8-3 スライムの暗号(挑戦編)
*
隠し扉の先にあったのは、先ほどのホールの三分の一くらいの広さの四角い部屋だ。
その真ん中に、人の身長と同じくらいの高さの石板と、その前にお腹の高さ程度の円筒状の台座があった。
「なんだろコレ?」
照はまず台座の方を確認する。
台座の上には――ます『Solve the mystery of slime!』と言う文字。
そしてその下に液晶画面のような横に細長いディスプレイ。
さらにその下には、0~9の文字と空白、エンターキーの矢印のような模様の入ったスイッチが、横一列に並んでいた。
「これ、英語だよね。えっと、ソールヴザ……」
「『Solve the mystery of slime!』……日本語だと『スライムの謎を解け!』ってところかしら」
後ろから覗いていた乃愛が照の台詞を取る。
「きっとこのディスプレイに正しい数字を打ち込むことで何かが起きるんじゃないかしら?」
「とすると……ヒントはこの石板かな?」
照は台座の奥にある、人の大きさほどの石板に目をやる。
石板には――
1001 1001 100
――三つの数字が横に並んで書かれていた。
「これ……照くん、何か分かるかしら?」
「えっと……そうですね……」
照は少し頭を捻るも――
「……うん、答えの数字はまだ分からないけれど、どうやって謎を解けばいいかは分かったかな?」
――と、アッサリ答えを見つけてしまった。
「なっ! ほ、本当にもう……?」
「ええ、スキルじゃ見えない真実が見えましたよ」
その言葉に乃愛は驚嘆する。
(こんなに早くわかっちゃうなんて……やっぱり照くんは本物の探偵ね。
悔しい……やっぱり嫉妬してしまうわ、私にこの才能が有れば……って)
(でも、同時に期待もしてしまう……いつもの彼の、あの素晴らしい推理を……)
「それじゃ早速答えを……」
「――っ! ちょっと待って!」
サクッと答えを言いそうになる照を、慌てて止める乃愛。
(これまでの私は、本を読むだけ、照くんの推理を聞いているだけだった。
だけど私だって、一度くらい探偵になってみたい。
もし自分で解くことができれば、きっと照くんの推理を聞いているだけよりもっと――)
「ねぇ照くん。この謎、私に解かせてくれないかしら?」
乃愛の真剣な表情に、照は慌ててコクコクと頷く。
「い、いいですよ。それじゃ乃愛先輩に任せます」
乃愛は「ありがとう」と照に返し、台座の前に立った。
(この謎は、いわゆる暗号というやつね)
(暗号の基本は『暗号文』と『鍵』。
『鍵』を使って『暗号文』を解くことで、『平文』と呼ばれる正解文が分かる。
これがスタンダードな暗号、だとすると……)
(石板に書かれた数字、これが『暗号文』ね、きっと。
『鍵』は……今のところ見当たらないわね……)
(数字は0と1の羅列……もしかして二進数かしら?
だとしたら……この数字を十進数に戻すと……。
『1228』、もしくは三つの数字で『9・9・4』ね)
乃愛は台座のディスプレイに『1228』と打ち込み、エンターを押す。
ブーッという音が聞こえ、ディスプレイの数字が消えた。
試しに『9 9 4』と打ち込んでみたが、同じ結果だった。
(やっぱり。『鍵』もなく簡単に解けるような問題じゃないのは当然ね)
乃愛は腕組みをし考え直す。
(だとしたら『鍵』は、この英語で書かれた『スライムの謎を解け!』が怪しいかしら?
スライムね……。
待って、そういえば……)
乃愛は、この洞窟に向かう馬車の中で、照が言った台詞を思い出す――。
『ちなみにその『エミルスの祠』って、ひょっとしてスライムしか出ないダンジョンですか?』
――たしかに照はそう言っていた。
(どうしてあの時、照くんはそんな事が分かったのかしら?)
(ダンジョンについてあの段階で分かっていたことと言えば名前だけ……。
エミルス……エミルス? 待って! ひょっとして……。
――ああっ! そう、そういう事なのね!)
その乃愛の表情に、何かを察した照が尋ねてくる。
「もしかして乃愛先輩、何か分かったんじゃないですか?」
その照の言葉に、乃愛の心臓がドクンッと跳ね上がった。
(もしかしてこれって……謎を解いた探偵が、カッコよく決め台詞を言うシチュエーション!)
(わ、私にそんなチャンスが……いやだわ、どうしましょう!
こ、ここはやっぱりオーソドックスに、『じっちゃんの名にかけて!』か『真実はいつも一つ!』かしら?
もしくはオールドスタイルで『灰色の脳細胞が~』とか?
一風変わったところで『まるっと全部お見通しだ!』もいいわね)
(ど、どうしようかしら? ああっ、一つに決められないわ!
でも、早く決めないと――そうだ!
だったら全部まとめて……)
「ねぇ乃愛先輩、分かったんでしょ?」
「――もちろんよ!」
そして乃愛はとびっきりのドヤ顔で言い放つ――
「灰色のじっちゃんがまるっと一つよ!」
「……何ですかそれ?」
――どうやら考えすぎてしまったらしい。
「と、ともかく!」
顔を真っ赤にしながら乃愛が仕切り直す。
「この数字の羅列が暗号文だとして、それを解く鍵はどこにあるのか?
私はその鍵が、この問題文にあると思ったのよ!」
そうして乃愛は台座に書かれた『Solve the mystery of slime!』という文字を指さした。
「この問題文は英語で書かれている。
内容ではなくその事が大事だったのね。
つまりこの洞窟の事は、全て英語で考えなければいけなかったのよ」
そこまで話すと、乃愛は照の様子をチラリと確認する。
照がウンウンと頷いているのを見て、乃愛は自信をもって話を続ける。
「このダンジョンの名前である『エミルス』も、英語表記にすると『Emils』とも書ける。
これを逆さまにすると『Slime』。
つまりダンジョン名の『エミルス』は『スライム』の倒語だったのよ。
そしてその事が、この暗号文を解く鍵になるの。
つまり……」
話しながら台座のパネルに数字を打ち込んでゆく乃愛。
「この数字を逆にして打ち込めば、スライムの謎は解けるはずよ!」
『001 1001 1001』と入力。ブーッと不正解の音が鳴る。
「なら逆にした01の羅列を、十進数に直して……」
『409』と入力。ブーッと不正解の音が鳴る。
「だったら先に十進数に戻してから逆にして……」
『8221』と入力。ブーッと不正解の音が鳴る。
「だ、だったら……」
……その後、『倒語』をヒントに思いつく限りの数字を入れてみるも、全部不正解の音が鳴った。
「ど、どうして……これが暗号文を解く鍵じゃないの……?」
ガックリと膝を折る乃愛。心配そうに照が尋ねる。
「だ、大丈夫ですか、乃愛さん?」
「……ええ、平気よ。
私には探偵の才能はない。
そんな事分かっていた事だもの……」
そう言いながらも打ちひしがれた様子の乃愛。
(そう、分かっていた。そしてこれで思い知ったわ。
私は決して探偵にはなれない――。
永遠の読者であり傍観者だって事が)
(だったら……。
だったらせめて観客として、このミステリーの舞台を目いっぱい楽しんでやるわ――)
「――というわけで照くん! ズババッと鮮やかに謎を解きなさい!」
(……乃愛先輩、情緒不安定すぎる……)
乃愛の葛藤を知らない照は、彼女の様子にちょっぴりビビッてしまうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます