6-4 大っっっっっっ嫌いだっ!

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※)6-4を投稿し忘れて、6-5の内容を先に投稿してしまっていたようです。

 申し訳ありませんが、改めてこの「6-4 大っっっっっっ嫌いだっ!」を読んだ後に、次の「6-5 十分間の盗難事件(捜査編)」を読み直していただけるようお願いします。

 注意不足で本当にすみません……m(_ _)m

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「朝弥……少し話があるんだけど、いいかな?」


 そういう照に、だが朝弥は答えられない。

 照が男になってしまった事に、未だ整理の付かない頭で、照と対峙するのが怖かったのだ。

 だが――


「朝弥……ねぇ、聞いてる?

 ……ねぇ、返事してよ朝弥……」


 ――繰り返される照の呼びかけに、沈黙を続けていた朝弥も限界を迎える。


「……悪い照。今は話したくない、帰ってくれないか?」

「朝弥……どうして? せっかく会えたっていうのに、どうして顔も合わせてくれないんだよ?」

「それは……」

「……もしかしてボクが男になっちゃったから? だから怒ってるの? たったそれだけの事で?」

「たった……それだけ……?」


 照の言葉に、朝弥は激しい憤りを感じる。


(……たったそれだけだって?)

(ふざけんな! すっと好きだった相手が、男になっちゃったんだぞ!)

(それを『たったそれだけ』だなんて、張本人のくせにどうしてそんな酷い事が言えるんだよ!)


「ねぇ朝弥、話を――」

「――うるさいっ!!!」


 呼びかけてくる照の言葉を遮り、朝弥が怒鳴る。


「何が『たったそれだけ』だ! 勝手に男なんかになりやがって! オレの気持ちを踏みにじって何が楽しいんだ! 帰れよ! 顔も見たくない!」


 怒鳴ってしまってから、(やってしまった!)と思う朝弥。


(しまった、言い過ぎた……こんな事まで言うつもりは無かったのに……)

(でも……もういいや。こんなに悩むくらいなら、いっそ嫌われてしまった方が……)


 暫く沈黙が続いた後、ドアの向こうの照が、とぎれとぎれに再び話を始める。


「……そう……それが朝弥の気持ちなんだ……。

 ボク、ずっと言ってたよね? 体は女でも心は男だって。

 でも……朝弥は分かってくれてなかった……10年も一緒にいたのに……。

 結局朝弥は、ボクの中身じゃなく外身しか見てなかったんだね……。

 最低だよ、朝弥……」


 照のその言葉が、朝弥の心に突き刺さる。

 嫌われてもいいと思ったはずなのに、一つ一つの言葉が朝弥の胸を締め付ける。


「朝弥なんて……


 朝弥なんて大っっっっっっ嫌いだっ!」


「――てっ……」


 最後に拒絶の言葉を投げつけ、パタパタと走り去る照。

 思わず呼び止めそうになった朝弥だが、その言葉を飲み込んだ。

 足音が聞こえなくなったころ、ようやくハァーッと大きく息を吐き、頭を抱えてベッドに倒れこむ朝弥。


(……最低だ、オレ……)


 朝弥のそのつぶやきは、押し殺されて言葉にはならなかった。





 ――翌日、まだ夜も明けけれぬ早朝。

 群青の空に雪がちらちらと降る中、宿屋の前のオープンスペースに、体を動かしストレッチを行う朝弥の姿があった。


(……くそ、全然眠れなかった……)


 どうやら朝弥は昨日の事を引きずっている様子。

 体を解せば気持ちの整理も付くかと思っていたようだが……。


(分かってる、悪いのはオレだ……)

(照はずっと言っていた。『体は女だけど心は男だ』って)

(でもオレは、それを真剣に受け取ってなかった……)

(照の気持ちを無視して、自分の好きだという気持ちばかり押し付けていたんだな……)

(照の言葉で思い知ったよ、自分がどれだけ傲慢だったか……)

(最低だ、オレは……ようやくそれを自覚できた……)

(でも……でもさ……)

(だからって『はいそうですか』なんて、そんな簡単には割り切れないよ……)

(だって……好きだから……オレ、照の事、本当に好きだったんだ……)

(オレは……本当に……)


 そんな事をグルグルと考え、まだまだ答えの出る様子もない。

 と、そこへ、宿屋から外に出てくる人影を見つけた。

 同じ宿屋に泊まっている、昨日の冒険者パーティの一人、ドワーフの仲間に文句を言い続けていたエルフのレイラだ。


「あら、おはようございます」

「おはようございます。お早いですね」

「朝のお祈りの時間だから。日課なの」


 レイラは昨日の剣幕が嘘のように、穏やかな様子で話しかけてきた。

 朝弥も慌てて会釈を返す。

 そうして短い挨拶を交わすと、レイラはそのままどこかへ行ってしまった。


 朝弥はストレッチから筋トレにシフトし、何かを振り切るように体を動かし続ける。

 それから十分ほどが経ち、レイラがお祈りから帰ってきた。


「キミ、まだやってるの? 雪も降っているのに熱心ね」

「ええ、ボクも日課ですから。でももう終わります」

「そう、頑張ってね。それじゃ」


 そうしてレイラは宿屋に戻ってゆく。

 朝弥も最後に大きく体を伸ばすと、間を置いて宿屋の中へと帰っていった。

 そして、朝弥が戻ったロビーには――。


「……あ、朝弥」

「て、照……」


 ――朝弥を悩まし続けている相手がいた。




 ――朝弥が宿屋の前で体を動かしていた頃。


 照は朝弥の部屋の前で、声をかけるかどうか悩んでした。


(朝弥に昨日の事、謝りたいんだけど……)

(でもまだ寝てるよね? 起こすのはまずいかな……?)

(でもでも、他の人が起きてくる前に謝っておきたいんだけどなぁ……)

(うーん……)


 そうやって十分ほど悩んでいた照だったが、


「えーい、もうやっちゃえ!」


 そう決意すると、コンコンと朝弥の客室のドアをノックした。


「……朝弥、起きてる?」


 シィーンと、中から何も物音がしない。

 中から返事がないのを確認し、「……もしかしていないのかな?」と独り言ちる照。

 再度ノックしてしばらく待ってみたが、返事がないため部屋には誰もいないと判断し、朝弥を探して散策しようと照はラウンジへと向かった。


 この宿屋は一階が食堂、二階が客室フロアとなっており、二階中央のラウンジからすべての客室へ行けるようになっている。

 ラウンジは一階ロビーの半分もない広さで、机とソファーがワンセットだけ、壁に小さな薪ストーブが設置されていた。

 ふと照が窓の外に目をやると、宿屋の裏を流れる川と深い森があり、空から雪がちらちらと降っていた。


 ラウンジに誰もいない事を確認した照は、そこから一階のロビーに繋がる階段を降りていく。

 その最中、客室へと戻ってくるレイラとすれ違う。


「おはようございます」

「おはようございます」


 軽く挨拶をかわし、照は一階ロビーへ。

 ロビーでは掃除に勤しむ従業員。そして――


「……あ、朝弥」

「て、照……」


 そこでバッタリ、探していた朝弥と遭遇した。

 バツの悪そうな朝弥に、照は急いで謝罪する。


「昨日はゴメン! 朝弥!」

「て、照……?」


 驚く朝弥に、照は続ける。


「ボク、あれから言い過ぎたと思って反省したんだ…………。

 今の状況って、キミからしてみたらとんでもない事だもんな。

 混乱してしまうのも無理ないのに……。

 それなのにボクは、キミの気持ちも考えないで……。

 本当にゴメン、朝弥。ボクは……」


「――ま、待ってくれ!」


 謝罪を続ける照を慌てて止める朝弥。


「あ、謝らないでくれ、頼むから! 悪いのはオレだ、そのくらい分かってる!」

「と、朝弥……」

「だけど……頭の中がグチャグチャで、まだ整理がつかないんだ……だから……すまない、もう少し時間をくれないか……?」


 苦しい気持ちをぶちまける朝弥。

 今の彼にはこれが精一杯なのだろう、照はそう察する。


「……そっか、分かったよ朝弥……」

「照……」


 今まで通りとはいかないけれど、それでも何とか関係を修復しようとする二人。


 と、そこへ――。


「ふざけるな、この泥棒――!」


 ――頭の上から、そんな女性の叫び声が聞こえてきた。

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