第11話 海

「あのトランクには何が入ってるの?」

 幸子が助手席から、身を乗り出すようにトランクルームを振り返って、そこに横になっている、出発の時、夏菜が積んだトランクを指差した。

「さあ、パパのだから私も知らないわ」

「ふ~ん」

 幸子は再び前を向いた。その時だった。

「わあ、海だ」 

 幸子が叫んだ。峠を抜け、うっそうと茂っていた木々が晴れると、その先に太陽に照らされ、キラキラとどこまでも輝く広大な海が広がっていた。

「わあ、すっご~い」

 幸子が目をキラキラさせて言った。

 空も海もどこまでも果てしなく、水平の彼方まで青く広がり輝いていた。

「わたし海を初めて見たわ」

 幸子はスバル55の窓から、落ちてしまいそうなほど身を乗り出して海を見つめた。

 道路はくねくねと海岸沿いにどこまでも伸びていて、そんな素晴らしい道をスバル55だけが果てしなく広がる海に沿って爽快に走って行く。

「青青青、水水水、どこまでも青くて水だわ」

 潮風に吹かれながら幸子は広大な海を見渡し、感動を通り越して絶叫した。


 スバル55が何も走っていないきれいな海沿いの道を軽快に走っていると、そんな道路の真ん中を二人の青年がのんびりと並んで歩いていた。スバル55はそんな二人の後ろまで来ると、邪魔しないようにのろのろと歩調を合わせて走った。

 二人の青年がスバル55に気付くと、運転席と助手席にそれぞれ別れて、両側から日に焼けた真っ黒な顔から真っ白な歯をこぼして声をかけた。

「お嬢さんたち、僕たちと海へ行かないかい」

 長髪の青年が運手席の夏菜に言った。

「素敵なものが見れるよ」

 短髪の青年が助手席の幸子に言った。 

「行くわ」

 夏菜が言った。

「うん、行く~」

 幸子も叫んだ。

 歩く二人の青年と一緒に、スバル55はしばらくのろのろと走って行く。すると、道路の端に、ポコッと海側に張り出すように小さなが崖のようなでっぱりがあった。

「あそこにスバル55を止めるといいよ」

 長髪の青年が言った。そこには小さな祠が立っていた。その祠の前にちょうどスバル55が一台入る程のスペースがあった。そこにスバル55はピタッと収まった。


 四人はそこから階段を下って海岸へ下りた。そこには不純物の全くない真っ白な砂浜が広がっていた。

「わああっ」

 幸子は感嘆の叫び声を上げると、そのまま砂浜を海まで走りだした。だが、途中で砂に足を取られ思いっきりコケた。

 その後ろから、青年二人も夏菜の両手をそれぞれ引っ張って、海に向かって走りだした。そして、途中で幸子を両脇から抱え上げ、助け起こすと、四人でそのまま海に走った。

「海だわ」

 幸子が、目の前の海を改めて見つめた。近くで見る海は更に広大だった。

「生きているみたい」

 幸子の足元を、巨大な生物の鼓動のように、波が次々と濡らしては戻って行った。

「私、水着持ってきた」

 幸子は水着を持った右手を誇らしげに高々と上げた。

「しくじったわ」

 夏菜は水着を持っていなかった。

「ビニールボートがあるよ」

 短髪の青年が言った。


「あっつ~い」

 水着に着替えた幸子が猛烈な太陽に向かって右手をかざし言った。

「ああ~、クラクラするわ。この感じがたまらない」

 夏の暑さが大好きな夏菜は、嬉しそうだ。

 夏菜は畳6畳ほどもある巨大な筏みたいなビニールボートに仰向けに寝そべり、真っ青に晴れ渡った空をその巨大なサングラスで見上げ、広大な海でゆったりと波に揺られていた。その横を浮き輪を抱えながら幸子が、嬉しそうにバタ足をしている。

 浮き輪もビニールボートも、青年二人が酸欠寸前まで頑張って、口で空気を送り込み膨らませたものだった。

「お嬢さんどうぞ」

 短髪の青年が持ってきたのは、イチゴサイダーだった。

「ありがとう」

 夏菜はそれを受け取ると、瓶の口からのぞくストローをくわえた。

「おいしいわ」

 広大な海には、夏菜と幸子と二人の青年の四人だけだった。

 あるのは空と海だけ、ぽっかりとその中を巨大な雲がふわふわとと呑気に流れていく。時間そのものが休んでいるような、ゆったりとした空気がそこには流れていた。

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