第7話 @masatada_phi-①-
『ハザマ』の世界は不気味なまでの静寂をもって俺を出迎えた。ビルの谷間を吹き抜ける風すらなく、時が止まったかのような感覚すら覚える灰色の世界はハードボイルドを既に超えている。つまり、俺の琴線に触れることはない。
「何事も腹八分目がハードボイルドってことだ」
寂寞を切り裂いて俺ひとり分の靴音が響く。他に生者の気配はない。明晰夢の野郎はどこにいる。手がかりとなるはずのSAD2995は無音のまま画面にノイズを走らせていた。使い物にならないなら用はない。片手で握りつぶし、残骸を道に投げ捨てた。通りすがりのアーマード神父軍団を蹴散らしながらあてもなく先へ進む。
どれほどの時間、歩き続けただろうか。この世界ではすべてが曖昧模糊としていて、まるで距離感覚がつかめない。腕時計も意味を成さなかったので、先ほどハードボイルドに投げ捨てた。だがどれだけ歩けど、一向に明晰夢の気配すら感じられない。その上。
「なんてこった…」
俺は目の前の道の上に散らばっているSAD2995の破片を見て確信した。俺はこの景色をもう3回は見ている。つまり、俺はどこにも辿り着けていない。ただ同じ場所を歩き続けていただけだ。
「アテが外れたか、この俺が‥‥!」
俺は歩き疲れて暑くなってきた気がして上着を脱いだ。が、それは気のせいであり、そもそもこの空間で暑さを感じたことなどなかったので、俺はハードボイルドに脱いだばかりの上着を破り捨てた。そして次にズボンを破り捨てようとベルトに手をかけたそのとき、頭上から声が飛んだ。
「お困りのようだね、ミスタ」
「誰だ」
反射的に振り向く。同時に腰のホルスターから愛用のマグネティックスターラーを抜き放ち、声の方向に突きつけた。この一帯で俺以外の生気は未だ感じ取れない。つまり声の主は。
「ご名答、僕は既に生きていない」
俺の脳内を先読みして返答したのは、そばのアパートの二階から意味深な笑みを浮かべてこちらを見下すハードボイルドではない少年。外見にはこれといった特徴はなく、無害な印象を受ける。だが、奴からはどことなく危険な匂いがした。奴は身体中に突き刺さっている無数のミニサボテンを揺らしながら、尚警戒を解かない俺に話しかける。
「僕は納豆菌の妖精なんだ。ミスタ、貴方も《豆》に連なる者だろう?ここはともに協力し、この世界に巣食う大いなる悪に立ち向かおうじゃないか」
「大いなる悪だと……明晰夢のことか」
「いいや、奴は既に組織……《痘》を抜けた小物さ。本当の敵はその先だ」
「……お前は一体」
俺の問いに奴は答えず、ただ3つある口元をゆがめるのみだった。
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