8-4 スライムの暗号(解決編)



「えーっと、ボクが思うに乃愛先輩の推理は、いいところまで行っていたと思います」


 照は乃愛に代わって台座の前に立つと、乃愛に向かってそう言った。


「問題文が英語で書かれている。

 だからこのダンジョンの事は英語で考えなければいけない。

 これは正しい推理だとボクも思います。

 ですがそれはダンジョン名の倒語だけでなく、この数字にも適用して考えなければいけなかったんです」


「この数字に……? どういう事かしら?」


「乃愛さんはこの数字を二進数だと思って十進数に変換していましたが、そうじゃありません。

 この数字はアラビア数字として考え、英語の発祥の地で使われる数字に変換するのが正しい解き方です」


「英語の数字?

 ……ひょっとしてローマ数字の事?」


「そうです、それが二つ目のヒントでした。

 石板に書かれている数字は『1001 1001 100』。

 これをローマ数字に置き換えると『MI MI C』ですね」


「MIMIC……ミミック……? それって……」


「そうです、つまりこれは――」


 そして照は、ポケットからスプレーを取り出すと、プシューッと石板に吹きかける。

 ダンジョンに入る前に清霞からもらった『スライム除けスプレー』だ。

 その途端――


「ピギャァアアアアアアッ!」


 ――甲高い鳴き声がし、石板の表面が溶け出した。

 ドロドロと解けたそれは、集まって一匹のスライムになる。

 そして今度は石畳の地面に、浸み込むようにして姿を消した。


「ミ、ミミックスライム……」

「――つまりこれは、石板がミミックスライムの化けた偽物だというヒントだったんです」


 呆けた様子の乃愛に照が説明する。

 表面を覆っていたミミックスライムがいなくなり、本物の石板が姿を現す。

 そこに書かれていたのはアルファベットで『VI XI XL』という文字。


「これが本物の『暗号文』ですね。

 どうやらローマ数字のようです。

 あとは乃愛先輩の推理した倒語をヒントにするだけですね。

 このローマ数字を反転させると『LX IX IV』。

 さらにアラビア数字に戻すと『60 9 4』。

 ……倒語のパターンはいくつかあるけど、たぶんこれで正解じゃないかな?」


 そう言いながら照が数字を記入していく。

 『60 9 4』と入力しエンターを押すと――

 ピンポーンと正解の音が鳴る。


「やった! 見てください乃愛先輩、正解で――」


 正解したことを確認し、照は乃愛に伝えようと振り返る。

 その瞬間――


 ――フワッと乃愛が照に抱きついてきた。


「ちょっ! 乃愛先輩、何を……」


 乃愛の息がハァハlと荒く照の耳元にかかり、照の背中に回された腕は、次第にギュッと力が加わってゆく。


「さ、乃愛先輩? 近い、今までで一番近いです! はぅう……いい匂いと感触が……」


 ピッタリと密着する形になった照は、顔を真っ赤にし大慌てで乃愛に呼びかける。

 だがそれ以上に乃愛の顔は赤く、息も絶え絶えといった表情だ。


(悔しい……こんな推理を聞かされたら……)


(ダメ……こんな……今日はいつも以上に激しい……。

 こんなの耐えられない……スゴイ……イッちゃう……。

 だめ、このままじゃ私……照くんがいないと生きていけない体にされちゃうぅ……)


 体をぎゅうぎゅうと押し付けてくる乃愛に、照の理性も崩壊寸前だ。


「さ、乃愛さ……ボク、ボク……」

「照くん……私……」


 乃愛に潤んだ目で見つめられ、照の気持ちも高まってゆく。

 見つめ合う二人、その顔の距離が次第に近づいてゆく。

 そして――


 ――唇が触れ合う寸前、ゴゴゴゴゴッと足元が大きく震え始めた。


「なっ、何だ!」


 さすがに身の危険を感じ、体を離す二人。


 揺れは続き、先ほどまで謎を解いていた台座と石板が、地面にズズズ……と沈み込んでゆく。

 それと同時に、奥の壁も同じように沈み、部屋の奥が拡張される。

 やがて揺れが収まり、何も無くなった部屋の奥、拡張された空間に――


 ――黒く輝く直径1メートルほどの球体が、石の祭壇のようなものの中心に浮かんでいた。


「なっ……」


 その不思議な光景に息を飲む二人。

 そして――。


「ワ、ワァー、何ダロウ、アレハ……?」

「ソ、ソウネ、何ダロウ、分カラナイワー」


 なぜか片言で話し合う二人。


(あ、危なかった……あのまま流されて乃愛先輩とキスするところだったよ……)


(あ、危なかったわ……あのままキスしてたら、キスじゃ止まれなくなっていたわね……)


 どうやら二人とも、不思議な現象よりも先ほどまでの痴態が気になっているようだ。

 モジモジしつつ、改めて不思議な球体に向かい合う。


「う、うーん……何だろ? これが謎を解いたご褒美なのかな?」

「と、とりあえず照くん、鑑定してみればいいんじゃないかしら?」

「そ、そうですね、乃愛先輩!」


 慌てて照は[探偵の鑑定眼]を使う。


――――――――――――――――――――

[ダンジョンコアもどき]

 完成する前に成長が止まってしまったダンジョンコア。

 ダンジョンを拡張する機能もなく、弱い魔物しか生み出せない。

 破壊したとしてもダンジョン踏破者とは認められず、何の討伐特典もない。

――――――――――――――――――――


「ダンジョンコア……そういや清霞さんが、このダンジョンにはダンジョンコアがないって言ってたけど……」

「どうやら見つかってないだけで、ちゃんと存在していたみたいね、照くん」

「そうですね。けど……」


 照はキョロキョロとあたりを見回すが、黒い球体以外は何もないようだ。


「ひょっとしてこれだけ……? 謎を解いてみたけど、報酬らしい報酬は何もないのか」


 照はガックリと肩を落とす。


(それに今回はレベルも上がってないし……さすがに高レベルになってくると事件一つじゃ上がらなくなってきてるのかな?)


(一応ご褒美と言えば……乃愛先輩のエロい姿が見れたくらいだね。

 アレは……やばかったよ、もう少しでキスしちゃうところだったし……。

 まぁ、ボクはそれでもいいけど……役得だし。

 でも、乃愛先輩はいったいどうしてあんな事を?

 まさか本当にボクの事を好きになったんじゃ……? 

 ……って、いやいや、乃愛先輩がボクなんかに本気になるわけないじゃないか!

 きっとまた揶揄われただけだな、そうだ、そうに違いないよ)


 一人納得する照に乃愛が声をかける。


「照くん、目ぼしいものも無いようだし、そろそろ帰りましょう」

「そ、そうですね、乃愛先輩」


 そうして二人は踵を返し――


「ところで、ボクたちドコから来ましたっけ?」


 消えてしまった隠し扉に、茫然とするのであった。





「それじゃお願いします」

「分かりました、サヤカ様。来訪者の方々を送り届けたら。また戻ってきます」


 清霞がお願いすると、御者は来訪者たちの乗った馬車を走らせた。

 照と乃愛を探すため、清霞だけがダンジョンに残る。

 朝哉が「自分も残ります!」と申し出ていたが却下した。

 エミルスの祠はスライムしか出てこないが、城までの帰り道はそうはいかない。

 夜になるとヤバ目な魔物もときどき出現する。

 清霞一人ならどうとでもなるが、レベルの低い者がいる場合は万が一があるため、ここに残すわけにはいかなかったのだ。


「おーい、照くん! 乃愛さん! まったく、どこに行ったのよ?」


 清霞はそれからダンジョン内で二人を探し回っていた。


「単純な作りのダンジョンで、隠れる場所もない。こんな場所はぐれるはずがないのに……」


 清霞は焦った表情で独り言ちる。

 と、そのとき――


「どうしたんだ、清霞さん。何かあったのか?」


 ――清霞の背後から聞き覚えのある声がかけられた。

 振り向いた先にいたのは、清霞と同じ六年前の転生者、おっぱい大好き勇者の陽斗だ


「陽斗! どうしてココに?」


 清霞が驚くのも当然だ。

 陽斗は来訪者たちがイストヴィア城へ来る前に立ち寄った宿場町で、フラッとどこかへ姿を消していた。

 それがどうしてこんな場所にいるだろうか?


「ちょっとこのダンジョンに興味があってねー」

「……てかアンタ、急に姿を消して、あれからドコで何をやってたのよ!」

「んー、主に冒険とエロい事やってたけど、詳しく説明する?」

「……いらない、アンタのエロ話は聞きたくないわ」


 その答えに、清霞は考えるのをやめた。


(帰ってきたのが2年ぶりだから、コイツに常識的な行動とか求めちゃダメだって事を忘れていたわ……)


 そして疲れた様子で眉間を指でほぐす。

 そんな彼女に、陽斗は気にせず話を続ける。


「それで清霞さん、何か問題でもあったのか? 何かを探してるみたいだけど……?」

「陽斗……実は……」

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