9-3 ……だからボクは男だって

「ちょっ! キミ、何してるの!」


 そんなアイコの声が響く。

 トラブルは隣のカウンターで起きていた。


「おいこのガキ! しつけーぞ、何してんだ!」


 そう怒鳴ったのは、アイコのカウンターに客として来ていた猫人族のおっさんだ。

 そのおっさんに掴み掛っているのが、まだ成人の儀も迎えてなさそうな少年だった。


「うるさい、この悪者! 父さんを返せ!」

「テメッ! いい加減にしろよ! テメェの親父なんか知らねぇってるだろ!」


 おっさんが少年を振り解こうと腕を上げる。

 ドンッ! と突き飛ばされる格好となって、少年が床に転がった。

 その様子を見ていた照が慌ててカウンターを飛び出す。


「お、おい! 大丈夫か!」


 照は倒れた少年に駆け寄ると鑑定を行う。


――――――――――――――――――――

 名前:イチロー

 性別:男 年齢:10 種族:人間

 状態:[未成年]

 ジョブ:なし

――――――――――――――――――――

【称号】

 なし

――――――――――――――――――――

【ジョブスキル】

 なし

――――――――――――――――――――

【ステータス】

 レベル:6

 HP:56/60 MP:56/56

 攻撃力:30 防御力:28 魔法力:27

 俊敏力:23 幸運値:21

――――――――――――――――――――

【スキル】

 なし

――――――――――――――――――――

【状態解説】

[未成年]

 8~12歳の子供に付く状態異常。

 ステータスの75%までしか力を出せない

――――――――――――――――――――


(どうやら大きなダメージは受けてないみたいだね)


 照は少年のステータスを見て安心する。


「わ、悪い、突き飛ばすつもりは無かったんだが……」


 見ると突き飛ばしたおっさんがオロオロと様子を伺っている。

 どうやらワザとやったわけではないらしい。


「だいじょうぶ、膝を擦りむいた程度ですよ」


 照が安心させるように言うと、おっさんは「そ、そうか」とホッとした顔をした後、少年の膝に手をかざし――


「[ヒールライト]!」


 ――すると少年の擦りむいた膝が、あっという間に治っていった。

 照はおっさんを鑑定してみる。


――――――――――――――――――――

 名前:ジュウゾウ

 性別:男 年齢:30 種族:猫人族

 状態:なし

 ジョブ:[拳法僧]

――――――――――――――――――――

【称号】

 [B級冒険者]

――――――――――――――――――――

【ジョブスキル】

 [格闘レベルMax][回復魔法レベル2]

――――――――――――――――――――


 格闘スキルがMaxまで鍛えられているのを見るに、この猫人族のおっさんは相当の猛者のようだ。


「あ、ありがとう……」

 少年が素直にお礼を言うと、

「……念のためだ、気にするな」

 と、ぶっきらぼうに返すおっちゃん。

 どうやらこれで仲直り――


「……って、騙されないぞ、この悪者め! 父さんに会わせろ!」

「だから知らねぇってるだろ! 何度も言わせるな!」


 ――できなかったようだ。


「嘘つくな! 父さんと会わせてくれるまで付きまとってやるからな!」

「このガキ――! いい加減にしろよ!」

「ちょ、ちょっと待ってください! いったい何を言い争ってるんですか?」


 繰り返される口争いに、堪らずアイコが割って入った。

 するとアイコに向かって少年が答える。


「聞いてよお姉さん! このおっさんが、オレの父さんを誘拐したんだ!」





 その少年は名をイチローと言った。


 イストヴィアの隣国、竜人国ヴァリアッドの田舎にあるアルー村の出身で、母と二人暮らし。

 イチローの父は名をムサシといい、イストヴィアで冒険者をやっているらしい。

 そんな父をイチローは尊敬していて、自身も父のような冒険者になりたいと夢見ていた。


 父が母子の住む村に帰ってくるのは年に一度、イチローの誕生日の日。

 イチローは毎年その日を楽しみにしていたのだが……去年の誕生日、父は帰ってこなかった。

 母に理由を尋ねても、困った顔をして――


「ごめんね、イチロー」


 ――そう言うだけだった。 

 

 今年に入って、母がとある男を家に連れてきた。


「イチロー、この人が誰だかわかる?」

「……ううん、分からない」


 イチローが正直に答えると、母は男を紹介し始めた。

 父と同じ冒険者だというその男は、名を『トレーズ』と言うらしい。

 父さんは口ひげを生やしてワイルドだったが、トレーズは髭どころか頭もツルツルで、毛と呼べるものがない。

 そのせいか父と比べて何だか弱そうで、イチローはあまり好きになれないと感じた。

 だけど母は違っていたらしい。


「母さんね、この人と再婚しようと思ってるの」

「ま、待ってよ! 父さんはどうするんだよ!」

「……あの人はもう帰ってこないわ」


 イチローは納得できなかった。

 父さんに会わなければ! 会って話さなければ! そう考えた。

 そしてイチローは、生まれて初めてアルー村の外へ出たのだった。


 そうしてやってきたのが公都イストヴィア。

 父ムサシがこの街で冒険者をやっていると聞いていたから。

 父が所属しているはずの冒険者クラン『百獣団』のアジトへ向かう。

 だがそこで――


「ムサシ? 知らんなそんな奴」


 そう言われイチローは追い返されてしまった。


(そんなはずはない! 

 きっと父さんに会わせないよう意地悪されてるんだ!

 いや、もしかしたらこいつ等悪い奴で、父さんを騙して働かせてるんじゃ……!

 だったら父さんを助けなきゃ!

 助け出して村に連れて帰るんだ!)


 そう考えたイチローは、追い返そうとした猫人族の男に付き纏う事にした――





「こいつが悪いんだ! 父さんを隠して会わせないようにするから!」


 イチロー少年はそう叫ぶと、猫人族のおっさん――鑑定によるとジュウゾウという名前らしい――を指さした。

 その様子にジュウゾウはヤレヤレと肩を竦める。


「だから、そんな奴はいないと言ってるだろう。何べん言えばわかるんだ?」

「……本当ですか、ジュウゾウさん?」


 照が念のために聞いてみると……。


「おいおい、オレがこんな嘘をついてどうなるっていうんだ?

 本気でオレたちのクランが、このガキの父親を誘拐して隠しているとでも?

 バカバカしい、このガキが勘違いしてるだけだろう」


「まぁそう考える方が適切ですよね……」

「だろ、姉ちゃん」

「……ボクは男です」

「……へ?」


 ジュウゾウの言う通り、大の大人を誘拐して隠してると考えるより、イチローが父親の事を間違って覚えていると考えた方が納得できる。

 イチローの話も全て憶測で根拠に欠けている。

 だが、思い込んでいるイチローがそれで納得できる訳がない。


「騙されちゃダメだ! 悪い奴め、ウソばっかり言ってないで父さんを返せ!」

「……まったく、付き合ってられん」


 そう言うとジュウゾウは鑑定カウンターから去って行く。


「ま、待て!」


 イチローが追いかけようとした瞬間、ジュウゾウから凄まじい殺気が放たれる。


「いい加減にしろ、でないと次は擦りむく程度じゃ済まさんぞ」

「うっ……」


 その殺気に思わず腰を落とすイチロー。

 彼がたじろいでいる隙に、ジュウゾウはそのまま去ってしまった。


「――っくそ! このままじゃ父さんが……」


 悔し気にイチローが地面をたたく。

 その様子に――


「ねぇ、テルくん。どう思う?」


 アイコがこっそり尋ねてくる。


「うーん、そうですね……」


(普通に考えるとジュウゾウっておっちゃんの言ってることが正しいんだろうけど……。

 でも……一つだけ気になることがあるんだよなー。

 ……どうしよう?

 他人の問題に首を突っ込むのはどうかと思うけど、でもジョブスキルのレベルアップのチャンスかもしれないし……)


 思考を巡らせ、照はイチロー少年に尋ねる。


「ねぇ、イチローくん。キミはどうしても父親を探すつもりかい?」

「もちろん! 次はもう一度アイツらのアジトに乗り込んでやる!」

「んー……。だったら今度はボクが付き添ってやろうか? 子供一人で行くよりボクがついていった方が、相手も話を聞いてくれるだろうし」

「ほ、本当か!」

「うん。ただし今日の仕事が終わってからだけどね」


 照がそう言うと、パァアッと顔を明るくするイチロー。


「分かった! ありがとう、姉ちゃん」

「……だからボクは男だって」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る