第10話 @flowers_task-②-

立っている男が居た。


倒れている男が居た。


勝敗はとうに決していた。それでも、二人は未だ、互いを敵として対峙していた。


「はは、何でだろうね。何が私と君、その勝敗を分けたんだろうね?」倒れてなお、どこか浮いた態度をとるのは明晰夢コヤン。その英国紳士服はもはやウェールズの王宮はおろかブリテンの土を踏むことすら許されないであろうほどの有様であった。それでいて──彼の躰には力がみなぎっている。自らの全てを捨ててなお立ち続けたジョニーは、根拠もなく確信していた。まだ、何かある。それに──

「お前は全て知っている。俺は何も知らない。だからだ」

「禅問答かね?いや、意味はわかるとも。私の目的を知らぬ間は死んでも死に切れん、ということだろう?なるほど、なるほど」

「義憤なんてガラでもねえんだがな。巻き込まれた奴らに手向ける花くらいは用意してやらねえと」ジョニーの有り様もひどいものであった。ジャケットだったものが辺りに散らばり、インナーは血でほとんど赤く染まっている。世界のどこを探しても、彼のサングラスは残骸すら見つけることが叶わないだろう。それでも──彼は一本筋の通った構えで立っていた。

「なるほど、なるほど。今やっと解ったよ……君の倒し方が、ね」

「なんだと?」

「ああ!そうだ!だから私の、私たちの全てを教えてやろう!これが私だ!私の勝利だ!」

コヤンの身体に変化が起こる……傷が癒えていく。英国紳士服が元の姿を取り戻す。彼は虚空の一点を見据え、なお叫ぶ。「瑠奈!瑠奈!見えているか!私はここだ!」

「何だこれ……クソッ」天が歪み地が揺らぐ。コヤンとの距離感が掴めない。彼は立ち上がったのか?姿を見失わないだけで精一杯だ。元より曖昧であった空間が崩壊……いや。再構築され始めていたのだ。

「願え!祈れ!夢こそ我が力!願いこそ汝が力!」コヤンの姿さえ曖昧になっていく。英国紳士。黒い穴。子供の落書き。狂信者。「瑠奈!瑠奈!聞こえているぞ!ああ、あああああ!!!」

全てが黒く染まり。白く晴れ上がり。そして……


見覚えのある自動販売機。俺はサングラスをかけ、真っ新なジャケットを羽織って、……無様に転がる空き缶の前に立ち尽くしていた。つまり、振り出しだ。

「……ハードボイルドじゃねえな」ジョニーは缶を拾い上げ、「クソッ!」トラッシュに叩き込んだ。こんなところじゃ引けない。一匹の男として、引くわけにはいかない。自販機に千円札の束を食わせ、今世紀最大の三十連打を叩き込む。今度こそは、本拠地を探し出す。例外処理が起こり、俺は再びハザマに降り立った。

そこは様変わりしていた。いちめんのなのはな。どこまでもまっすぐな線路。いちめんのなのはな。駅らしきプラットホームがひとつ。いちめんのなのはな。自販機が立っている。いちめんのなのはな。それ以外は、いちめんのなのはな。地平の果てまで、いちめんのなのはな。いちめんのなのはなと、一両の列車。百合ヶ丘行き、各駅停車。

動くものはふたつだけだった。俺と、列車。列車は駅に止まり、扉を開く。選択肢はひとつしかあるまい。俺は誰もいない──車掌も運転手もいない──列車に乗り込んだ。

罠であろうと構わない。真相を掴んでみせる。自己定義を新たにしたジョニーを乗せて、列車は動き出す。AAAGインバータの音階と共に……



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