9-2 ボクが誰よりもバディにしたい人

「探偵助手かぁ……どうしようコレ?」


 昨日このスキルの事を話したときの、乃愛と朝弥の様子を思い出す――


 ――乃愛の主張――

『もちろん私を助手にするわよね、照くん。何と言ったって私はキミの女なんだもの』


 ――朝弥の主張――

『いや、ボクだ! 照の事をを知り尽くした十年来の親友こそバディに相応しい!』


(――って言い合って、いつもの喧嘩を始めてたっけ)


 そんな様子に、照は「どっちも選べない」と悩んでいた。


 照は朝弥の事を思い返す――


(朝弥は小学校の頃からの付き合いだ。

 いつも告白してくる困った奴だけど、それでも一番の親友だって言っていい存在だと思っている。

 僕にとって男である以上、恋愛対象にはならないけれど……。

 でも、あれだけ好意を見せられたら、どうしたって嫌いにはなれないよね……。

 朝弥の気持ちには答えることはできないけれど、常に誠実でいたいとは思ってる。

 ボクにとって朝弥が一番大切な親友なのは間違いない。

 ただし、あくまで同性としてという断りが必要になるけれど……)


 続いて乃愛の事――


(乃愛先輩は、美人だしスタイルもいいし、最高の女性だと思う。

 あんな綺麗な人に言い寄られて、嬉しいし舞い上がってしまいそうになるよ。

 でも、先輩が好きなのは、ボクの中にある探偵なんだよね。

 ……乃愛先輩は褒めてくれるけど、残念ながらボクに探偵の才能なんてない。

 今まで謎が解けたのは、ただ単に運が良かっただけだと思っている。

 ただの素人が[探偵]というジョブを持ってるだけなのに、乃愛先輩の期待は重すぎるよ……)


 そして照はハァーッと大きなため息をつくと、スキル[探偵手帳]を使い、事件のデータが入っているタブレットを呼び出した。

 画面の『助手任命』の項目をクリックし入力ボックスを表示させる。

 すると助手に任命する人物の名前を入れるための空欄と――


『助手の名前を記入してください。(※)一度任命すると変更はできません。』


 ――という文章がタブレット画面に現れた。


(任命できるのは一人、登録のチャンスは一度だけ……。

 それでどちらかを選べって言われても……やっぱり無理、どちらも選べないよ……。

 でも、だからって二人以外をバディにっていうのも考えられないし……。

 どちらかを選ぶしか……)


 そのとき、照にある閃きが下りてくる。


(――って待てよ! 一人いるじゃないか、ボクが誰よりもバディにしたい人が!)


 ハッと気づいた照が、慌ててその人物の名前をタブレットに打ち込む。


 ――瀬名陽莉――


 それが照の選んだ人物の名前だ。

 打ち込みが終わり、照はエンターを押す。


『瀬名陽莉を探偵助手に任命しました。』


 そんな文字が画面に浮かび、メニューに『助手:瀬名陽莉』という項目が増えた。


(――やった! 本当に選択できた! もしかしてこれで、陽莉と会話できるんじゃないのか?)


 『助手:瀬名陽莉』の項目をクリックすると、今度は『通話しますか?』という表示。

 照は迷わず『はい』を選択する。

 すると――


『ただいま相手が魔力の届かないところにいるか、スキルを起動できないため通話できません』


 ――そんなアナウンスが流れ、照はガックリと肩を落とす。


「そりゃそうだよね……異世界から日本に繋がるわけがないか……」


 タブレットを放り出し、ゴロンとソファーに寝転がる照。


(やっぱりもう陽莉には会えないんだな……)


(……って、そんなのもう分かってたことじゃないか!

 なのにいつまでもボクってやつは……。

 ボクはこの世界で生きていくしかない……。

 早く気持ちを切り替えて、その方法を探さないと……)


(鑑定屋か……ボクにできる仕事だといいけど……)


 自分の将来に思いを馳せつつ、寮の初日は終わってゆくのだった――。





 ――翌日。


 イストヴィア城下街の中心部から、ほど近い場所にある冒険者ギルド。

 それに隣接する素材買取所、その一角にある鑑定カウンター。

 照はそこで鑑定屋として働き始めていた。


「[探偵の鑑定眼]!」


 カウンターに持ち込まれた品物に対し、鑑定を行う照。


「ランクDの[炎の魔石]一つと、ランクEの[水の魔石]が五つですね。鑑定書を出すので、買取カウンターにお出しください」

「おいおい姉ちゃん、[炎の魔石]のランク低すぎねーか? Cランクはあるだろ、これは」

「残念ですけど鑑定結果はDです。あとボク、男ですから」

「へ?」

「はい、次の方ー!」


 サラサラと鑑定書を書いて手渡し、次の客を呼び入れる。

 これが照の、鑑定屋のお仕事だ。

 朝から次々持ち込まれる鑑定品を捌き、落ち着いてきたのは昼頃になってから。

 ようやく一息ついた照が、ウーンと大きく伸びをする。


「お疲れ様、テルくん。初めての仕事はどう?」

「お疲れ様です、アイコさん」


 照に声をかけてきてくれたのは、隣のカウンターに座る先輩鑑定士、アイコだ。

 照とおそろいの鑑定士の制服を着た、照と同じ黒髪でショートカットのお姉さんで。

 身長も小柄で照とそう変わらないが、彫りが深くて西洋系の顔立ちをしている。


(この容姿で『アイコ』って日本人風の名前は違和感あるよな……)

「……? 私の顔に何かついてる?」

「い、いえ何も……。慣れない事ばかりで大変ですよ」


 照は慌てて笑顔で誤魔化した。

 ちなみにこのイストヴィアでは、来訪者にあやかって日本人風の名前が付けられることが多い。

 ほとんどが白人系の人種なのに名前が日本人のため、照が違和感を覚えるのも仕方がないだろう。


「まぁ最初だけだよ、大変なのは。すぐ慣れるから頑張って。……っと、お客さんよ」


 アイコはそう言うと、営業スマイルでお客さんを迎えた。

 鑑定カウンターにやってきたのは、たてがみのような髭と猫耳の生えた冒険者風のおっさん。

 その猫人族のおっさんはアイコのカウンターに座り、アイコが愛想よく営業トークを始める。

 その間にやってきた二人目の客は、ぽっちゃり目で派手めな格好をした化粧の濃いご婦人。


「いらっしゃいませ、お客様。何を鑑定いたしますか?」


 彼女が自分のカウンターに座るのを確認し、照もマニュアル通りの対応を見せた。

 するとご婦人は首を横に振る。


「鑑定じゃなくて、鑑定偽装をお願いしたいのたけれど、できるかしら?」

「それは……」


 鑑定屋の仕事は、持ち込まれた品物の鑑定だけでなくステータスの偽装や隠蔽の依頼も請け負っている。

 このご婦人はどうやら偽装の方の依頼人のようだ。


(ボクも[探偵の偽装工作]ってスキルを持っているから、ステータス偽装はできるんだけど……)


 だが照は気おくれをしてしまう。


 その原因は自身のステータスレベルの低さだ。

 鑑定スキルには偽装を見破れる[偽装察知]と[偽装看破]というスキルがある。

――――――――――――――――――――

[偽装察知]

 鑑定スキルレベル7で取得。

 自分のステータスレベルよりレベルの低い者のかけた[鑑定偽装]を察知。

 書き換えられた箇所が???で表示される。

[偽装看破]

 鑑定スキルレベル9で取得。

 自分のステータスレベルより10以上レベルの低い者のかけた[鑑定偽装]を打ち消す。

――――――――――――――――――――

 それらのスキルで偽装を見破られないようにするには、偽装する人間のステータスレベルが重要になってくるのだが……。


 照の現在のステータスレベルは5。

 そして戦闘に従事しない一般の男性で、ステータスレベルは平均10程度。

 つまり子供でもなければ、照より低いステータスレベルの者などいないのだ。


「一応偽装はできますけど、実はボク、ステータスレベルがまだ5なんですよ 。なので[偽装察知]や[偽装看破]のスキル持ちには簡単に見破られてしまいますが……それでも構いませんか?」

「ええ、大丈夫よ。やってちょうだい」


 照の条件を聞いたご婦人は了承の返事をし、自身のステータスを開示して照に渡した。

 照はご婦人のステータスを確認しながら尋ねる。


「分かりました、では……。ちなみに何を書き換えますか?」

「……年齢を18歳に」

「……はい?」

「年齢を18歳にするのよ。何度も言わせないで」

「わ、分かりました……」


 トラブルを避けるため、『スキルがなくても偽装だってバレるんじゃね?』という言葉を飲み込む照。

 言われた通りの偽装を施して、無事ご婦人を送り返したあと――


「ちょっ! キミ、何してるの!」


 そんなアイコの声が響く。

 トラブルは隣のカウンターで起きていた。

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