9-4 く、悔しいけど感じちゃうぅう……(ビクンビクン)

「それじゃ行きましょう、テルくん、イチローくん!」

「……ってアレ? アイコさんも行くんですか?」

「もちろん! 私だってイチローくんのお父さんの事、気になってるんだから!」

「何やってんだよ! 早く行こうぜ、姉ちゃん、兄ちゃん!」


 そうして照、アイコ、イチローがやってきたのは、冒険者ギルドから3ブロックほど離れた場所にある館。

 そこがイチローの父が所属している――らしい冒険者クラン『百獣団』のアジトだ。

 所属構成員は二十七名、全てが獣人で構成されている、とギルドで聞いた。


「たのもー! 父さんを返せ!」

 またも勢いだけで乗り込むイチロー。


「おや、キミは……もしかしてジュウゾウに付き纏ってるって噂の少年だね?」

 館にいたのは、ひとの体に竜の頭を持つ竜人族の冒険者だ。


(おお、竜人族! 初めて見た!)

 照がこっそりとテンションを上げていた。


「別にアイツに付き纏ってるわけじゃない。オレは父さんに会いたいだけだ」

「そうかそうか。ともかくジュウゾウはもうすぐ帰ってくるから、それまで中でまってるかい?」

「ホント? ありがとう、お姉さん!」


 そう竜人族の冒険者に話すイチローの言葉に驚く照。

 イチローの耳元でこっそり尋ねる。


「ねぇイチロー。この竜人族って『お姉さん』なの?」

「何だよ、見てわからねーの? どっからどう見たって女の人じゃんか」


 イチローはそういうが、照から見た竜人の顔は角と髪の生えたトカゲだ。


「うーん……全く分からないな」

「えーマジで? オレは生まれてずっと竜人国ヴァリアッドで育ったから、簡単に見分けがつくんだけど……。本当に分からないのか、姉ちゃん?」

「――だからボクは男だって言ってるだろ! どうして竜人族の性別が見分けられて、ボクの性別が分からないんだ?」

「まー、テルくんて、見た目は女の子だからねぇ」

「ア、アイコさんまで……」


 アイコにまでそう指摘され、照はガックリと肩を落とす。


(異世界転生のとき、性別だけじゃなく肉体も男らしくしてもらえばよかった……)


 今さらながら後悔する照であった。


「ともかく中で待ってなよ」


 そう言って竜人族のお姉さん(?)が館の中へ招き入れてくれた。

 館の中には……竜人族、猫人族、人狼族、兎人族、鳥人族と、様々な獣人の冒険者がいた。


 気になった照が竜人のお姉さんに尋ねる。


「獣人ばっかり……ここのクランって人間や亜人はいないんですか?」

「ああ、いないよ。『百獣団』の名の通り、獣人族しか所属できないクランだからね」

「って、それじゃイチローくんのお父さんも所属できないんじゃ……?」


 そのアイコの一言に、イチローは目を見開いて驚く。


「う、嘘だ! だって父さんは、自分で『百獣団ってクランで冒険者をしてる』って言ってたんだぞ!」

「それじゃお父さんが嘘をついてたんじゃないかな?」

「と、父さんは嘘なんかつかない! 嘘をついてるのはお前らだろ!」


 竜人族のお姉さんに食って掛かるイチロー。

 と、そこへ――


「コォラッ! テメェまた来やがったのか!」


 そう言って登場したのはジュウゾウだ。

「このクソガキ、叩き出してやる! なんだお前ら、鑑定屋じゃねーか。このガキの付き添い? ふざけんな! テメェらも出てけ!」


 照たちはものすごい剣幕で追い出されてしまった。


「二度と来るな!」



 


「それで……何か分かったの、テルくん?」

「うーん、それは……」


 アイコに尋ねられ、照は頭を捻る。


(やっぱりジュウゾウさんたちが嘘をついていると考えるのは無理があるよなぁ。

 それよりもイチローが勘違いしてるか、イチローの父親が嘘をついたと考える方がしっくりくる。

 だからと言って、今のイチローにそれを行っても納得しないと思うし……。

 うーん、どうしよ……?)


 と、その時――


「……もういいよ」


 ――そんなイチローの一言で、照の思考が中断させられた。


「どうせ二人とも信じてないんだろ。だったらもういいよ」

「お、おいイチロー……」

「もういいって言ってるだろ! オレ一人で探すから、姉ちゃんはもう放っといてくれよ!」


 そんな捨て台詞を叫ぶと、逃げるように走り出すイチロー。

 その去っていく背中に向かって――


「ボクは男だって言ってるだろーっ!」


 ――照はそう訴えるのだった。





 その夜、寮の一階Cフロア、照が公爵から与えられた住まいで――。


「鑑定屋初日……何とか終わったな」


 自室のソファーに座り、一息つく照。


「仕事自体は、これなら何とか続けていけそうだ。けど……」


 そうしてイチローの事を思い出す。


(……あのまま帰らせて良かったんだろうか?

 でも……イチローが間違ってる以上、あれ以上ボクのできる事なんてないよなぁ……)


 そこまで考えて、照はある事に気づく。


(……いや、待てよ。

 そう考えれば一つだけ、ジュウゾウさんが嘘を言っている可能性も考えられるなぁ……)


(……でも違うか。だってその場合、ジュウゾウさんが嘘をつく動機がないじゃないか。

 やっぱり、イチローの勘違いが一番有力だよね……)


 照がそんな事を徒然と考えていると……。


「悩んでるようね、照くん」


 突然背後から声がかかり、慌ててソファーから飛び起きようとする照。

 しかし――後ろから抱き着かれて身動きが取れない!


「って、乃愛先輩! 何でボクの部屋にいるんですか?」

「何でって……ドアの鍵が開いてたから?」


 乃愛はそういうとソファーを乗り越え、照に抱きついたまましな垂れかかる。


「ねぇ照くん。もう悩む必要はないんじゃないかしら? 探偵助手には私を選ぶべきよ」

「ちょっ、乃愛先輩! ふぁあっ、どこ触って……」

「私を助手に……いえ、嫁でもいいのよ?」

「の、乃愛先輩、触り方がどんどん性的に……あふんっ」


 テクニックを上げる乃愛のボディタッチに、思わず声を上げる照。

 そこへ――


「おい照、探偵助手の事で話があるんだが……」


 ――今度は朝弥がノックもなしに照の部屋に入ってきた。


「ぬぁっ! 何をやってるんだ、乃愛先輩!」

「……ちっ、また邪魔しに来たのね、ホモ哉くん」

「オレの名前は朝哉だ! 先輩こそ、いい加減にその痴女行為をやめろ!」

「……あら、やめてほしいの、照くん?」

「く、悔しいけど感じちゃうぅう……(ビクンビクン)」

「止めろっていってるだろ! この変質者!」


 朝哉が乃愛から照を引っぺがす。


「おい照、正気に戻れ!」

「……はっ! ボ、ボクはいったい……」

「もう大丈夫だぞ、照! 乃愛先輩にはこれ以上指一本触れさせないからな!」

「……やれやれ、本当に邪魔ね、朝哉くん。ならここでハッキリさせましょう」


 乃愛はソファーから立ち上がると、朝弥と照に向き直った。


「照くん、そろそろ決めてくれないかしら? 私とこの男、どちらを探偵助手に選ぶのかを」

「――そうだな。照、いい加減ハッキリしてくれ。この女とオレ、どちらをバディに選ぶつもりだ?」

「さぁ、照くん――」

「言ってくれ、照――」


「いやその、それは……」


 二人に迫られ、タジタジになりながらも照が答える。


「えっと、実は……探偵助手、もう他の人を選んでたりして……」


 その瞬間――


「なっ! 何ですって! どういう事なの、照くん?」

「照! 他の奴って、いったい誰を選んだっていうんだ!」


 ――物凄い剣幕で詰め寄ってくる二人。

 慌てて照は言い訳をする。


「ま、待って! いや、実はその……た、試しに陽莉の名前を入れてみたら、そのまま認証されちゃったんだよね……」

「陽莉って……あの瀬名陽莉の事?」

「まさか……認証されたって、それでどうなったんだ?」


 目を丸くする二人に、照が答える。


「どうもこうも、認証されただけで、それっきり……。会話機能も使えないし、本当に認証されただけみたいで……」

「……何よそれ? ただの宝の持ち腐れじゃない」


 陽莉が助手に選ばれたと知った乃愛は不機嫌そうだ。

 逆に朝哉は「そうか、陽莉か……」とつぶやくと――


「だけど、よかったじゃないか、照。陽莉を選べるって事は、死んでないって事だろ? それが分かっただけでも御の字だよ」


 ――と、歓迎の様子。


 乃愛はムッとした様子を隠そうともせずに照に尋ねる。


「それでその探偵助手、今から変更はできないのかしら?」

「そ、それが一度選ぶと変更は無理なんですよね……」


 そう言って照は後悔の念をにじませる。


「せめて会話機能が使えれば、陽莉を選んだ甲斐があったんだろうけど……」


 そのとき――


『♪~♫~♬』


 電子音の音楽が流れ、照の[探偵手帳]のスキルが勝手に起動した。

 突然出てきたタブレット、その画面には『着信:瀬名陽莉』の文字が表示されている。


「ま、まさかこれって……!」


 照は恐る恐る『通話』のボタンを押す。

 すると――


「――照ちゃん? 本当に照ちゃんなの?」


 ――そう言って画面に映っていたのは、まぎれもなく陽莉の姿だった。

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