9-5 また明日……



「ひ、陽莉……まさか本当に……?」

「照ちゃん? やっぱり照ちゃんだ! よ、よかったぁ~、生きてたんだね、照ちゃん」

「生きてって……陽莉こそ……」


 思わず泣きそうになる照だったが、グッとこらえて話を続ける。


「……いや、そんな事より、陽莉って、いま日本にいるんだよね?」

「あたりまえでしょう、何言ってるの? 照ちゃんこそ、いま何処にいるの?」

「ボクは――」


 言いかけた照を遮って、朝哉がタブレットを覗き込む。


「陽莉、オレだ! 朝哉だ!」

「朝ちゃん! 良かった、朝ちゃんも生きてたんだね?」

「ああ、大丈夫だ。実はオレたち、異世界転移っていうのをしちゃったらしいんだ。オレたちが今いるのは異世界なんだよ」

「ま、まさか本当に!」


 一瞬驚いた様子の陽莉は、だがすぐに納得の表情を見せる。


「……でも、そう考えればあの不思議な現象も理解できるかも……」

「不思議な現象?」


 陽莉の言葉が引っかかり復唱する照。

 画面の陽莉は大きく頷くと、爆破事件のその後を語り始める。


「あの日、爆発事件に巻き込まれたとき、照ちゃんが私を庇ってくれたでしょう?」

「う、うん。あの時は必死で……」

「あの後、照ちゃんが死んじゃうと思って、私は照ちゃんを抱いて泣いていたの。そうしたら――」

「そうしたら?」

「照ちゃんの体がスゥ―っと消えて、いなくなってしまったの」

「き、消えた?」

「そう、消えたの、私の目の前で。照ちゃんだけじゃない、爆発事件に巻き込まれた人は、私以外が全員姿を消して、今は行方不明扱いになっているわ」

「行方不明……それって……」


 陽莉から語られた新たな事実に、思わず考え込む照。

 すると――


「……グスン……ヒック……」


 ――画面の中で嗚咽を漏らす陽莉。


「よかった……ふええ……二人が生きていて本当によかったよぅ……」

「ひ、陽莉……」

「もう会えないって……思って……ふああ~」


 そのままポロポロと泣き出す陽莉。

 気付くと我慢していた照の目からも、涙がどんどんとあふれ出ていた。


「ボクも……会いたかったよ、陽莉……」

「わた、しも……会いたかったよぅ~うぅ……」

「「うああああああああ~っ!」」


 ――そうして照と陽莉は、涙の再会を果たしたのだった。





 しばらくして、ようやく涙も収まってきたころ。


「ねぇ陽莉さん。一つ聞いてもいいかしら??」

「え、はい……って、生徒会長? どうして生徒会長が?」


 画面越しに尋ねてくる乃愛に、陽莉は驚きの声を上げるも、すぐに思い出したように手を叩く。


「……ってそういえば、爆破事件の後、生徒会長も行方不明になってましたね……」

「その行方不明の人間の事で聞いておきたいのだけれど……私たち三人のほかに、誰が行方不明になっているのかしら?」

「え、えっと……待ってくださいね」


 断りを入れてスマホをいじる陽莉。

 事件の事を検索し、乃愛に応える。


「行方不明になっているのは、生徒六名に先生が一人、あと刑事さんが一人の合計八名です」

「八名……刑事というのは周防燐子さんで、先生はリッカちゃ――じゃなくて山本先生ね?」

「そうですね、刑事さんの名前までは載ってませんけど、先生は山本先生で間違いないです」


 陽莉はスマホを見ながら答える。


「残りの生徒六人は……照ちゃんと朝ちゃんと生徒会長、同じクラスの鏑木昴くんと、隣のクラスの暮乃真宵ちゃん、あとは……皆月朔夜先輩――」

「――皆月朔夜?」


 思わぬ名前が出て、思わず乃愛は聞き返す。


「皆月朔夜といえば、たしかうちの学校の三年生女子ね?」

「はい、そうです。私と真宵ちゃんの所属するラノベ部の部長でした」

「彼女も異世界転移している? だとしたら、ウェルヘルミナだけが会っていて、現在行方不明になっている最後の来訪者――それが彼女という事になるわね」


 乃愛は新たな真実を聞き、ウーンと頭を悩ませる。

 そこへ――「あっ!」――と照が声を上げた。


「どうしたの、照くん? 今の話で何か分かったの?」

「あ、いえ、そうじゃなくて、陽莉に伝えなきゃいけないことがあるのを思い出したんです」


 そう言うと照は陽莉に向き直る。


「陽莉、驚かないで聞いてね。こっちの世界に転移したのはボクたちだけじゃない。陽斗兄ちゃんもこの世界にいるんだ」

「――っ! お兄ちゃんもそっちにいるの?」

「ああ、今はいないけど、帰ってきたらちゃんと陽莉に会わせるよ」

「そうなんだ……お兄ちゃんも生きてる……よかった……」


 兄が無事だと聞いて、陽莉は嬉しそうに微笑んだ。

 だが――


「ねぇ照ちゃん。お兄ちゃんが異世界転移したのって六年前だよね? 六年も経ってるのに、こっちの世界に戻ってきてないんだよね?」


 ――そう言って表情を曇らせる陽莉。


「ねぇ、もしかして、そっちの世界から戻ってくる事ってできないの? もうこのタブレットを通してしか、照ちゃんたちに会えないの?」

「そ、それは……」

「そんな事ないよね? ちゃんと戻ってくるよね、照ちゃん?」


 泣きそうな表情で見つめてくる陽莉に、照は思わず大丈夫だと言いそうになる。

 だけど……一瞬の逡巡のうち、照は応える。


「ごめん、陽莉。ボクたちはもう帰れないんだ……」

「そ、そんな……」


 陽莉の顔がみるみる青ざめる。

 そんな陽莉を見ていられなくて、照は思わず目を逸らした。

 そのとき――


『あと一分で一日の通話可能時間が終了します。あと一分で一日の通話可能時間が終了します』


 タブレットからそんなアナウンスが聞こえた。


「あと一分……」


 照は改めてタブレットに向き直る。

 画面の中には今にも泣きそうな陽莉が映っている。


「泣かないで、陽莉。これでお別れってわけじゃない。このタブレットでまた明日も会えるじゃないか」

「……うん、そう、ね……」

「そりゃ直接は会えないけど、それでもお互い、生きてるってわかっただけで僥倖だよ」

「うん……」

「だから……また明日……」

「そう、だね……また明日……」


 そうして二人は、タブレットを通して見つめ合う。

 一分が経ち、画面がブラックアウトするまで見つめ合ったままだった。


「…………」


 無言のまま立ち尽くす照に、朝哉が語り掛ける。


「大丈夫か、照?」

「朝哉……」

「よかったじゃないか、陽莉の無事な姿が見れて。オレも安心したよ」

「……そうだよね。もう会えないと思ってたんだ。会えただけでも幸せだよ」


 照はそう言うと、タブレットを抱きしめ、そして――。


「う……うわぁああああああああ――!」


 ――そのまま号泣するのだった。





 その夜――


 自室のベッドの中で、照は悶々と考える。


(陽莉、泣いてたよな……)


 陽莉を突き放してしまった事に罪悪感を感じる照。


(だけど……都合のいい言葉で安心させたって、そんなの意味無いじゃないか。

 そんなことをしたら、むしろ余計な期待を持たせて陽莉を不幸にするだけだ。

 ボクだって帰る方法を探すつもりはある。

 でもそんな方法、本当にあるかどうかも分からない上に、たとえあったとしてもすぐに見つけられるわけがない。

 そんな限りなく可能性の低い約束をして陽莉を縛るより、現実の世界で幸せになってくれることを願った方がいい――)


(この先きっと、少しずつボクたちの距離は離れていく)


(少しずつ陽莉はボク達の事を忘れていく……)


(それでも陽莉が幸せになってくれるなら、ボクは……)


 そこまで考えて、照はようやく気が付いた。


(……そうか、動機が分かったよ。

 大切な人のためなら、どんな嘘でもつけるんだな……)


 目を閉じ、そう独り言ちる。


(……スキルじゃ見えない真実が見えた……)

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