第15話 かかと落とし
「車には全ての部品が完全完璧に並んでいても、どうしても動かない時があるんだ」
沈黙し続けるスバル55を前に、整備士をしているおじさんが悲し気に言った。
「どうして?」
幸子が訊いた。
「分からない・・」
おじさんは力なく言った。
「車は生き物なんだ・・」
「本当に死んじゃったってこと」
「・・・」
幸子が目にいっぱい涙を溜め悲しげにおじさんを見上げるが、おじさんは何も答えられなかった。
その時だった。夏菜が一人みんなの前にスーッと出て来てスバル55の前に仁王立ちに立った。その場にいた全員が夏菜を見つめる。
「あなたはまだ終わってなんかいないわ」
夏菜はそう言うと、ショートパンツからのぞく、厚底サンダルを履いたその長いきれいな足をどこまでも晴れ渡った青空へと真っすぐ伸ばした。そして、それをそのまま直角に思いっきり振り落とした。
ゴンッ
きれいなかかと落としがスバル55のエンジンの真上にきれいに決まった。
プスプスっ。
「あっ、動いた」
幸子が叫んだ。
「動いたぞ」
みんなも叫んだ。
「動いた。動いた」
みんなは踊り上がるように叫んだ。
「動いた。スバル55が生き返った」
みんなは飛び上がり、お互い抱き合って、笑顔で喜び合った。その場は大きな喜びで大騒ぎになった。
「効いたわね」
夏菜は一人、自分のかかと落としの威力にほくそ笑んだ。
「かんぱ~い」
その場にいた全員が、持っていた飲み物を喜びと笑顔を爆発させ高々と上げた。いつかはビール、幸子はぶどうジュースだった。
誰かがビールやジュースを買ってきて、その場でスバル55の快気祝いが盛大に開かれ、峠道は飲めや歌えの大騒ぎになった。
夏菜と幸子も、みんなに混ざって、即興のスバル55が治ってよかったソングを大声を上げて歌って踊った。
「スバル55が故障するって楽しいね」
幸子が飛び跳ねながら言った。
「故障してみるのもいいものだわ」
夏菜も軽快なステップで踊りながら言った。
気づけば道路の真ん中では、盛大に焼肉まで始まっていた。
「お嬢ちゃんたちこれを食べなさい」
次から次へと、焼肉やらおにぎりやら焼きそばやらウィンナーやらお菓子やらフルーツやらが、入れ代わり立ち代わり、踊り疲れた二人の下に運ばれてくる。リトルベアには、ちゃんとドッグフードまで運ばれてきた。
「うん、うまい、うまい」
幸子は、肉厚の牛肉を口いっぱい頬張った。その横でビール片手に夏菜も満足そうに、肉を頬張る。
「やっぱり、スバル55が故障するっていいことだらけだわ」
幸子が今度は特大のウィンナーを頬張りながら満面の笑顔で言う。その隣りでは、ビールに飽きた夏菜が、今度はワインのボトルを豪快にラッパ飲みし始めていた。
そんな二人の前でスバル55は、お祝いの花束や花輪で埋め尽くされ、幸せそうに佇んでいた。
「さあ、これもどうぞ」
おじさんが持ってきたのは、真っ赤なイチゴシロップのたっぷりかかったサラサラの雪のようなかき氷だった。
「うっ、ま~い」
幸子が叫んだ。口の中で、ふわっととろける感触はまさに純白の粉雪のそれだった。
「やっぱり最高だわ」
幸子はとろけそうに幸せだった。
踊りの輪の中心では、整備士のおじさんがそのふくよかな巨体を器用にくねらせ、素晴らしい踊りを踊っていた。
「私も踊るわ」
しこたま酔っぱらった夏菜が、コルトMK400を空に向けてぶっ放しそう叫ぶと、周囲から大歓声が上がった。夏菜が再び踊りの輪の中心に入って行き、整備士のおじさんの素晴らしい踊りの前で、軽快なステップを踏むと、ひときわ大きな手拍子と歓声が上がり、さらにパーティーは盛り上がった。
そんなどんちゃん騒ぎの大パーティーは明け方まで続いていった。
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