7-3 もっと私を甘やかせよ!
気が付いてしまった真実に愕然とする照。
だが……気付いてしまった以上目を逸らすわけにもいかない。
照は意を決してリッカに話しかける。
「ねぇキミ、ちょっと聞きたいんだけど……」
「あーん、その前に、リッカの事はリッカちゃんて呼んでくれないとヤダよ?」
「あ……えっと……じゃあリッカちゃん……」
「なぁに、照お兄ちゃん?」
「もしかしてキミ…………山本先生?」
その瞬間、応接室の時が止まったような錯覚を覚えた。
照のその言葉に、リッカは笑顔を張りつかせたまま、血の気の引いた真っ青な顔になる。
数秒の沈黙の後、周りがざわざわとさざめき出した。
「お、おい照、山本先生ってオレたちのクラス担任の……?」
「い、いやいや照殿、嘘でござろう? あの山本先生が『リッカちゃんだよ』とか、そんな幼児プレイをするわけ……」
「……私も俄かには信じられないわね、照くん。そもそも名前が違うじゃない。貴方さっき、彼女の事をアワヤリッカだって言ってたわよね?」
山本先生の事を知る来訪者たちが、口々に否定の言葉を吐いた。
彼らの知っている山本先生は、痩せぎすで眼鏡の、ヒステリックに怒鳴り散らす、嫌われ者の教師だ。
目の前の幼女とは何一つ共通点は無い。
だが――
「いいですか?
知らない人もいるかもしませんが、今回異世界転移した人間は、元の世界の爆弾事件に巻き込まれた人間だと考えられています。
そしてあの事件の時、近くにいた中で40歳を超えているのは山本先生だけでした。
それに名前が違うのは――思い出してください。
元の世界で山本先生は、夫の不倫で離婚寸前だって噂だったじゃないですか。
あの噂が本当で、すでに離婚して旧姓に戻っていたとしたら……」
「ああ、そういえば……山本先生のフルネームは『山本六花』だったわね」
照の推理を聞いた乃愛が頷く。
「六に花と書く名前……。
何となく似合わないから勝手に『ろっか』か『ろくか』だと思って読んでいたけれど、確かに『りっか』と読める名前だわ」
「つまりあの場で条件に合うのは山本先生ただ一人です。
まだ知らない誰かが事件に巻き込まれていたと考えるより、このエルフ幼女が山本先生だと考えた方が納得できるでしょう」
「確かに鋭い指摘ね……んくっ!
……ハァハァ……。
キミの今の推理で、ちょっとだけ濡れちゃったわ」
「濡れたって……何が?」
照は疑問に思ったが、なにやら掘り下げない方がいい気がしたので、乃愛は放置してリッカへと向き直る。
「ともかくリッカちゃん! あなたの正体は『山本先生』ですよね?」
「な、何の事かなぁ? リッカ、難しい事よく分かんな~い」
照に名指しされたリッカは、冷や汗ダラダラで真っ青な顔のまま、幼児プレイを続行させた。
照の追及に、何が何でも逃げ切る姿勢のようだ。
そんなリッカに、朝弥と昴からフォローの声がかけられる。
「ま、待てよ照。あの山本先生だぞ? 別名『ヒスBBA先生』だぞ? いくら何でもあり得ないだろ?」
「そうでござる! あのヒスBBAが、こんな愛らしい幼女になるとは、拙者も信じられないでござるよ!」
「だよな、昴! だってあのヒスBBA先生だぜ?」
「そうでござるよ朝弥殿! あのヒスBBAでござ……」
「ヒスBBAヒスBBAうっせーんだよ、このガキども!!!」
フォローに見せた悪口に、ついに堪忍袋の緒が切れたリッカ。
「こっちだってヒスりたくてヒスってんじゃねーんだよ!
テメェらが言う事聞かねーからだろうが!
ガキのくせして調子乗ってんじゃねーぞ、こちとら先生様なんだよ!」
その物凄い形相に、朝弥と昴が「ヒィイイイッ!」と悲鳴を上げる。
「私だってなぁ、昔は優しくて熱心な教師だったんだよ!
だけど優しくしてれば生徒は付け上がって、熱心にすれば同僚や生徒の親に煙たがれる。
そんな状態で、いったい私にどうしろって言うんだよ?
どれだけ働いても同じ給料なのに、立派な教師なんて割の合わない事やってられねぇんだよぉおっ!」
周囲がその剣幕に怯える中、リッカの愚痴は止まらない。
「仕事も散々ならプライベートも最低だよ!
共働きなのに家事を全部任されて!
嫌だって言ってるのに義両親と同居させられて!
嫁いびりが趣味な姑と『子供生め』しか言わない舅に挟まれて!
それでも夫の親だからと愛想ふりまいて、ここまで尽くしてきてやったのに浮気しやがってあの種無し野郎ぉおっ!
もういい! 何もかも知るか!
お前らはいいよな、ガキで何も悩みが無くてよぉ!
私だってできるなら子供に戻りたいってずっと思ってたんだ!
そしたら神様が私の願いを叶えてくれたんだよ!
今の私は子供なんだよ!
好き勝手に生きさせろよ!
もっと私を甘やかせよ!
もうヤダ! もうヤなの!
うわぁああああああああああああああん!
イーヤーなーのーっ!!!!」
そしてついには泣き出すリッカ。
子供のように手足をバタバタさせて、ギャーギャーと転がり回る。
その様子を見ていた一同は、目線を躱すと頷き合い、心を一つにする。
(((……そっとしておこう)))
それが全員の総意だった。
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