受け、キラリと光り輝くその特徴的なバカでかい目で、夏菜たちをどこか得意げに見つめていた。
「海って楽しい~」
幸子の楽し気な叫び声を響かせ、カヌーは海の上を南の島に向かって、意気揚々と進んで行った。
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