7-4 HカップとGカップ



 しばらく時間が経ち落ち着いたリッカを、ヒミコ姫と清霞が休める場所へ連れていく。

 残された者たちは、ハァーッと大きくため息を吐いた。


「しかし……まさかあのリッカちゃんが山本先生だったなんて、想像もしていなかったよ……」

「そうでござるな、朝弥殿……。大人って大変なんですなぁ……」

「だけどそれを見破るなんて……んくっ……素敵よ照くん」


 それぞれが感想を述べる中、照は一人黙って考え込んでいる。


「……どうしたの? 何を考えこんでいるのかしら、照くん?」

「乃愛先輩……一つ聞きたいことがあるんですけど」

「? 何かしら?」

「ボクが異世界転移してくる前に、乃愛先輩と燐子さんが先にこちらに来ていましたよね? いったいどちらが先に転移してきたんですか?」

「こちらの世界に来たのは私が先よ。だけど、それがどうしたの?」

「そうですか……やっぱりそうだ」


 乃愛の答えに、照が独り言ちる。


「スキルじゃ見えない真実が見えた」





 ――すっかり日も暮れ、夜も遅くなった頃。


「どうして乃愛先輩が一緒に来るんですか? 邪魔ですよ」

「朝弥くんこそどうして付いて来るのかしら? 死ねばいいのに」


 そんな険悪な二人を連れて、照は再び陽莉のいる部屋の前にやってきていた。

 コンコン……と扉をノックし、中にいるであろう陽莉に呼び掛ける。


「ねぇ陽莉、中にいるんでしょう? また話をしに来たよ」


 中からの返事は無いが、照は構わず続ける。


「キミから本当の事が聞きたいんだ。ねぇ……キミは本当に陽莉なのかな?」


 そう言って返事を待つ照。だが返事よりも先に、朝弥が照に尋ねてくる。


「『本当に陽莉か?』って……どういう意味だよ、照?」


「ボク、一つ思い出したことがあるんだ。

 爆発に巻き込まれ、意識が薄れていく最中、ボクは陽莉の声を聴いたはずなんだよ。

 それもはっきりした声で、ボクを呼んでいるようだった。

 だからてっきり陽莉は助かったんだと思っていたんだ。

 でもその後、陽莉がこの世界に来ていると聞いて、陽莉も死んでしまったのかと思うようになっていた。

 けれど……もし陽莉が生きていて、この世界にいる陽莉は、リッカちゃんのように姿だけが変わった他の人間だったとしたら?

 そう考えると一つだけ、腑に落ちることがあると気が付いたんだ」


「腑に落ちる事……っていったい何かしら?」


 次に尋ねてきたのは乃愛だ。

 照は[探偵手帳]のスキルを発動させ、事件が記録されているタブレットを呼び出すと、そこにメモ代わりに文字を打ち込んでいく。

 そして「これを見てください」と、打ち終わったタブレット画面を乃愛と朝弥に見せる。


――――――――――――――――――――

①淡谷 六花 (あわや りっか)

②鏑木 昴 (かぶらぎ すばる)

③瀬名 陽莉 (せな ひまり)

④櫻井 朝弥 (さくらい ともや)

⑤東雲 乃愛 (しののめ みお)

⑥周防 燐子 (すおう りんこ)

⑦惣真 照 (そうま てる)


番外…謎の8人目

――――――――――――――――――――


 タブレット画面に書かれた文字を見て、何の事か分からずに二人は首をひねる。


「照くん、何なのかしらこれは?」

「乃愛さん、これはこの世界に異世界転移してきた順番です」

「ふーん……。なぁ照、この番外というのは?」

「ウェルヘルミナだけが会った事のある8人目の来訪者の事だよ。ウェルヘルミナがいない今、名前も姿もわからない正体不明の人物だね。一応書いてはみたけど、正体不明だし今は関係ないかな。除外して①~⑦の順番について考えてみよう」


 二人の質問に答え、照はタブレットから番外の欄を消し、そのまま推理を続ける。


「朝弥も乃愛先輩も、この世界に送られる前に、全身白い格好の女神って名乗る少女に会ったでしょう? ソイツがボクに言ったんです。『順番通りこなしてようやく貴方で最後なんです。さっさと終わりにさせてください』って。これってつまり、決められた順番通りにボクたちをこの世界に送ったって事ですよね? だとしたらどういう順番でボクたちは送られてきたんでしょう?」

「順番……だけどこの並びに法則性は見当たらないわね」

「そうです、乃愛先輩。このままでは何の順番にもなっていません。ですが……③番目の陽莉を外して、もう一度確認してください」


 照はそう言うと、さらに陽莉の欄を消して二人に見せ直す。


――――――――――――――――――――

①淡谷 六花 (あわや りっか)

②鏑木 昴 (かぶらぎ すばる)

④櫻井 朝弥 (さくらい ともや)

⑤東雲 乃愛 (しののめ みお)

⑥周防 燐子 (すおう りんこ)

⑦惣真 照 (そうま てる)

――――――――――――――――――――


「あっ、あいうえお順になってる!」


 そう声を上げた朝弥に、照は肯定するように頷く。


「そう、陽莉を外せばきれいに五十音順になってるんだ。

だからこそボクは、『この世界にいる陽莉は別人なんじゃないか?』と疑っている。

そしてこの五十音順というのを考慮した場合、一人だけ③番目に当てはまる人物が思い当たるんだよ」


「その人物って……?」


 そんな朝弥の疑問に直接答えず、照は部屋の中にいる陽莉――の姿をした人物に話しかける。


「ねぇ、間違っていたらゴメン。だけど本当の事を教えてくれないか?」


 照は思いを込めるように、扉に額をつけ語り続ける。


「キミは陽莉じゃない……キミの本当の名前は……『暮乃真宵』……だよね?」


 ……部屋からの返事は無い。


「『くれないまよい』……確かキミたちと同じ一年生ね。爆発現場となったラノベ部の部員だったかしら?」

「そうだ、思い出した。部活の時にいつも陽莉と一緒にいた子の名前だよな。頭文字は『く』だから、確かに③番目に当てはまる……」


 『暮乃真宵』という名前を聞き、それぞれの記憶を辿る乃愛と朝弥。

 照は部屋の中にいる彼女に、心の丈を訴え続ける。


「キミがどうして陽莉の姿になっているのか?

 詮索するなというなら何も言わないよ。

 ただ、陽莉でないのなら陽莉でないと、ちゃんと出てきて教えてほしい。

 でないとボクは、陽莉がどうなったのか心配でたまらないんだ。

 キミが陽莉でも陽莉でなくても構わないから、お願いだから出てきてよ、ねぇ?」


 ――すると、程なくして。

 キキィーっと、ゆっくりと扉が開く。

 部屋の中から現れたのは、陽莉にそっくりな顔をした女性だった。


「似てる……けど違う……」


 照にはすぐ彼女が別人だと分かった。

 だが同じ幼馴染である朝弥には分からない様子。


「違う……のか? オレには陽莉にしか見えないんだけど……」

「何言ってるんだ朝弥、全然違うじゃないか。陽莉はHカップだったけど、この人はどう見てもGカップだろ?」

「HカップとGカップ……いや、そんな微妙な違い分かるわけが……」

「ボクが陽莉の事で分からない事なんてないさ」

「いや、おっぱいの事でそんなにドヤられても……」


 納得のいかない表情の朝弥を無視して、照はできるだけ優しい声で彼女に語り掛ける。


「やっぱりキミは……陽莉じゃないね?」


 すると彼女は――


「――はい、私は……私は暮乃真宵です……」


 ――そう言って泣き崩れたのだった。

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