第13話 @asis_fgo-②-

そして。

夢の結晶は、静かに目を閉じて眠りについた。

「……最期までいけ好かないやつだ」

葉巻を火をつけ、口に含む。

鈍色の空を見つめながら煙を吐き出していると、背後に人の気配を感じた。

「馬鹿ね。死ぬことまで許した覚えはなかったのだけど」

振り返ることはしなかった。確認するまでもなく、誰だかは明らかだからだ。

「弔いにでも来たのか?お嬢さん」

「……そんなところかしら」

少女は亡骸の横に座ると彼の顔に向けて手をかざした。

するとコヤンの体は徐々にキラキラと輝く光となる。

生まれた小さな輝きたちは、引き寄せられるように瑠奈の体に吸い込まれていった。

「……何をした?」

「彼の力を引き継いだのよ。夢を現出させるその力を後継者としてね」

「なに?」

それはどういうことだ、と続けようとしたところで、彼女は立ち上がり微笑んだ。

あたり一帯の景色が一瞬で塗り替えられ、曇天から快晴へと、荒野は一面の花畑に変わる。

それはコヤンとの再戦の前に閉じ込められた偽りの夢に酷似していた。

「せめて安らかに眠るなら、綺麗な景色の中のほうがいいと思わない?……彼が命を賭してまで時間を稼いでくれたおかげで、私は『ここ』まで来ることができたのだから」

瑠奈は、太陽へと手を伸ばす。体は少しおぼろげに透き通りで、実体と虚体の中間にいるような不思議な状態のまま保たれていた。

……これがコヤンが語っていた次のステップか。

「お嬢ちゃんの目的はなんだ」

「……そうね。ここまで付き合ってくれた貴方には知る権利があるのかもしれないわ」

彼女は自分の、コヤンと共に求め続けてた夢を語る。

それは荒唐無稽な理想だった。人々に語れば鼻で笑われてしまうようなありえない空想の話。

だけど。

それは、誰もが思い描いたであろうことで。

それは、誰もが実現できたらいいなと思うことで。

その話を聞いていると、確かにコヤンがあそこまで拘った理由がわかる気がした。

——誰だって幸せになりたいだろう?

彼の最後の言葉を思い出して、ため息をつく。

「……そうか」

「理解してくれたかしら」

「ああ。本当に素敵な夢だ」

「貴方、コヤンと同じことを言うのね」

「……嬉しくない情報だ」

苦笑しながら葉巻の煙を口に含み、ゆっくりと吐く。

そして、瑠奈の方に向き直って言葉を続ける。

「だが、嬢ちゃん。一つ確認していいか」

「なにかしら?ハードボイルドさん?」

「その称号はもういらん。‥‥それを実現しようとすれば君は二度と『現実』に戻れなくなるということはわかってるのかな?」

その問いに彼女の表情は少し歪んだ。平静を装っているものの動揺していることは見て取れた。

「……覚悟の上よ」

「君には母親がいたはずだろう?」

「やめて、説得なんて必要ない。それとも、素敵だと語った夢を諦めさせるのが、貴方にとってのハードボイルドなのかしら?」

「……確かに。これ以上言葉を重ねるのはハードボイルドではない、もう捨てた称号だけど見苦しいしな」

目を閉じて、瑠奈に向けて右手を差し出した。

「その手は?」

「選択だ。君には今二つの選択肢がある。『俺の手を取るか』『取らないか』だ。……もっと単純にいうなら『現実に帰るか』『夢を求め続けるか』」

コヤンの力を取り込み、もはやハザマ側のモノになってしまった瑠奈は自分の力だけで現実に戻ることはできない。現実側の誰かが手助けすることでようやく出ていけるようになるというわけだ。

そして、ちょうどここには『現実側のモノ』が存在する。

「……これは、君のことだ。だから君に選択を委ねよう。夢を諦め、現実を生きるべきだとは思わない。夢は優しく、現実は過酷だ。だが、現実を投げ捨てて夢を抱き続けるのも、きっと苦痛はある。どちらを選んだとしても、君の選択を俺は尊重する」

「…………」

少しの沈黙のあと、瑠奈は答えた。

「わかったわ」

——そして、少女は選択をする。求める答えを。征くべき未来を。

「……君の未来に幸あらんことを」

ハードボイルドに呟いた後、視界は反転する。

それは、ハザマの世界から離れて現実へと戻る合図だった。

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