第14話 峠道

 スバル55は、激しく曲がりくねる峠道を一生懸命クネクネと上っていた。

 一生懸命激しいカーブを右に左に車体を軋ませ曲がるスバル55の後ろのベンチシートの上では、子犬がスバル55が右に曲がると、左へコロコロ、左に曲がると、右へコロコロ、右に左に忙しく転がっていた。

「こっちにおいで」

 幸子が振り返り、子犬を抱きかかえる。

「名前は決まった?」

 夏菜が訊いた。

「うん」

「あなたはリトルベアよ」

 幸子は、まだなんだかよく分かっていない表情の子犬をやさしく撫でた。

 プスプス、プスプス、

「あれ、なんかおかしいわ」

 夏菜がそう言うか否かに、スバル55は急に速度を落とした。

「どうしちゃったんだろう」

 幸子が身を乗り出す。スバル55のボンネットの脇からは、しきりに白い水蒸気がもくもくと上がっている。

 エンジンもガタガタと揺れ始め、スバル55はその速度をどんどん落としていった。

「ああ、ああ」

 ついにヨロヨロとスバル55が止まりそうになると、幸子がさらに身を乗り出し、悲鳴にも似た声を漏らした。

「ああああぁぁぁ・・・」

 そして、スバル55はそのまま道路脇によろよろと止まってしまった。

 二人は止まってしまったスバル55から降りた。

 

 夏菜がスバル55のボンネットを開けた。

「うわっ」

 開けると同時に、ものすごい蒸気が立ち上って二人を襲った。

「ゴホゴホ」

 二人は思いっきりむせた。

「もういやんなるわ」

 夏菜が、しかめた顔の前で、手の平を扇ぎながら言った。

「壊れちゃったの?」

「そんなやわじゃないわ。スバル55は」

 夏菜はそう言って、エンジンルームの中に顔を突っ込み、あれやこれやといじくり始めた。


「ふぅ~っ」

 夏菜は、エンジンルームに突っ込んでいた顔を上げた。

「治ったの?」

「だめね」

 夏菜は、煤で黒くなった顔で肩をすくめた。

「どうしたんだい」

 スバル55の後ろに一台の車が止まり、そこから一人の筋肉モリモリの髪の短い男の人が降りて来て夏菜たちに声を掛けた。

「スバル55が壊れっちゃった」

 幸子が泣きそうになりながら言った。

「よし、まかせとけ」

 その男の人は、そう力強く言うと、スバル55のエンジンルームに顔を突っ込んだ。


「どう?」

 幸子が心配そうに訊いた。

「ダメだ」

 顔を上げた男性は煤で黒くなった顔を曇らせた。

「どうしたんだい」

 また、スバル55の後ろに止まった車の後ろに車が止まり、中から人の好さそうなふさふさの口ひげを生やしたおじさんが出て来て声を掛けた。

「スバル55が壊れちゃった」

 また幸子は泣きそうに答える。

「任せなさい。私は車の整備士なんだ」

 おじさんは自信満々にその大きな厚みのある胸を叩いた。


「どう?」

 幸子が訊く。

「ダメだ」

 真っ黒くなった顔を上げたおじさんはやはり暗い表情で言った。

 それから次々とスバル55の後ろに数珠つながりのように様々な色と形の車が止まり、たくさんの人たちが、スバル55を直そうとあれやこれやと、エンジンルームに顔を突っ込んだ。

 しかし、みんなが精いっぱい色々と様々に試してみるのだが、スバル55は沈黙したままだった。

「おかしいな。動くはずなんだが」

 車の整備士をしているふさふさの口ひげを生やしたおじさんが首を傾げる。

「わあぁ~ん。スバル55が死んじゃったぁ」

 幸子はとうとう、泣き出してしまった。幸子に抱かれていたリトルベアが、そんな幸子を心配そうに見上げる。

 その場にいた全員が、真っ黒くなった顔を暗くして、沈黙したままのスバル55を見つめ力なくうなだれた。

「うわぁ~ん、うわぁ~ん」

 幸子の大きな鳴き声が峠中に鳴り響いた。

 それでも、みんなはどうすることもできなかった。スバル55は、沈黙したまま冷たく静かにみんなの前に横たわっていた。

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