第5話 @mercuryneet-②-
ジョニーが雪山に居る同時刻、明晰夢コヤンと呼ばれた男は自らの領域の最奥たる場所、そこは百合の花が咲き乱れる庭園とその中心に置かれた小さなテーブルと椅子だけの空間で屋外でありながら全天が赤い光で覆われた奇妙な光景が広がる場所にて、瑠奈と呼ばれた少女と紅茶を飲んでいた。
「さて、あの男が幻影の私達を追う追手を倒し、ここにたどり着くまで早くても半日はかかるだろう。では私は私の雑務をこなすとしようか」
コヤンが指を鳴らすと赤い空は歪み天球図の様な物が映し出されると、それらは不規則に捻じれ、回転し始める。すると天球の回転と同期しながら庭園は粘土のように変形、あるいは砂のように崩壊、再構築を繰り返しながら形を変えていく。
百合が咲き乱れる庭園は黒い粘性の液体に満ち、空には巨大な月が星の光をかき消すほどの光を放ちながら浮かぶ異界を形成した。
瑠奈は足元に広がる異界と、構わず浮かび続ける椅子と自分に恐れの表情を浮かべた。
「ふむ、ここの本質というものを見せたことはなかったね。この黒い液体は『夢』なのだよ、そして私自身でもある」
明晰夢と呼ばれる男が少女に語る。彼女が狙われる理由は自分であると。
「‥‥どういうことなの」
「文字通りの意味さマイレディ、私はもともと君の父の所有物であり今は君の物なのだよ」
コヤンが明晰夢、と名乗る理由は至極単純である。自らを最も端的に表す言葉こそ、この言葉であるというだけの事。
「私は明晰夢、人の夢、いい夢も悪い夢も、善き人の妄執も、狂人の美しき願いも、見世物小屋の聖人の祈りも、スベテが集まる場所が私なのだよ。カタチは君の曽祖父の若いころの外見を借りてはいるがね」
淡々と夢は語る。自分は夢の集積地であると。人の共通した無意識を通して流れ出した想念の吹き溜まりが自分。それに偶然、『繋がって』しまったのが君の一族であると。
「君の一族の始まりの男‥‥つまり始原と出会って今日で864年と7か月12日、実に気持ちの良い男、君の曽祖父も中々だったが彼には負ける。君が狙われるのはひとえに私の能力目当てだろう。夢を現実に演出させるのが私の能力でありそれを使いこなすのが君の役目だ」
瑠奈は困惑した表情で明晰夢コヤンを見つめた。突然の襲撃を彼に救われたが出てくる言葉は上手く呑み込めないようだ。
「ああ、君はこう言いたいのかな?『貴方一人で十分な力を振るえるのになぜ私が必要なのか』ふむ、確かに私一人でも夢の領域を用いることは出来る。領域内にしてしまえば万能かつ全能の力が出せる。だがそれでは駄目なのだよ。私はあくまで舞台に過ぎない、劇を動かす為に必要なのは舞台そのもの以上に脚本家、役者たちの方が重要さ。機械仕掛けの神も舞台だけでは動かしきれない。君の曽祖父のカタチを借りた所で私の『私』の掌握率はたった40%!それでも現実世界に演出させた夢を使えば出来ない事は少なすぎるが、君が居れば現実は塗り替え放題さ。仙台と異なり何も知らない未熟な君を狙ったのは私が、私を手中に入れんとしてるからだろうさ」
長回しのセリフを役者のように饒舌に。芝居ががった仕草で明晰夢は瑠奈に更に語り掛ける。
「私の本質は流される物。ある世界においてタタリ、と呼ばれた物が一番近いかな?あらゆるミームに汚染、合併しながら流動するのが夢、そしてその夢は‥‥人が動かす」
紳士の顔は瑠奈にはもう子供の落書きのように黒く塗りつぶされているようにしか見えなかった。
「さて、そろそろ彼は私たちの領域にたどり着く頃かな?君は、どうする?ちなみにオススメは彼を後戻り出来なくなる所まで夢に巻き込んでしまうことだ」
明晰夢は夢は語るが願いは語らない。ただ、受け入れるのみだ。
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