9-6 少し泣きたくなった



 翌日、照が鑑定屋の仕事を終えたあと――。

 人込みを避けた公園に、照とジュウゾウ、そしてイチローの姿があった。


「嘘だ! そんなはずがない!」


 そう声を上げたのはイチローだ。


「父さんが死んだなんて、そんなの信じないぞ!」

「……いや、本当だ。お前の父ムサシは死んだ」


 そう言ってジュウゾウは首を横に振った。


「黙っていたのは悪かったと思っている。だが、どうしても言い出せなくてな。お前の父は、去年起きた魔物災害のクエストで還らぬ人となってしまった」

「う、嘘だ、父さんが死ぬわけない!」


「……いいや、ジュウゾウさんの言ってることは本当だよ」


 照がジュウゾウの援護をする。


「冒険者ギルドに死亡届が提出されている事も確認してきた。残念だけどキミの父さんは、もう亡くなっているんだよ、イチロー」

「そ、そんな……嘘だ……」


 なかなか認めようとしないイチローだったが、大人二人に反論もできず、最後には納得するしかなかった。

 背を丸めてトボトボと帰るイチローと、それを見送る照とジュウゾウ。


「……これで本当によかったの?」


 イチローが見えなくなったところで、照がジュウゾウに尋ねる。


「本当に、自分が父親だって告げなくてよかったの?」

「……ああ、構わない」


 ジュウゾウは目を伏せながら答えた。


「むしろもっと早く『死んだ』と言うべきだったんだ。

 なかなか言い出せなかったのは、いつか普通の父子に戻れるかもしれないと未練を抱いていたからだな」


「ジュウゾウさ……いや、ムサシさん……」


「ジュウゾウと呼んでくれ。

 二度とムサシと名乗るつもりは無いからな。

 ……それよりいい加減に教えてくれないか?

 どうしてオレがイチローの父親だと分かったんだ?」


「それは…… いくつか理由はあるのですが……。

 最初に疑ったきっかけは、ジュウゾウさんがイチローの膝の擦り傷を、回復魔法を使って治したことです」


「ああ、あれか……」


「猫人族は魔法が使えない。

 以前出会った猫人族の女性がそんなことを言っていました。

 だからジュウゾウさんが回復魔法を使ったとき、ジュウゾウさんは猫人族だと偽っているんじゃないかと思ったんです。

 ステータスを見ると種族が猫人族になっていましたが、それはステータス偽造してるんじゃないかと。

 あのときジュウゾウさんが鑑定屋に来ていたのは、そのステータス偽装を依頼しに来てたんじゃないかと考えました」


 照に指摘され観念したのか、ジュウゾウは頭についた耳を引っ張る。

 つけ耳だったそれは、簡単に頭から取れてしまった。


「……うむ、確かに回復魔法を使ったのは軽率だったな。

 あれでオレが猫人族でないとバレてしまったのは仕方がない」


 ――ちなみに、正確に言うと。

 このときの照は勘違いしているが、猫人族は絶対に魔法を使えない、というわけではない。

 猫人族が魔法を使えないとされているのは、生まれて最初に得ることができるジョブが『猫闘士(キャットファイター)』か『獅子拳士(レオバトラー)』という二つの『種族専用職』に限られているからだ。

 『猫闘士』は隠密に優れ、『獅子王』はパワータイプ。

 どちらも『戦闘職』で魔法は使えない事から、猫人族は魔法を使えないとされている。

 だがジョブスキルをカンストさせ、新たな『魔法職』を得る事ができれば――。

 そうすれば猫人族でも魔法を使えるようになれるのだ。

 ――ただ、そこまでしないと魔法が使えないということで、残念ながら世間では『猫人族は脳筋種族』と認識されてしまっているのだが。

 それはともかく――。


「だが、オレが猫人族ではないからと言って、どうしてイチローの父親だという事まで分かったんだ?」


 そう首をかしげるジュウゾウに、照は推理を続ける。


「もう一つは、イチローが『百獣団』のアジトで、竜人族の顔を見分けることができた事ですね。

 聞くと彼は、生まれてから今まで竜人族の国で育ってきたと言っていました。

 だったら逆に、人間の顔の区別がつかないんじゃないのか?

 そう思ったんです」


「……たったそれだけの事でそこまで?」


「いえ、他にもヒントはありましたよ。

 例えば彼は、何度訂正してもずっとボクの事を『姉ちゃん』と呼んでいました。

 いくらボクが女顔だからって、一度訂正すれば普通なら分かってくれると思うんですよね」


「……確かにそうだな」


「それでも彼は間違い続けた。

 だから……もしかして彼は、ボクを女だと勘違いし続けていたんじゃなくて、ボクとアイコさんの区別が付かなかったんじゃないかと思ったんです」


「アイコ……?」

「ボクの鑑定屋の同僚で、昨日はボクたちと一緒に『百獣団』のアジトに行った女性です」

「ああ、そういえばもう一人いたな」


「アイコさんの顔は彫が深くて、日本人のボクとは明らかに違います。

ですがそれ以外は、髪型もショートだし身長も同じくらいだし、二人とも鑑定屋の制服を着ていました。

もし人間の顔の区別がつかないのであれば、間違えても仕方がないと思ったんですよ」


「なるほど……」


「そしてこんなにも違うボクとアイコさんの区別がつかないのなら、ひょっとして父親の顔の区別が付かない何て事もあり得るんじゃないかと、そう思ったんです」


 照はそう言うと、ジュウゾウの顔色を窺った。

 ジュウゾウからは何の反論も出ないため、照は推理を続ける。


「イチローは、父親に会うのは年に一度の誕生日だけと言っていました。

 さらに風貌も、イチローの父さんは『口髭を生やしたワイルド系』だそうですが、ジュウゾウさんには口髭がなく、代わりに鬣のように髭が生えています。

 年に一度しか会わず、髭の様子も変わっている。

 さらに竜人の国で育って両親以外の人間を見ていなかったのなら、実の父親とは言え見分けがつかない事もあるんじゃないか?

 ――そう考えたんです」


「……そうだな」


 すると黙って聞いていたジュウゾウが、そこで深く息を吐いた。


「そうだ、イチローはオレの顔を覚えていないんだよ。

 ……だがこれは仕方ない。

 父親としてはさみしいが、そうなったのもオレの責任だ。

 オレのせいでイチローと妻は、人間の国で過ごせなくなったんだから……」


「それは……いったいどういうことですか?」


「……オレは指名手配犯だ。

 イチローが生まれる前、オレは妻と共に、とある貴族に仕えていた。

 だかある日、主人であるその貴族はオレの妻に無理矢理関係を迫ってきた。

 その様子を見て逆上したオレは、妻を守るため主人に手を上げてしまい、勢い余って主人を殺してしまったんだ。

 正当防衛で殺すつもりは無かったとはいえ、貴族を殺してしまったオレは大罪人だ。

 その日からオレはこの国でお尋ね者になってしまった」


「……アレ? どこかで聞いたことがあるような……」


 ジュウゾウの話に既視感を覚え、照は頭を捻った。

 そしてポンと手を叩く。


「あ、思い出した! ボクの住んでる寮の持ち主だった貴族が、使用人の妻に手を出して殺されたって言ってた!」

「もしかして東の丘の上の別荘か? だったら同じ貴族でその使用人がオレだな」


 どうやら同じ貴族だったようだ。

 照は「世の中って狭いなぁ」と悟ったように呟いた。

 「ともかく――」と、ジュウゾウが話を続ける。


「お尋ね者になったオレは、この国で生きていけなくなり、通行証が無くても越境できる竜人国ヴァリアッドに逃げ出した。

 その後は妻と子を村に残し、オレは猫人族のジュウゾウに扮して出稼ぎに来るようになったんだ」


「そんな過去が……。でも、犯罪者である事までボクに話してよかったの?」


「……大丈夫だ。

このあとすぐオレもこの街から出ていくつもりだからな。

お前が今から衛兵にチクりに行ったところで間に合わないさ」


 ジュウゾウは肩をすくめると、寂しそうに語る。


「……イチローも言っていただろ、妻が再婚するって。

 だったらもうアイツにオレは必要ない。

 新しい父親がいるのに、いつまでもオレがいたら迷惑だろう。

 アイツの幸せを考えたら、オレがこのまま姿を消すのがいい事なんだ」


「……ああ、そういうオチにするつもりだったんですね」


 ジュウゾウの言葉が腑に落ちた照はポンと手を叩いた。

 そしてさらに掘り下げた質問をする。


「でも……ジュウゾウさん。本当は違いますよね?」

「……? 何が違うというんだ?」


「だって――その再婚相手、それもジュウゾウさんなんでしょ?」


 照のその指摘に、ジュウゾウは大きく目を開いて狼狽える。


「――なっ! ど、どうして?」


「それは名前からの連想ですよ。

 イチローの父親の名前は『ムサシ』。

 日本風に漢字で書くと『六三四』です。

 これを全部足すと6+3+4で13。

 『十三』は読みを変えると『ジュウゾウ』になります。

 これがジュウゾウさんの偽名の由来でしょ?」


「――っ!」


「同じように再婚相手の名前『トレーズ』も、フランス語で13の事です。

 この異世界にはいろんな国からの来訪者が来ていて、その影響で日本語だけでなく英語やフランス語が公用語の国もあると聞きました。

 なら同じ十三からの連想で、『トレーズ』という偽名をつけるというのは十分考えられるでしょう?」


「……そうか、そこまでバレてしまっているのか」


 ジュウゾウはそう言うと、付け耳だけでなくカツラと付け髭も取り払った。

 スキンヘッドで髭もなくなったジュウゾウは、確かに印象がガラッと変わった様子だ。

 その姿のまま、ジュウゾウは照を睨みつける。


「それで、この事を衛兵に言うつもりか?」

「いえいえ、誰にも言うつもりはありません。言うつもりならワザワザこんなところに来ないで衛兵の詰め所に駆け込んでますよ。」


 照はヤレヤレと肩をすくめた。


「会って間もないですが、イチローの事もジュウゾウさんの事も好きですし、できる限り応援したいと思ってます。

 『罪を憎んで人を憎まず』なんて言うけれど、ボクは罪も人も憎まずに、好き嫌いで判断していきたい派なんですよね」


「好き嫌いって……お前、いい性格してるな」


「それよりジュウゾウさん、一つだけ教えてくれませんか?」


 話を切り替え照がジュウゾウに尋ねる。


「ジュウゾウさんは、どうしてイチローに本当の事を言わないんですか?

 正体を隠すにしてもイチローには本当の事を言ってもいいんじゃないですか。

 だって一緒に暮らすのに、父親であることを隠さなきゃいけないなんて大変だと思うんですよね」


「……そうだな、オレもできれば名乗りたかった。

だが、それはできないんだ」


「どうして?」


「イチローはオレのせいで、人の顔の見分けがつかないような境遇で育ってしまった。

 これじゃいけないと思って、再婚したらこの国に戻ってくるつもりでいる。

 だがこの国で生きていく場合、オレは衛兵にいつ捕まるか分からない。

 憲兵に怯えてビクビクと生活する、それがどれだけ辛い生活か、オレはこの十年で骨身にしみている。

 もしイチローにオレの正体を教えた場合、アイツにもそんな怯えながらの生活をさせてしまうかもしれないだろう?

 だったらイチローのために黙っている、ウソを突き通す。

 それが親として当然の覚悟だろう」


「……そう……そうですよね……」


(大切な人のために嘘をつく。それが当然なんだよね……)


 照は陽莉の事を思い出し、少し泣きたくなった。

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