9-5 また明日……
*
「ひ、陽莉……まさか本当に……?」
「照ちゃん? やっぱり照ちゃんだ! よ、よかったぁ~、生きてたんだね、照ちゃん」
「生きてって……陽莉こそ……」
思わず泣きそうになる照だったが、グッとこらえて話を続ける。
「……いや、そんな事より、陽莉って、いま日本にいるんだよね?」
「あたりまえでしょう、何言ってるの? 照ちゃんこそ、いま何処にいるの?」
「ボクは――」
言いかけた照を遮って、朝哉がタブレットを覗き込む。
「陽莉、オレだ! 朝哉だ!」
「朝ちゃん! 良かった、朝ちゃんも生きてたんだね?」
「ああ、大丈夫だ。実はオレたち、異世界転移っていうのをしちゃったらしいんだ。オレたちが今いるのは異世界なんだよ」
「ま、まさか本当に!」
一瞬驚いた様子の陽莉は、だがすぐに納得の表情を見せる。
「……でも、そう考えればあの不思議な現象も理解できるかも……」
「不思議な現象?」
陽莉の言葉が引っかかり復唱する照。
画面の陽莉は大きく頷くと、爆破事件のその後を語り始める。
「あの日、爆発事件に巻き込まれたとき、照ちゃんが私を庇ってくれたでしょう?」
「う、うん。あの時は必死で……」
「あの後、照ちゃんが死んじゃうと思って、私は照ちゃんを抱いて泣いていたの。そうしたら――」
「そうしたら?」
「照ちゃんの体がスゥ―っと消えて、いなくなってしまったの」
「き、消えた?」
「そう、消えたの、私の目の前で。照ちゃんだけじゃない、爆発事件に巻き込まれた人は、私以外が全員姿を消して、今は行方不明扱いになっているわ」
「行方不明……それって……」
陽莉から語られた新たな事実に、思わず考え込む照。
すると――
「……グスン……ヒック……」
――画面の中で嗚咽を漏らす陽莉。
「よかった……ふええ……二人が生きていて本当によかったよぅ……」
「ひ、陽莉……」
「もう会えないって……思って……ふああ~」
そのままポロポロと泣き出す陽莉。
気付くと我慢していた照の目からも、涙がどんどんとあふれ出ていた。
「ボクも……会いたかったよ、陽莉……」
「わた、しも……会いたかったよぅ~うぅ……」
「「うああああああああ~っ!」」
――そうして照と陽莉は、涙の再会を果たしたのだった。
*
しばらくして、ようやく涙も収まってきたころ。
「ねぇ陽莉さん。一つ聞いてもいいかしら??」
「え、はい……って、生徒会長? どうして生徒会長が?」
画面越しに尋ねてくる乃愛に、陽莉は驚きの声を上げるも、すぐに思い出したように手を叩く。
「……ってそういえば、爆破事件の後、生徒会長も行方不明になってましたね……」
「その行方不明の人間の事で聞いておきたいのだけれど……私たち三人のほかに、誰が行方不明になっているのかしら?」
「え、えっと……待ってくださいね」
断りを入れてスマホをいじる陽莉。
事件の事を検索し、乃愛に応える。
「行方不明になっているのは、生徒六名に先生が一人、あと刑事さんが一人の合計八名です」
「八名……刑事というのは周防燐子さんで、先生はリッカちゃ――じゃなくて山本先生ね?」
「そうですね、刑事さんの名前までは載ってませんけど、先生は山本先生で間違いないです」
陽莉はスマホを見ながら答える。
「残りの生徒六人は……照ちゃんと朝ちゃんと生徒会長、同じクラスの鏑木昴くんと、隣のクラスの暮乃真宵ちゃん、あとは……皆月朔夜先輩――」
「――皆月朔夜?」
思わぬ名前が出て、思わず乃愛は聞き返す。
「皆月朔夜といえば、たしかうちの学校の三年生女子ね?」
「はい、そうです。私と真宵ちゃんの所属するラノベ部の部長でした」
「彼女も異世界転移している? だとしたら、ウェルヘルミナだけが会っていて、現在行方不明になっている最後の来訪者――それが彼女という事になるわね」
乃愛は新たな真実を聞き、ウーンと頭を悩ませる。
そこへ――「あっ!」――と照が声を上げた。
「どうしたの、照くん? 今の話で何か分かったの?」
「あ、いえ、そうじゃなくて、陽莉に伝えなきゃいけないことがあるのを思い出したんです」
そう言うと照は陽莉に向き直る。
「陽莉、驚かないで聞いてね。こっちの世界に転移したのはボクたちだけじゃない。陽斗兄ちゃんもこの世界にいるんだ」
「――っ! お兄ちゃんもそっちにいるの?」
「ああ、今はいないけど、帰ってきたらちゃんと陽莉に会わせるよ」
「そうなんだ……お兄ちゃんも生きてる……よかった……」
兄が無事だと聞いて、陽莉は嬉しそうに微笑んだ。
だが――
「ねぇ照ちゃん。お兄ちゃんが異世界転移したのって六年前だよね? 六年も経ってるのに、こっちの世界に戻ってきてないんだよね?」
――そう言って表情を曇らせる陽莉。
「ねぇ、もしかして、そっちの世界から戻ってくる事ってできないの? もうこのタブレットを通してしか、照ちゃんたちに会えないの?」
「そ、それは……」
「そんな事ないよね? ちゃんと戻ってくるよね、照ちゃん?」
泣きそうな表情で見つめてくる陽莉に、照は思わず大丈夫だと言いそうになる。
だけど……一瞬の逡巡のうち、照は応える。
「ごめん、陽莉。ボクたちはもう帰れないんだ……」
「そ、そんな……」
陽莉の顔がみるみる青ざめる。
そんな陽莉を見ていられなくて、照は思わず目を逸らした。
そのとき――
『あと一分で一日の通話可能時間が終了します。あと一分で一日の通話可能時間が終了します』
タブレットからそんなアナウンスが聞こえた。
「あと一分……」
照は改めてタブレットに向き直る。
画面の中には今にも泣きそうな陽莉が映っている。
「泣かないで、陽莉。これでお別れってわけじゃない。このタブレットでまた明日も会えるじゃないか」
「……うん、そう、ね……」
「そりゃ直接は会えないけど、それでもお互い、生きてるってわかっただけで僥倖だよ」
「うん……」
「だから……また明日……」
「そう、だね……また明日……」
そうして二人は、タブレットを通して見つめ合う。
一分が経ち、画面がブラックアウトするまで見つめ合ったままだった。
「…………」
無言のまま立ち尽くす照に、朝哉が語り掛ける。
「大丈夫か、照?」
「朝哉……」
「よかったじゃないか、陽莉の無事な姿が見れて。オレも安心したよ」
「……そうだよね。もう会えないと思ってたんだ。会えただけでも幸せだよ」
照はそう言うと、タブレットを抱きしめ、そして――。
「う……うわぁああああああああ――!」
――そのまま号泣するのだった。
*
その夜――
自室のベッドの中で、照は悶々と考える。
(陽莉、泣いてたよな……)
陽莉を突き放してしまった事に罪悪感を感じる照。
(だけど……都合のいい言葉で安心させたって、そんなの意味無いじゃないか。
そんなことをしたら、むしろ余計な期待を持たせて陽莉を不幸にするだけだ。
ボクだって帰る方法を探すつもりはある。
でもそんな方法、本当にあるかどうかも分からない上に、たとえあったとしてもすぐに見つけられるわけがない。
そんな限りなく可能性の低い約束をして陽莉を縛るより、現実の世界で幸せになってくれることを願った方がいい――)
(この先きっと、少しずつボクたちの距離は離れていく)
(少しずつ陽莉はボク達の事を忘れていく……)
(それでも陽莉が幸せになってくれるなら、ボクは……)
そこまで考えて、照はようやく気が付いた。
(……そうか、動機が分かったよ。
大切な人のためなら、どんな嘘でもつけるんだな……)
目を閉じ、そう独り言ちる。
(……スキルじゃ見えない真実が見えた……)
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