第八章「ダンジョンにチーレムを求めるのは間違っているだろうか」

8-1 ダンジョンへ――

プロローグ



 私の父は、とても無口な人だった。

 いつも「ああ」とか「うん」とか「そうか」くらいしか喋らない。

 娘の私から見ても、何を考えているか分からない人。


 そんな父が、一度私に不思議な話をした事があった。

 それは私がまだ小学生の頃、リビングで父から借りた本を読んでいるとき――。


「乃愛、ミステリーは好きか?」


 父の方から話しかけてくる事が珍しくて、私は嬉しくて笑顔になった。


「うん、大好き! パパは? パパもミステリーが好き?」

「う、うむ。父さんもミステリーが好きだぞ」

「わーい! 一緒だ、パパ大好き!」

「そ、そうか……」


 父さんは戸惑った表情を見せた。

 きっと自分から話しかけたものの、どうすればいいのか分からなかったのではないだろうか?

 子供のころの私は、そんなことまで分かってはいなかったけれど。


「ねぇパパは? パパは私の事好き?」


「う、うむ、それは……」


 困ったように眉をひそめ、そのあと何かを思いついたように、パッと表情が明るくなる父。

 そして――


「そ、そうだ、ミステリーが好きなら、父さんが問題を出してやる」


 ――そんな事を言い出した。


「――昔々あるところに、一人ぼっちの僕と、それを心配する彼女がいました。

 二人は仲良く暮らしていたのですが、ある日突然不思議な事が起こりました。

 なんとボクと彼女にお尻に尻尾が生えてきたのです。

 どうしてボクと彼女に尻尾が生えたのでしょうか?――

 ……どうだ、分かるかい?」


 少し得意げに言う父に、私は首を傾げて尋ねる。


「……それってミステリー? ナゾナゾじゃないの?」

「う……うむ……」


 父はそのまま黙り込んでしまった。


 それが私――東雲乃愛の覚えている、父との不思議な会話だった。





 ――イストヴィア城の一室。

 そこには乃愛たち来訪者と呼ばれる者たちが集められていた。

 まるで学校のように机が並べられ、乃愛たちは並んで着席している。

 そして教壇には、先輩来訪者である清霞さんが立っていた。


「それではお勉強の時間です」


 そうして始まった清霞さんの授業は、一時間半ほど続いた。

 内容は大きく分けて三つ。


 まず一つ目はこの異世界エスセリオにおいての常識だ。


 今いるこのセーヌ王国や、周辺の国の事。

 さらには貨幣価値――


 銅貨一枚が約十円

 銀貨一枚が約百円

 大銀貨一枚が約千円

 金貨一枚が約一万円

 大金貨一枚が約十万円

 星金貨一枚が約一千万円


 ――という、この世界では当たり前の常識を教わった。


 二つ目はジョブとジョブスキルの話。


 敵である魔物と戦えるようにと、女神様が人間に授けてくれているのがこのジョブとスキルだ。

 ジョブは【戦闘職】【魔法職】【生産職】の三つに分かれていて――


 【戦闘職】

 剣士…基本職。剣術スキルを覚える。

  剣闘士…剣士の上級職。盾術スキルを覚える。

  魔剣士…剣士の上級職。魔法剣スキルを覚える

 騎士…基本職。槍術スキルを覚える。

  聖騎士…騎士の上級職。回復魔法を覚える。

  千騎長…騎士の上級職。号令スキルを覚える。

 戦士…基本職。斧術スキルを覚える。

  重戦士…戦士の上級職。盾術スキルを覚える。

  狂戦士…戦士の上級職。特攻スキルを覚える。

 猟兵…基本職。短剣術スキルを覚える。

  暗殺者…猟兵の上級職。隠密スキルを覚える。

  弓術士…猟兵の上級職。弓術スキルを覚える。

 闘士…基本職。格闘スキルを覚える。

  格闘家…闘士の上級職。棒術スキルを覚える。

  拳法僧…闘士の上級職。回復魔法を覚える。


 【魔法職】

 火魔術師…基本職。火魔法を覚える。

  爆炎魔導士…炎魔術師の上級職。爆炎魔法を覚える。

 水魔術師…基本職。水魔法を覚える。

  氷雪魔導士…水魔術師の上級職。氷魔法を覚える。

 風魔術師…基本職。風魔法を覚える。

  轟雷魔導士…風魔術師の上級職。雷魔法を覚える。

 土魔術師…基本職。土魔法を覚える。

  大地魔導士…土魔術師の上級職。ゴーレム魔法を覚える。

 回復術師…基本職。回復魔法を覚える。

  聖人・聖女…回復術師の上級職。神聖魔法を覚える。


 【生産職】

 薬師…調合スキルと鑑定を覚える。

 鍛冶師…鍛冶スキルと鑑定を覚える。

 錬金術師…錬金術と鑑定を覚える。

 魔道学士…秘印術と鑑定を覚える。


 ――これらが一般的なジョブとなっている。


 またこれらに当て嵌まらない[勇者]や[賢者]、[魔物使い]といった【レア職】と呼ばれるジョブや、エルフの[森林衛士]や猫人族の[猫闘士]など、種族特有の【種族専用職】といったジョブもあるようだ。

 そういったジョブやスキルの基本的な知識を教わった。


 そして三つめは魔物とダンジョンについて――


 この世界には無数の『ダンジョン』と呼ばれる迷宮があり、『魔物』はそのダンジョンの内部や周囲から生み出される化け物たちの事を指す。

 魔物は本能的に人間を襲うよう生まれてくるらしく、人類にとって滅ぼすべき敵とされている。

 そして当然ながら魔物を生み出す核となるダンジョンもまた、人類にとっては攻略すべき対象だ。

 ダンジョンは殆どが階層状になっており、その最深部にはダンジョンコアと呼ばれるダンジョンの核となるものと、それを守るダンジョンボスがいる。

 そしてダンジョンは、その広さや難易度でランク分けされている。


 F級…生まれたてで一~三階層程度、屋敷程度の大きさのダンジョン。

 E級…十階層未満、または貴族の城程度の大きさのダンジョン。

 D級…十階層以上、または村や町程度の大きさのダンジョン。

 C級…ニ十階層以上、または地方都市程度の大きさのダンジョン。

 B級…三十階層以上、または首都都市程度の大きさのダンジョン

 A級…五十階層以上、もしくは公爵領並みの大きさのダンジョン。

 S級…百階層以上、もしくは国土並みの大きさのダンジョン。


 冒険者たちはダンジョンコアを破壊するのを目標にダンジョンに潜り、魔物を倒してはその体から採れる素材や魔石を売って生活している。


 ――以上がダンジョンと魔物、そしてそれに関わる冒険者の一般常識だ。


「ちなみにS級ダンジョンは『神に至る道』だとも言われていますね。S級ダンジョンを踏破した者は女神様に会う事ができ、何でも願いをかなえてもらえる……なんて噂もあるし」


 そう言う清霞に向かって、照が「はい、先生!」と手を上げる。


「何ですか、照くん?」

「じゃあそのS級ダンジョンを踏破して女神に会えば、日本に帰してもらえたりしますか?」

「それは……まぁ、あくまで噂よ。本当に女神に会えるかどうか、会えたとしても願いを叶えてもらえるかどうかなんて分からないわ。なにせS級ダンジョン踏破者なんてここ数百年いないから、本当の事なんて誰も分からないのよ」

「そっか……」


 そうして考え込む照。

 その姿を隣の席で見ていた乃愛は――


(照くんは……やっぱり日本に帰りたいのかしら?)


 ――と、こちらも思惟しはじめる。


(……そうね、向こうに置いてきた瀬名陽莉という女もいるようだし、当然帰れるものなら帰りたいでしょうね)


 そう照の心境に思いを馳せると、転じて(だったら私はどうだろう?)と考える乃愛。


(……私がいなくなって心配してくれる人はいるのかしら?)


 乃愛は昔から、他人と関わることが苦手だった。

 上辺は上手く合わせていたが、踏み込まれると引いてしまう。

 相手との間に、どうしても壁を作ってしまうのだ。


(学年一の美人でしかも優等生――それが私の周囲からの評価だった)


 だけど乃愛は、自分がそうでないことを知っている。


(私から見た私は、自分にも他人にも不寛容な人間だ。

 自分に厳しく生きようと考える分、周囲にもそれを求めてしまう批判魔。

 そのせいでいつも些細なことでイライラし、だけどそんな自分が嫌いで、他人に自分をさらけ出せずため込んでしまう小心者――)


 そんな人間だから、他人を拒絶してしまい孤独になる。

 美人だから寄ってくる人間も多いのだが、その分、拒絶して傷つけてしまう事も多い。

 

(母さんなら心配してくれるかもしれない……)


 母子家庭で乃愛を育ててくれた母親は、いつも忙しそうにしていてあまり構ってもらった記憶はない。

 だが、それでも乃愛の母親だ、心配くらいはしてくれるだろう。


(けれど……それ以外に私の事を本気で心配してくれる人なんて、きっと元の世界にはいないでしょうね。

 そう考えれば……私は他の人に比べて、元の世界に対する未練は少ない方じゃないかしら?)


 だけど……と乃愛は思考を続ける。


(だけどこちらの世界にはミステリーが少なすぎる。

 本物の探偵である照くんがいるとはいえ、娯楽としての推理小説が殆ど発達していない。

 これは由々しき問題だわ)


 ミステリーに飢えている乃愛にとって、ミステリーが少ない世界というのは死活問題のようだ。


(異世界転移してからここまで、状況に流されるだけだったけれど……。

 そろそろ自分がどうしたいのか真面目に考えないとね。

 本気で日本に帰る方法を探すか、こちらでミステリーを増やす努力をするか――)


 などと乃愛が独り言ちていると、清霞がパンパンと手を叩き――


「はい、これで座学は終了よ。お疲れ様」


 ――と、授業を切り上げた。


 その言葉を聞き一同はハァ~っと息を吐く。

 終わったと安心するみんなに、清霞はこう続ける。


「それじゃ次は実習ね。みんなでダンジョンに行きましょう」





 新規来訪者七名のうち、乃愛・照・朝哉・燐子・真宵の五名が、馬車に揺られ街道を走っている。


「今から皆さんが向かうのは、『エミルスの祠』というダンジョンです」


 引率している清霞が行き先を告げる。


「『エミルスの祠』というのは超初心者用のダンジョンで、普段は子供たちがステータスレベルを上げるために利用しています。皆さんは子供ではありませんがまだステータスレベルが1。なのでレベルが5以上になるまではこちらのダンジョンでレベリングに励んでいただきます」

「はい、清霞先生!」


 まだ学校気分を引きずっている照が勢いよく挙手をする。


「何ですか、照くん?」

「どうして昴と山本先せ……じゃなくてリッカちゃんはいないんですか?」

「あの二人はキミが捕まっている間、ずっとこの城にいてレベリングしていたため、すでにレベル5を超えています。今頃は他のダンジョンに行ってるはずです」

「なるほど……」


 そして少し悩む表情を見せると、照は清霞に再度尋ねる。


「ちなみにその『エミルスの祠』って、ひょっとしてスライムしか出ないダンジョンですか?」

「その通りですが……どうして分かったの?」


 不思議そうに尋ね返す清霞に、照は頭を掻きながら――


「いやぁ~何というか、『スキルじゃ見えない真実が見えた』って感じです」


 ――と照れた様子を見せた。

 その姿に乃愛は、(また何か謎を解いたのかしら?)と訝しむ。


(『スキルじゃ見えない真実が見えた』って、いつも照くんが謎を解くときに言ってるセリフだもの。

きっと何かの謎を解いたのね。私の分からない謎を……)


 そして乃愛の目に嫉妬と羨望の色が走る。


(私はミステリーは大好きだけど、推理小説を読んでいて一度も犯人を当てられた事なんてない。

 だから自分でも分かってる、私には探偵の才能なんて無いって事が……。

 それどころか私にも無いのだから、現実に探偵なんて存在しない、小説の中でのみ許された空想上の存在だと思っていた……)


(なのに……惣真照、どうして貴方は現実に存在しているの?

 悔しい……どうして私じゃないのかしら? 探偵の才能とジョブを持っているのが……。

 こんなにミステリーを愛しているのに、どうして……)


 そんな乃愛の思念をよそに、馬車は目的地に到着した――。

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