第13話 殺し屋
スバル55は、心地よい朝の潮風を浴びながら、気分爽快、心地良く走り出した。
「バイバ~イ」
幸子が、思いっきりスバル55の窓から身を乗り出して、二人の青年に体全体で手を振ると、二人の青年も、いつまでもいつまでもスバル55が見えなくなるまで元気いっぱい全身でバイバ~イと叫び返していた。
「あらっ、無いわ」
「何が?」
「腕時計。いつもそこに置いてあったのに」
夏菜はダッシュボードの上を見た。
「パパの形見なのよ」
幸子もあちこちと車内を見回す。
「ちょっと、そこ開けてみて」
夏菜は助手席の前のグローブボックスに視線を送った。
「無いよ」
幸子がグローブボックスを開け、中を覗く。
「そう」
「でも、こんなのあった」
幸子の手には、黒光りしたフルオートマ拳銃が握られていた。
「コルトMK400ね」
「何で拳銃があるの?」
「さあ、パパのでしょ」
「これ撃てるの?」
「撃ってみたら」
幸子は、拳銃を窓の外へ向けた。
バンッ
「わっ」
「まだまだ現役ね」
「ほんとに弾出た。弾出た」
幸子は目を丸くして夏菜を振り返った。
「そりゃ出るわよ。拳銃だもん」
「本物だったんだ」
「多分グローブボックスに入れたまんまなのを忘れていたのね。パパらしいわ」
幸子は自ら手に持ったコルトMK400をしげしげと眺めた。
スバル55が町はずれのレンガ造りの古風な道に入った時だった。道路の端に、全身黒ずくめの陰気で巨大なおじさんが一人立っていた。そのおじさんが大きな左手を上げた。
「お嬢さんたち、隣り町まで乗せてってもらえないか」
おじさんは死人のような顔色をしていた。
「ええ、いいわよ」
夏菜がそう言うと、大男は、幸子が一度降りて、引き倒した助手席の後ろから大きな革製の黒いカバンと共に、スバル55の狭い後部座席に目一杯体を縮こませて乗り込んだ。
「ふぅ~」
巨大なおじさんは何とかギリギリ、本当にギリギリ狭いスバル55の後部座席に収まった。
幸子が再び助手席に乗り込むと、スバル55は、大きく後ろに傾げながら、汗を掻き掻きうんしょうんしょと走り出した。
「僕の職業は殺し屋さ」
スバル55の天井に頭を思いっきりくっつけ、狭い後部座席いっぱいにその巨体を精いっぱい縮こめて、殺し屋は言った。
「わたし、本物の殺し屋さんを初めて見たわ」
幸子が言った。
「私は三回目ね」
夏菜が言った。
「どんな人を殺すの」
幸子が興味津々に訊いた。
「昔はギャングの大物や政治家なんかも殺ったもんさ」
殺し屋は少し誇らしげに言った。
「すごいわ。映画の中の人みたい」
幸子は興奮して言った。
「外国の王様だって殺したことがある」
「すご~い」
でも、すぐに殺し屋は浮かない顔になった。
「どうしたの?」
幸子が訊いた。
「でも、最近は、自分を殺してくれっていう依頼ばかりさ」
殺し屋は少し寂しそうに言った。
「悲しい世の中ね」
夏菜が言った。
「ああ、悲しい世の中だ」
殺し屋は本当に悲しそうな目で言った。
その時、殺し屋の胸の中から何か奇妙な鳴き声がした。
幸子が振り返る。
「あっ」
殺し屋の胸の間から、小さな熊みたいな顔の子犬が子をのぞかせていた。
「拾ったんだ」
殺し屋が言った。そして、子犬を両手で服の中から引っ張り出すと、それを幸子に渡した。
「君にあげるよ」
「ほんと」
幸子は飛び上がらんばかりに喜んだ。子犬は、幸子の小さな手の中で嬉しそうに、まだぎこちない動きで幸子を見上げた。
「わあ、かわいい」
幸子はそんな子犬をしきりに撫でた。
「じゃあ、殺し屋さんにはこれを上げるわ」
夏菜が、コルトMK400を差し出した。
「う~ん、これは素晴らしいコルトMK400だ」
殺し屋は、一度大きく唸ると、しげしげとコルトMK400を見つめた。
「本当に素晴らしいコルトMK400だ。だが、これはもらえんよ」
ひとしきりコルトMK400を眺めた後、殺し屋は言った。
「あらっ、なぜ?」
「これは素晴らし過ぎる」
「そう」
「これは、人を殺してはいけない拳銃だ」
そう言って、殺し屋は夏菜にコルトMK400を返した。
「ここでいい」
隣り町の入口辺りに来ると殺し屋は言った。
「世話になった」
「殺して欲しい奴がいたらいつでも電話しなさい」
そう言って、殺し屋は二人に名刺を置いて去っていった。
スバル55は、ほっと一息、軽くなった車体で、再び軽快に走り出した。
「わたし誰にしようかな」
幸子が、名刺を片手に人差し指を上唇に当てて考える。
「私は多すぎて無理だわ。殺し屋さんに悪いもの」
夏菜が言った。
「そうだ。小学校の時のいじめっ子のめぐちゃんがいいわ」
幸子は一人、左手を口に当て、グフッグフッっと奇妙な声を上げてほくそ笑んだ。
スバル55は二人と一匹を乗せて、まだまだ続く旅の果てへと走って行った。
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