8-6 乃愛の想い

 子供のように泣きじゃくる乃愛に、照はそれ以上の声をかけず、彼女が泣くのを見守った。


 と、そのとき――


『事件解決によりジョブスキルがレベルアップします』

『[探偵術]が7から8にレベルアップしました』

『アクティブスキル[探偵助手]を取得しました』


「あ……」


 いつもの天の声に、思わず小さな声を上げる照。

 涙が治まってきた乃愛が、それを耳聡く聞きつける。


「……くすん……どうしたの、照くん?」

「あ、いや。今、天の声が聞こえて、ボクのジョブレベルが上がったんです」


 照はステータスを確認しながら答える。


「ボクの[探偵術]は事件や謎を解いたときにレベルアップするみたいなんですけど……」

「じゃあ今の推理で……?」

「ええ、そうです。つまり――」


 そして照は満面の笑顔で告げる。


「ボクの推理通り、乃愛先輩は優しい人だって事ですね」


 そんな照に、乃愛は――

 ――再び彼に抱きつき、押し倒した。


「ちょっ、乃愛先輩!」


 驚いた照は慌てて身を離そうとする。

 乃愛は逃がさないよう、照の後ろに回した手にギュッと力を入れると――


「照くん、好きよ」


 ――照の耳元でそう呟いた。


「ふぇっ! 乃愛先輩何を言って……」

「何度でも言うわ。私は、照くんが好き」

「ちょっ、乃愛先ぱ……! いったいどういう……」


 乃愛に覆い被された状態での告白に、照はアワアワと慌てだす。


「そ、そうか! ど、どうせまたアレでしょ? 探偵として好きとかそういう……」

「探偵として……じゃないわ。探偵だから好きなの……」


 照の逃げ口上を即座に塞ぐ乃愛。


 乃愛にとって探偵は特別な存在だ。

 すべての謎を解き、真実をさらけ出す――。

 彼の前では何を隠そうとしても無駄――。

 だから――。


(だから私は、照くんの前では自分を取り繕わない。

 だってそんな事をしたって彼には通用しないんだもの。

 私にとって照くんは特別。

 私のすべてをさらけ出せる世界で唯一の人間なのよ)


 ギュウゥ……と腕に力を入れて、乃愛は照を抱きしめる。


「私は探偵である照くんが、世界で一番好きなの。

 キミがチビで男らしくなくたって、探偵だから好き。

 たとえハゲでデブで加齢臭のきついオヤジだったとしても、探偵だから私はキミが好き。

 それの何がいけないのかしら?」


「そ、それは……」


 潤んだ目で見つめあう二人――。


「だから照くん、私を見て。

 ここにいない陽莉という女じゃなくて、私の事を見るのよ」


「み、乃愛先輩……」


「私はとっくに照くんのものなんだから、照くんも私のものになりなさい」


「ちょっ……先ぱ……」


 次第に顔の距離が近づく二人――。


「照くん……」

「先輩……」


 そして唇が触れ合――


 ドゴォオオオオオオオオオンッ!


 ――触れ合う寸前、突然の轟音が鳴り響いた。


 見ると隠し扉のあった辺りの壁が崩れ、砂煙が舞っている。

 ホールと隠し部屋の間の壁が破壊されたようだ。

 そして砂煙の中から――現れたのはおっぱい勇者の陽斗。


「おーい照、いるか? 大丈夫か?」


 どうやら陽斗は二人を探し、この部屋を見つけたらしい。

 隠し部屋に入ってきた陽斗は、照と乃愛の姿を確認する。

 乃愛に押し倒された照、二人のあられもない姿――


「あー……ゴメン、邪魔したな」


「待って陽斗兄ちゃん! そうじゃないから!」


 ――照は必死に弁明するのであった。





 すっかり日の暮れた山道。

 エミルスの祠からの帰りの馬車の中――


「勝手にどこへ行っていたのよ、貴方達は!」


 照と乃愛の二人は、清霞から猛烈な説教を食らっていた。


「ねぇ、反省してるの、二人とも!」


「は、はい! すみませんでした!」

「ごめんなさい、軽率だったわ」


 二人がそれぞれ素直に謝罪をした。

 すると珍しく陽斗が擁護する。


「まぁまぁ、清霞さん。いいじゃないか、二人のお陰でダンジョンコアが見つかったんだろ?」

「それはそうだけど……」

「それにしてもダンジョンコアもどきってなんだよ。あれじゃ壊したって意味ないんだよなー」

「そうね、あれは壊してダンジョンを消してしまうより、今まで通り初心者用ダンジョンとして利用した方がいいわね」


 そこで清霞はふと気づく。


「……何? 陽斗あなた、ダンジョンコア目当てでここに来たの?」

「そうだよ。次はオレ、S級ダンジョン踏破者になってみようと思ってるんだよね。そのリハーサルとして、適当なダンジョンを攻略してみようかと来てみたんだけど……」

「貴方ねぇ……最後にS級ダンジョンが攻略されたのなんてはるか昔よ。しかも国を挙げての大進行でって話じゃない。陽斗一人でできるわけないでしょ?」

「大丈夫大丈夫! だってオレ超チートだから!」

「陽斗……二年前から随分と悪化したわね、アンタのチート脳……」


 陽斗のお陰で話が変わり、説教も終わったとホッとする照。

 だが――


「……ねぇ照くん、一つ聞きたいのだけれど」


 ホッとしたのもつかの間、乃愛が照に話しかけてきた。

 隠し部屋での事もあって、思わず身を固くする照。


「な、何ですか乃愛先輩……?」

「照くんは、もし帰れるとしたら、やっぱり元の世界に帰りたいのかしら?」

「……へ?」


 真面目な質問に一瞬面くらうも、照は素直な気持ちを話す。


「そうですね……やっぱり、帰れるものなら帰りたいです。

日本には……その……陽莉もいるので……」


「……そう、やっぱりそうなのね」


「ご、ごめんなさい……」


「いいのよ、照くん。おかげで私にも目標ができたから」


「目標?」


「私は……S級ダンジョンの攻略を目指すことにするわ」


「ええっ? ど、どうして?」


「S級ダンジョンの踏破者は女神に会える。

もしかしたら元の世界に戻してくれるかもしれない。

その可能性はあるのでしょう?」


「そ、そうですけど……」


「なら私がS級ダンジョン踏破者になって、照くんを元の世界に戻してあげるわ。

そしてキミの好きな瀬名陽莉と会って勝負をするの。

照くんに思い知らせてあげる、彼女より私の方がいい女だって」


「み、乃愛先輩……」


「覚えていてね、照くん。私……絶対に負けないから」


 そう言って微笑む乃愛が眩しくて――

 ――照の心臓はドキドキして止まらないのだった。



 ――9話に続く。

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