第3話 @flowers_task-①-

今だ空中に浮いたままの瑠璃と明晰夢コヤンは見つめあい、俺はそれをハードボイルドなポーズで眺めていた。

「でも、ごめんなさいね。長居はできないみたい」

「もう来てやがるのか?つくづく鼻のいい連中だ」

「おい待てよ、お前らには聞かにゃならんことが山ほど」

「“あそこ”でならもう少し長く話せてただろうな。アバヨ」


 明晰夢コヤンは恨めしそうに吐き捨てると、瑠奈を肩に抱えて走り去った。だがここで見逃す俺ではない。ハードボイルドだからな。雪山に折りたたみスノーボードを持ち込むのは当然だ。コヤンはクロスカントリー仕様の細長いスキー板。そして、あからさまに怪しい黒スキーウェアの集団。あれが追手か。


 木を躱し、雪を撥ねながら俺は情報の整理を試みる。どうにかしてあの死地を脱したコヤンは瑠奈と出会い……追手は瑠奈が目当てか?隠れ場としてあの聖鼻〇領域を選んだ。だがはむらやんは爆発四散し……ダメだ、奴らが何者なのかがさっぱりだ。何よりコヤンを締め上げないとハードボイルドソウルの疼きが収まらねえ。なぜ生きてやがる。その女は何だ。追っているのは何者?黒服の数人が距離を詰めてくる。彼らはストックを振り上げ、

「仕込み銃か!」

発砲音。銃弾に倒れるような俺はハードボイルドではないし、英国紳士も上手く射線を逃れたようだ。しかし雪山で銃はタブーな筈だ……雪崩でサーフィンなんて二度と御免だからな。命知らずか?あるいは殺せれば何でもいい鉄砲玉なのか。奴らは当たらぬと悟ったか弾が尽きたか、武器をナイフに持ち替えさらに加速する。……そのうち一人の目標は俺か。もう知らん顔はできないな。する気もないが。

 新雪に刻まれた轍は離れ、絡み、螺旋を描く。速度はどんどん上がり、筋肉が熱を持つ。5分か10分か。1000mは下ったか?追手の動きに見えたわずかな疲れを、俺は見逃さなかった。

「オーバースピードだな」俺は体を捻り、ひときわ大きく雪を削った。俺の追手は即席のコブを踏むと宙に投げ出され——奴にとっては永遠の一瞬であったに違いない——大木に頭から突っ込んだ。マニューバ・キル!手榴弾でも持っていたか、ハードボイルドな俺によく似合う派手な爆発だったな。

 これが俺の解だ。お前はどうだコヤン?先を行き、4人の黒服に追われた英国紳士を見やる。左手にはケイバーグリーンに光る謎の球体。針葉樹林に響く、歌うような独特な音階。轍がひとつ途切れ——俺も驚いたんだ。黒服も読者も驚いただろうな——奴らは空を飛んだんだ。木々の先端をかすめるように、時々それを蹴りながら。

「AAAGインバータ……」心当たりがあった。SIEBALL社が極秘に制作しているとされている、重力を他のエネルギーに逆変換することで自在に空を飛ぶ装置。どっかのゴシップが特集を組んでいた。しかし、「実用化されていたのか……!」書かれていたことはほとんど机上の空論だった——少なくとも当時はそう思った。見当はずれな推論を抜かしたかつての俺をぶん殴った俺は、黒服どもが離れていくことに気付く。ゲレンデが近い。

 この雪山は360度すべてをスキーリゾートに囲まれていて、人気の観光スポットになっている。さすがに衆人環視の頭上を飛んではいけまい。だがちぎられてしまった今、人混みの中奴らをどうやって見つけるか……なんとしても、あの黒服よりも先にコヤンを締め上げねばなるまい。

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