8-2 うへへへへ……なんだか気持ちよくなってきました……



 巨大な石材が組み合わさった社のような入り口が、森の斜面にめり込むように、ポッカリと口を広げて建っている。

 中に入ると幅5メートルほどの広い通路が、ずっと先まで続いていた。

 床や壁などすべてが石造りで、等間隔で並んだ柱やアーチ状の天井など、雰囲気は古代の遺跡だ。


「このダンジョンは、照くんの言ったようにスライムしか出ません。しかも一階層のみで広さもなく、さらにはダンジョンコアが見当たらない、珍しいタイプのダンジョンです」


 来訪者一同はそのダンジョンの入り口で、清霞からダンジョンに入る前のレクチャーを受けていた。


「基本的には小型のベビースライムしか出ないはずなんだけど、たまに中型のノーマルスライムや石材に化けたミミックスライムなど、ちょっと強めのスライムも出現するから気を付けてくださいね。レベル1、2程度だとやられちゃう事もあるから」

「やられちゃうって、そんな簡単に……」


 朝哉が心配そうにつぶやくと、それを聞きつけた清霞が――


「大丈夫、そういう強いスライムが出た場合のために、全員に回復用のポーションと、あとコレを渡しておくわ。これは『スライム除けスプレー』といって、スライムにかけると逃げていく効果があるのよ」


 ――そう言って全員に青い液体の入った小瓶を数本と、スプレー瓶を一本ずつ渡していく。


「それじゃ各自自由にレベリングして来て。子供でも平気なダンジョンだから大丈夫だとは思うけど、一応気を付けてね」


 その清霞の言葉を合図に、一行はダンジョンの中へと進んでいった。

 入り口から通路が100メートルほど続くと、その先に開けた場所へと出る。

 そこは直径30メートルほどもある、広い円形のホールだった。

 全て石造りで、天井はドーム型、出入口は皆が入ってきた通路だけ……。

 どうやらこのダンジョンは、このホールと通路一本だけのいたってシンプルな作りのようだ。

 全員がバラバラとホール内に入ってくると、あちこちの石の隙間からニュルンと粘液状の液体がしみ出し、サッカーボール大の大きさの塊になる。


「うぉっ! 何だこれは?」

「燐子さん、これがスライムです。弱い敵ですのでバンバン潰していってください」


 ゲームに慣れてない燐子が驚き、清霞が応える。


「たまに大きいのや石に擬態したヤツがいるので気を付けてください。レベル3以下だと強敵ですので、出たら無理して戦わずにスプレーで追っ払ってください」


 そうして新規来訪者たちのレベリングが始まった。

 出てきたスライムをもらった武器で潰していくだけのお仕事だ。

 子供でも大丈夫だという話通り、ほとんど手こずる事はない。

 たまに体当たりで攻撃されるが、ボールをぶつけられた程度の痛みで済んでいる。


「これ、弱い者いじめをしているようで、何だか悪いことしてる気分になってくるな……」


 元刑事で殆どゲームをやらない燐子は、どうやらこのレベリングが気に入らない様子。


「気にしないで、燐子さん。害虫駆除みたいなものですよ」

「害虫駆除か……。そう考えれば何とか……」


 清霞に諭され、スライム退治を続ける燐子。

 そんな燐子の隣では――


 ザシュッ! ザシュッ! ザシュッ! ザシュッ! ザシュッ!


 ひたすら短刀を振るい、無言でスライムを倒し続ける真宵の姿があった。


(可哀そうだなんて甘い事を言ってる場合じゃないでしょう。

 私たちに与えられたのは成長チート、つまり殺してナンボですよ。

 こうやってサクサク殺していかないと……)


(サクサク……サクサク……あら? これってちょっと楽しい……)


(サクサク……うへへへへ……なんだか気持ちよくなってきました……)


 スライム狩りに快感を覚え始め、半笑いでスライム虐殺を繰り返す真宵。

 その様子を見ていた朝弥が「な、なんか怖い……」とドン引きしていた。


 一方――


「でぇええいっ!」


 掛け声とともに剣を一閃し、今日何十匹目かのスライムを倒した照。

 そしてステータスを確認してみるが……


「う~ん、やっぱりジョブスキルは変わらないな」


 ステータスレベルは3にまで上がっているのだが、[探偵術]のレベルは変わらず7のままだ。


(レベルアップしないだけじゃなく、経験値すら溜まってない感触なんだよね~。

 やっぱり探偵のスキルは事件を解決しないと上がらないみたいのかな?)


 照はそう独り言ちると、休憩のため近くに置かれていた石材の上に腰を下ろす

 と、そこへ――


「危ない、照くん!」


 そう警告する清霞の声が聞こえた。


「へ?」


 事態を飲み込めない照が素っ頓狂な声を上げた、その瞬間――

 ――座っていた石材が形を変え、照の体に纏わりつく。


「ちょっ! 何これ? うわっ! うっ……ゴボゴボ!」


 石から元の姿に戻ったスライムが、照を窒息させるべく顔にへばり付いた。

 その様子に清霞が慌てて駆け寄り――

 持っていたスライム除けスプレーをシューッと照の顔に吹きかけた。


「ピィイイイイイッ!」


 薬が掛かった途端、悲鳴のような鳴き声を上げてスライムが照から離れた。

 そしてしばらくのたうち回った後、足元の石の隙間へ浸み込むように逃げて行った。


「な……何だったの、今の?」

「ミミックスライムよ。言ったでしょ、石材などに擬態するスライムもいるって」


 間一髪助かってゼーハーと息を切らす照に清霞が答えた。 

 その様子を離れた場所から見ていた乃愛は――


(良かった、助かったみたいね)


 ――と胸を撫で下ろす。


(……でもどうして、探偵なのにあんなにドジなのかしら?)


 そして心配しながらも、ついそんな事を思っていまうのだった。

 




 日の傾き始めた夕刻。


「どうかなみんな。そろそろ引き上げようかと思ってるんだけど……」


 清霞が新規来訪者達に呼び掛ける。

 その呼び掛けに応じて、各人が自分のステータスを確認する。


「……ボクはステータスレベルが5になってるよ」

「私は6ね」

「オレも6だ」

「私は5だな」

「……私は10です」

「――高っ! 真宵ちゃんどれだけ殺っちゃったの?」


 一人殺り過ぎな者もいるが、皆レベル5の目標は達成したようだ。


「それじゃそろそろ引き上げましょう。先に言ってるから皆もキリの良いところで引き上げてね」


 そう言って清霞が先導して出口に向かった。

 皆もそれに倣って、それぞれが帰り支度を始める。

 そんな中、照が一人だけ、ホール奥の壁を眺めていた。


「……照くん、どうしたのかしら?」


 照の様子が気になった乃愛が尋ねると、照は――


「レベリング中ずっと気になってたんですけど……乃愛先輩、アレ、なんだと思います?」


 ――と言って奥の壁を指さす。

 見ると指された壁の高さ2~3メートルほどのところに、ソフトボール大の円形で平たいものが浮かんでいる。

 よく見ると丸い漫画のフキダシの中に、びっくりマークが描かれているようだ。

 そんなアイコンのようなものが、壁を指した状態でクルクルと回っていた。

 どうもゲームで見かける、ヒントアイコンのような――。


「アレって……何の事かしら、照くん?」

「アレですよ、乃愛先輩。あの壁の上の方に、何か丸いマークみたいなものがクルクル回ってるでしょ?」

「……? どこにそんなものがあるのかしら?」


 乃愛は不思議そうに首を傾げる。

 どうやら乃愛には見えていないようだ。


「……アレ? もしかしてボクにしか見えてない……?」


 乃愛の態度を見て、ハッと何かに気付いた照は、自分のステータスを開く。


――――――――――――――――――――

 名前:惣真 照(そうま てる)

 性別:男 年齢:16 種族:人間

 状態:なし

 ジョブ:[探偵]

――――――――――――――――――――

【称号】

 [異世界からの来訪者][ゴブリンの友]

――――――――――――――――――――

【ジョブスキル】

 [探偵術レベル7]

――――――――――――――――――――

【ステータス】

 レベル:5

 HP:25/62 MP:12/50

 攻撃力:35 防御力:26 魔法力:24

 俊敏力:20 幸運値:51

――――――――――――――――――――

【アクティブスキル】

 [探偵の鑑定眼][探偵の魔探眼][探偵手帳][探偵の鑑識眼][探偵の偽装工作]

――――――――――――――――――――

【パッシブスキル】

 [経験値×10倍][死神体質][物理ダメージ5%軽減]

 [探偵の観察眼]new

――――――――――――――――――――

【取得スキル解説】

[探偵の観察眼]

 探偵術レベル7で取得。

 優れた観察力で怪しい場所を見抜く。

――――――――――――――――――――


(もしかしたら……この覚えたばかりの[探偵の観察眼]ってスキルの効果かも)


 ステータスを見ながら、照は腕組みして考える。


(パッシブスキルなのに何も変わった事がなくて、どんな効果があるのか分からなかったんだけど……。

 『優れた観察力で怪しい場所を見抜く』……。

 つまりこんな風にゲームよろしく、怪しいところにヒントアイコンみたいなものが見えちゃうスキルなのかな?)


 そう思いついた照は、ヒントアイコンの出ている壁に近づいてみた。

 アイコンは壁の、手を伸ばしても届きそうもない高さにある。

 照は剣を抜くと、アイコンの出ている付近の壁を剣先でコンコンと叩いてみる。


 すると――


 ――ガコンッという音がして、叩いた壁の石が凹む。


 そしてゴゴゴゴゴ……と、地響きを立てながら、目の前の壁が扉のように開いていった。


「わぁあっ! すごい!」

「こ、これって隠し通路?」


 突然の隠し扉に喜ぶ照と、慌てた声を上げる乃愛。

 どうやらヒントアイコンの出ていた壁の石がスイッチになっていて、押すと隠し扉が開く仕組みになっていたようだ。


「これっていわゆるダンジョン未開拓領域ってやつ? やったあ! ねぇ乃愛先輩、入ってみましょうよ!」

「入るって……危ないわよ、他の強い人に任せた方が……」

「何言ってるんですか? こういうのワクワクするでしょ? ちょっと覗いて帰ってくれば平気ですって! ボクは行きますよ」


 そう言って照は中に入っていく。


(ワクワクする……そうね、本物の探偵ならこんな時、きっと照くんと同じことを思うはず)

(だったら……私だって……)


 そして照を追って、乃愛も隠し扉の中へ入っていった。

 その十五分後――。


「ねぇ照くん、乃愛さん。いつまで残ってるの?

 ……って、アレ? いない……?」


 なかなか戻ってこない二人を探しに来た清霞だったが、隠し扉は閉じられていて見つけることはできなかった。

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