第6話 @asis_fgo-①-

俺はやつの本拠地へと乗り込む前に自動販売機のブラックコーヒーを飲んでいた。ハードボイルドなヤツは決戦の前だとしても余裕を保っているものだ。缶コーヒーというのは些か戴けないが、しかたない。俺自身がいくらハードボイルドであったとしても、流れる時間を止めることはできないのだからな。

「さて……」

一気に飲み干して、空いた缶を横に備え付けられているゴミ箱へと投げる。その行方は確認することもなく、自動販売機に再度千円札を大量に投じる。そして一呼吸おき、俺はわずか0.01秒の間に30個全てのボタンを順番に押した。

自動販売機という存在を知らない人は少ないだろう。お金を入れてボタンを押せば排出口から商品が出てくるというものだ。しかし、ごくごくわずかな時間の間に大量のボタンが順番に押されたときにどのような挙動をするかということを知っている人間は少ないのではないだろうか。

正解は『処理落ちする』。つまり、沢山の命令を受けたコンピューターが全てを処理しきれない状態になるわけだ。実際、最初に押したペットボトルのジュースさえ排出されないままボタンがゆっくりと明滅している。俺は自動販売機に体を近づけ、ゆっくりと体を埋め込んだ。処理落ちをしているのだから体が貫通するのは当たり前だ。

そうやって体を全て埋めたと同時に処理落ちから回復する。ここでおかしなことが起きる。現在、自動販売機と俺の体が重なり合った状態で存在している。物理的に起きるはずのない事態だ。現在俺は『世界』の法則から逸脱した存在になっている。

だが、『世界』はそんな『例外』の存在を許容しない。

俺の体は正体不明の力に引っ張られるように弾き飛ばされる。気がつくと真っ暗な空間の中に放り出されていた。背中の方に引っ張られるような感覚だが、重力によって落ちている気はしない。まあ、空間に重力という概念が存在してるかどうかも疑問ではある。

俺は腕を組みながら時を待つ。その瞬間はそう遠くないうちにやってきた。

ブラックホールに吸い込まれるようにある一点へと体が引き寄せられる。そして、その点に到達した瞬間に視界に光が戻ってきた。

「……ぶっ!」

重力によってアスファルトに叩きつけられて思わずハードボイルドではない呻きをあげる。俺も修行不足だ。

ゆっくりと立ち上がりながら辺りを見回す。その場所は、先ほどいた自動販売機があった場所のように見える。しかし、よくよく見てみると相違点がある。周囲から生物の存在を感じ取れないし、世界に灰色のフィルターがかかっているような気がしてくる。

それもそのはずだ。ここは現実世界ではないのだから。

通称『ハザマ』。その名の通り現実と虚構の間にある不確定な世界。もしくは、現実世界に『例外』認定された者が流れ落ちる場所。……この場所については俺でさえよく分かっていない。だが一つだけ確信していることがある。この『ハザマ』こそがあのダンディ英国紳士が待ち構える場所なのだと。

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