第8話 @wawaRuM971-②-

「いいさ、てめえの口車に乗るのも一興だ」

「さすがはミスターハードボイルド。伊達じゃあないね」

弾みもしない会話を切り上げ、俺らは作戦の設計図を書き始めた。

 

「本拠地はこの世界のどこかにあるのはもう分かってる。問題は、基地そのものをこの世界の視界から切り離している。だから正攻法じゃあ見つけられないんだ。そこで、処理落ちのプロのあんたが来るのを待ってたわけさ」

ガキ(名前はデイジーと言うらしい)の組み立てた設計図はこうだ。俺がこの世界からラグ(処理落ちさせることが出来るエリア)を見つけ、デイジーが用意していた秘密兵器で特攻を仕掛けるというもの。

「で、その秘密兵器って奴は?」

「これさ。ほら」

デイジーは体のミニサボテンを一つちぎると、そのサボテンは見る見るうちに変化していき、そのブツを俺に投げて渡してきた。それは、先ほど見たもので。

「 AAAG インバータ・・・・」

「そうさ。君の異能≪クロッシングタイム≫に合わせて僕の異能を注いで改造してある。これならどんな相手でも勝てるさ」

「はっきり言い切るんだな。にしても、俺の異能がガキごときに知られているとはな」

「・・・・当然さ。これぐらい。だって僕は天才」

その時だった。

 

デイジーの頭に銃穴が、開いた。

「!?」

俺はとっさにマグネティックスターラーを構える。

「さすがだな、反応がお早いことで」

「・・・はむら、やん・・・・っ、生きていたのか!」

「・・・・ああ、そんな名前をあいつは名乗ったのか。いいや、俺はお前に殺された。これは仮初の、すぐ消える肉体だ。だから・・・そのガキの体を貰う!そのガキが俺にした事と同じようになあ!」

「なっ!」

一瞬だった。奴は液状になったかと思うとすぐさまデイジーに覆いかぶさり、デイジーの体を乗っ取ったのだ!

「これがわが師、明晰夢コヤン様の異能の一部、いやコヤン様そのものの一部、「明晰半廻」の力の使い方だ!!貴様にどうこうできるものではない!」

「明晰半廻・・・だと・・・・!」

その話はほかならぬあいつ、明晰夢コヤン自身から聞いたことがある。

あいつの異能、いや、正体は夢の領域支配。想像の概念の化身。

だから現実では不可能なことも、望みさえすれば書き換えることが出来る。

だかその能力は後継者にならなければ本人以外使うことはできなかった筈!

「お前が・・・後継者なのか!?」

「何をぬかす!あの方に後継者など必要ない、俺が、俺が支えるのだから!」

そう言ってのけると、奴はいきなり俺を撃ってきた。

こんな弾丸、ハードボイルトな俺には―――

「!?が、がっ・・・・」

当たった。脇腹に見事に。これも、明晰半廻の能力か!

「てめえ、なぶり殺しのつもりか・・・?」

「ああ、お前はただでは殺さない、死んだほうがマシだと思うほどの苦痛を与えてから殺してやる!」

 

「どうしたァ!お前は、お前はハードボイルドなんだろう!こんなもんじゃねえだろお!俺を、俺を失望させるなあ!!ハッハッハ!」

俺は殆どリンチにあっていた。殺さず、的確に苦しめられている。

殴られ、蹴られ、銃弾のハチの素にされる。異能≪クロッシングタイム≫も使う余裕がない。

ああ。忌々しい記憶が脳裏をかすめてく。

目の前で汚い男に犯される母親。地獄そのものだった訓練生活。そこで出来た友の頭がザクロのように飛び散った。

「死にた・・・くない・・・」

体が言うことを聞かない。半廻される現実と夢の区別がつかなくなっていく。

走馬燈もこの仕事を受けたときにまで遡る。みすみす罠にハマって犬のウンコにされた自分が死の間際に思い出させる、ふざけてやがる。

「死ぬ・・・かよぉ!」

俺は思い切り奴の耳元で叫んだ。

思い切り横に飛び、銃弾の雨から脱出する。すかさず傷だらけの右手でマグネティックスターラーを持ち、奴の足首を撃った。

「グッ!」

奴が体制を崩す。

「もらった!」

俺は奴の上に馬乗りになってマグネティックスターラーの銃口を口の中に突っ込んで撃とうとした。

「いた・・・い・・・」

その声を聴くまでは。

「・・・えっ」

「どけっ!」

俺ははむらやんに振り落とされた後、蹴り飛ばされた。

 

「ぐああ゛っ!」

瓦礫の山に激突し、転がり落ちる。

視界に赤い液体が見える。俺の血だろうか、今はそんなことどうでもよい。

なんで、あいつの声が。

あの声を俺はずっと前から知っていた。

訓練時代から、ずっと!

「はむら、やん・・・むら・・・ッ!?」

嘘だ。

そんな、そんなことってあるか。

あいつは、俺の前で頭を。

「・・・違・・・う!」

「!?・・・・ムラマサ、村正なのか!」

俺の友。

頭を亡くした筈の、俺の友達。

あいつが、デイジーが、はむらやんが・・・・?

頭がこんがらがってきた。

「・・・・引っ込んでいろ!裏切者は!貴様の体はもう俺のものだ!」

「・・・ぐわっ!」

―――――その悲鳴を聞いて、俺の中で何かがはじけた。もう考えるのはやめだ。俺がなすべきことは―――――

「――――貴様ァァァァァァァァァァァァァァァ!」

もう体の痛みは消し飛んでいた。アレドナリンがほとばしり、全身の力が沸騰する。

俺は、一つの AAAG インバータを起動した。

「≪クロッシングタイム≫!」

それと同時に異能も使用し俺の全身を強化スーツが包んだ。

「チッ!」

奴はすかさず銃を放り投げ、聖鼻毛領域の構えをとった。

だが遅い、遅すぎる。

「≪ハイパー・クロッシングタイム≫」

「なっ!」

 

その瞬間、奴の認識する世界から俺は消える。

AAAG インバータに仕込まれたデイジー、いや村正の異能『アクセラレーザ』により一時的に異能そのものを強化できる、らしい。

俺は懐のナイフで左手の筋を切り裂き、腹に銃弾を俺と同じ数だけ撃ち込んでやった。

そして奴が明晰半廻を発動するときに光っていた腕輪を外して破壊した。

「≪クロッシェレーアウト≫」

その音声とともに、俺は通常のクロッシング形態に戻った。

AAAG インバータのカウンターに、デジタル数字でカウントが刻まれていた。

どうやら一度使うと、10分は使用不可らしい。

奴を睨みつけながら俺は宣言した。

「さあ、第二ラウンド開始だ!」

 

それからいくつもの時が過ぎた。

二台のバイクが疾走する。火花を散らし、怒声が響く。息をしていない世界で俺たちだけが命を燃やしていた。

エンドレスで繰り返されるバトルとレースのフィールドは、傷だらけになっていた。

この『例外』を処理しきれないまま彼らの命も世界も徐々に崩壊を始めていた。

 

「・・・なんてやつだ。左腕は使えないはずなのに明晰半廻を応用して動かしている!」

「いい加減に、くたばれ!」

奴はそう叫ぶとハンドルを二回切り、道端に落ちていた看板を三回蹴り飛ばした。

そのまま彼は高層ビルへと一直線にバイクを飛ばす。衝突寸前、空間にノイズが走ったかと思えば奴は傷一つなくバイクを走らせていた。

「壁を、駆け上っただと!?」

「処理落ちなら、こっちのほうが先輩なんだよ!」

奴は屋上まで駆け上がると、おそらく先ほどの周回で仕込んでいたスナイパーライフル、『 TRIAI -299ボルティ』を回収し、俺を狙い打った。

「くっ!」

ハードボイルトなドライビングテクニックでなんとかかわし続けていく。だが、奴はビルの屋上をまるでワープするかのように移動している。奴の射線から外れられないのだ。

「確かに、処理落ちに関してはそっちが上手みたいだな!」

俺は腰のホルスターからマグネティックスターラーを引き抜き、バイクを飛び降りた。

すかさず周囲の物をひたすら撃ちまくる。どこか処理落ちできる場所を探すためだ。

だが、奴はあっという間に俺を射程距離にとらえる所まで降りてきていた。

「隙だらけだぜ!」

・・・とでもあいつは思ったのだろうか。

「≪ハイパー・クロッシングタイム≫」

「なっ!」

俺は奴の元まで走り、 TRIAI -299ボルティを破壊した。

そして奴を広場の中央まで蹴り飛ばす。

それを追い、着衣地点に先回りして俺は奴の胸倉をつかんだ。

「≪クロッシェレーアウト≫」

「・・・ここはビルもない広場だ!てめえの裏技はもう使えない!」

「クソがああああああああああああ!」

俺たちは再び至近距離で戦闘を始めた。

 

雪が降ってきた。

「おらあ!」

「どらぁ!」

武器もバイクも失い、異能すら使う力も残ってない俺たちは拳一つで殴り合いを始めた。

「俺は、俺はコヤン様の後継者に!あの方の為に!俺が!」

奴は血のにじむ両手を懸命に俺にぶつけてくる。これは愛か、執念か。

そんなことを思っていると、奴の右拳が俺の頭にヒットする。

「がはっ・・・右目がイカれたか・・・」

鮮血が右目の視界を覆い、奴の姿も半分隠れる。

「もらった!」

奴がすかさず左拳を俺に向ける。だが、その時。

「・・・・今だ!」

奴が叫んで、自分のは左拳を右手で抑え込んだ!

村正だ。村正がこの時を狙って。

「このっ、離せ!」

奴が再び主導権を奪い返し、右手を左拳から振りほどく。

だが、もう遅い。

 

俺の攻撃は奴の腹に、穴をあけた。

 

「な・・・な、んだこの、攻撃・・・」

呆然とする死に体の男に俺はこう告げた。

「納豆菌だよバーロ。切り札は、最後までとっておくもんだ」

何故納豆菌で腹に風穴があく?ここは『ハザマ』だ。通常の世界の法則は通用しない。

 

『ありがとう。ジョニー。僕を止めてくれて』

「っ、村正!村正なのか!?」

どこから聞こえる声なのかわからない。解放されたということなのか?

『・・・違うよ。僕はもうとっくに死んでる。この声も君の頭に直接響かせてる。 AAAG インバータに数分だけ僕の意識が宿り頭に声が響くように設定したんだ。すごいだろ?』

「ああ・・・ああ・・・!」

俺は気づけば泣いていた。また友と会えた喜びと、すぐ別れなければならない悲しみで。

『僕はなんやかんやあってデイジーという特殊肉体に自分の精神を移していた。それで、彼にやられた時に魂だけになったせいか声が元に戻って君に気づかれてしまった。本当は黙っているつもりだったのに』

「そんなこと言うなよ。俺は・・・」

『おっと泣くな、ハードボイルドが台無しだよ?まあ、裏切者なのは本当なんだ。色々あってね。彼が僕を乗っ取っても僕の魂が存在したのも逆のパターンが成功してたからって言うのも、ある、しね・・・』

「ま、待て!待って!」

声が得なっていく。また、俺の前からいなくなってしまう。

『最後に一緒に遊んで、戦って、話せて嬉しかったよ。犬のウンコについては、ごめん、ね・・・』

それを最後に、頭の声は消え失せた。

 

「見事です。サスガはわが友よ」

そこに、ふらりと現れた。

俺がシメなければならない相手、明晰夢コヤン。

「勝手になったとは言え、我の力を少し貸した我の信者をよくもやってくれたな。・・・やはり君は最高だ。われの後継者になる気はあるか?」

「夢の領域だがなんだか知らんがそんなもんに興味はねえ。俺は、女の涙をぬぐいに来たんだ!どけよ、俺の道を邪魔するな!」

「良いだろう!長き、長き我が人生のエンドマークを打つ人間が君かどうか、見極めてやる!友よ、来い!!」

「・・・・・急に偉そうな口調になるなよ。さっきまでエセ英国紳士だったろキャラを統一しろお前は」

「・・・・・ここにきてハードボイルドを捨てた方に言われましてもねえ」

俺たちは互いに呆れあった。そして、笑いあった。

こいつはいつもそうだ。800年生きてるとのたまうくせに中身はてんで厭味ったらしいだけの邪魔者だ。こいつが夢の領域そのものならそんな夢は悪夢に決まっている。

 

そして、長い、長い幾何の時が過ぎた。『ハザマ』はもう殆どが崩れ去っている。瑠璃はここにはいないと奴は話していた。彼女は肉体変化の異能持ちであり、次のステップに進むための駒として生かすために別の空間に隔離してあると。

長すぎる沈黙の中、先にしびれを切らしたのは俺だった。

「なあ、コヤン。てめーとは長い付き合いだったが、仲間と思ったこともねえ、友だなんて馬鹿馬鹿しくて口が裂けても言うつもりはなかったよ。だけど・・・・不思議だな。今ならお前を、友と呼べるかもしれない」

「・・・ああ。私達は友達だろう。・・・・君の無理しているハードボイルドが好きだった」

「そうだな。無理してた。わざわざ口に出したりして。でも、カッコイイだろ?」

「すべての夢のカタチこそ私だ。知っているとも」

それから、また少しだけ話をした。奴が気まぐれに口調を変える理由や、「ジーザス」の一番好きな曲の話。それから先は楽しすぎて記憶にない。

「さて、友情を深める行為に移ろうか」

「殴り合いならこちとら一人倒して温まってるぜ。ハンデやろうか?」

二人目の友達との会話はそこでおしまい。

 

「村正。一緒に・・・戦ってくれ」

俺は村正が自分の≪異能≫を注ぎ込んだ AAAG インバータを起動させた。

もう一つだけ思い出した。あの夢の中で変身した姿のことだ。

あれは、俺たち二人が唯一平和な頃に覚えていた共通の記憶。

悪を成敗する正義のヒーロー。

もう思い出した今なら、これを使えば。

どうせここは『ハザマ』だ。通常の世界の法則は役に立たない。

それに、明晰夢は夢をかなえてくれるんだ。

 

「双方・・・合意!」

 

「明晰半廻」

 

互いにそこに大切なものがあるような気がして。

血だまりの中、俺は奴を、奴は俺をめがけて駆けていった。

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