第12話 @mercuryneet-④-
極限と速さにより物理限界を超え、閉じた世界を穿ち、抜け出したその先には灰色の荒野が広がっていた。 色はなく、空でさえも鈍色の雲に覆われた世界の真ん中に、夥しい数のブラウン管テレビが積み重なった塔が聳え立つ。 画面にはそれぞれ混沌とした映像が流れる、ある画面には誰かの人生が、ある画面には虹色の光が濁流のように流れる映像が。
その塔の側に、明晰夢は立っていた。
「ああ、ようやくの到着か。 残念だが少し、遅かったようだ」
「そうかよ」
構わずにコヤンに殴りかかるジョニー、全身全霊の1発、しかし確実に顔面に入った筈のそれが止められた。 無論、ダメージを負っていない訳ではない、受け止めた掌はたしかな衝撃が走り、痺れと痛みで数分はまともに動かせることはない。 だが、先ほどまでなら確実に入っていた一撃を能動的に防がれた事実はたしかにジョニーを動揺させた。
「残念だが、君はもう、届かない。 夢の集積はついに『私』という不具合に至った」
コヤンの背後の塔の映像が一斉に切り替わり始める、無作為に集められた夢を映し出していたそれは、全て目の前の男の顔へと変わる。
「私は既に夢では無い、君との対話を経て、微かだが我を持った。理想への道には不要なものだが、君を倒す為にはこれ以上なく必要なものだ」
無機質ではない、溢れ出る歓喜と闘争心が形になったような笑顔を浮かべるコヤン。 上着を捨て、シャツとサスペンダーのついたズボンというシンプルな姿になったコヤンは拳を握りしめる。
「第二ラウンドと行こう、ジョニー。 私は君を完膚なきまでに叩き潰し、乗り越える」
「へっ、言うじゃねぇか」
相対するジョニーも同様に拳を握り、構える。 両者の視線が交錯する、その瞬間間合いに踏み込んだのはコヤンであった。 まず左拳で構えた腕を崩し、顎に拳を捩じ込む、肉体より精神が重要なハザマであろうと物理肉体に当たる脳が揺らされれば意識の混濁は避けられない。
「シィッ!」
体が崩れる隙を見逃さずコヤンは顔面に2発、水月に一撃を叩き込む、通常ならもう動けなくなるであろう拳の連打、だがコヤンは油断しないこの男なら確実に立ち上がりと信じてさらなる損傷を与えねばならないと、仰け反った体を追いかけさらに踏み込んだ。
だが、その瞬間、コヤンの司会は回転する。
「オラァ!」
ダメージで仰け反ったのではない、衝撃をそらす為ジョニーはあえて体を崩し体を反らしたのだ、そして反らした身体のバネから繰り出される一撃はコヤンを吹き飛ばし、塔へと叩きつける。
「カハッ……!」
内臓を損傷し、口から赤黒い血を吐くコヤン、たった一撃でひっくり返された形勢に思わず笑みがこぼれる。
「流石だ……私が超えるべき者、最初で仕留めようと思ったのが間違いだったか」
「ふん、立てよ。 まだやれるだろう?」
「勿論」
ぺっと口の中の血を吐き捨てると、すぐに立ち上がるコヤンそこからの殴り合いはまさに凄絶という他なかった。 互いに防御を捨てた殴り合い、先程はコヤンがダメージを負うばかりであったが、今回は違う、ジョニーの体にもたしかな損傷が積み重なる。
後先考えず振り回される両者の拳は、皮膚が破れ、肉が抉れ、白い骨を剥き出しにしながらも構わずに眼前の敵を倒す為に振るわれる。 顔は腫れ上がり、血で汚れ原型を残しているのかすら怪しい有様となっていたが、二人は止まらない。
「はははははははは!! 『私』とは、こんなにも痛く、辛く、楽しいのか!!」
「うるせぇ! 笑い声が頭に響くんだよこのアホ!」
ジョニーの拳がコヤンに突き刺さる、だが止まらない、自我を持った夢の塊は肉体の損傷程度では最早止まることは出来ないのだ。
停止した心臓はすぐさま鼓動を再開し、体の損傷は絶え間なく治り続ける、それでもジョニーと大差ない程に傷ついて見えるのはひとえに実力の差であった。長い闘いの中で彼を学習し膨大なまでの夢の力を淡い自我の元に集め自己強化を繰り返していても未だ彼には追いつけない。
だが、それは自我が生まれる前の話、数百年で得た『私』がこのまま闘い続ければ? 意思なき数億年と我を持った数瞬なら後者の価値の方が莫大であるのは自明である。 いつかジョニーを倒せるほど成長するまで立ち続ける、今の彼ならそれが可能であった。
「君は諦めないだろう、私も同様だ、ならば勝つのは私だ!」
コヤンの拳がジョニーの顔面に突き刺さる、先ほどまでなら同時にジョニーの拳がコヤンの体に打ち込まれていただろうが、この時コヤンの拳は彼をわずかに上回ったのだ。
コヤンは歓喜した、勝ち誇ったと言ってもいいだろう、一歩目の前の宿敵を上回った喜び、『私』がある故に生まれた感情が溢れ出す。 皮肉にもそれは一瞬の隙となった。
ジョニーの拳がコヤンの胸を突き破り、貫通する。
「…………? かふっ」
呆然として自分の胸元を見つめるコヤン、ジョニーが拳を引き抜くと、コヤンは倒れ伏した。
「馬鹿な……なぜ、私が、倒れて?」
「殴り合いのの最中に嬉しくて動きが止まる方が馬鹿だよ、俺を超えるために得た『自分』が、仇になったな」
少し呆れたような声でジョニーは言う、心臓を潰した事によるダメージではなく、致命傷を与えられたと言う事実がコヤンの動きを止めていた。
「…………そうか、私は、嬉しかったのか。 ならば、仕方ないか……」
「……やっぱり馬鹿だよ、お前」
「そうだな……だが、まぁ……楽しいものではあったよ」
息も絶え絶えになっている筈だが明瞭に声を発するコヤン。既に肉体は意味を持たないが、生まれたばかりの彼の心は敗北を受け入れ既に死に瀕していた。
「なぁ、そんなになってまで成し遂げたかった事ってなんなんだ?」
「…………だれかの理想であり、だれのものでもない理想だった、この身が生まれた時からやらなければならないと、そう夢が語るのだ」
「……それで?」
「はは、気が早いな、まあ待て。 理想とはな、夢だよ、悪い夢も多かったが……でもたしかにその想いの強さは誰にも穢せなかった、だから私が生まれたんだ」
————誰だって幸せになりたいだろう?
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