5-5 ドラゴンとサイコなお姫様
*
――ドラゴンが現れる少し前。
アインノールド城最上階にあるバルコニーで――。
「どういうことですの! どうしてわたくしの隷属魔法が消えてしまっていますの!」
思いもよらない状況に、ウェルヘルミナは体面も構わず大声を上げていた。
「長年積み上げてきたわたくしの努力が……こんな一瞬で……」
打ちひしがれ、その場に崩れ落ちるウェルヘルミナ。
そこへ――
「もうやめましょう、ウェルヘルミナ様」
取り巻きの女兵士の一人が声をかける。
「ウェルヘルミナ様、これで諦めて降伏いたしましょう。
異世界召喚に再度手を出し、王国を裏切る罪を犯したとはいえ、侯爵である貴女様が自ら投降すれば命までは取られないでしょう。
お願いしますウェルヘルミナ様、どうか――」
「――黙りなさい!」
部下の提言を遮ると、ウェルヘルミナはヒステリックに叫ぶ。
「何様だと思っているの貴女! わたくしに意見するなんて! 許せませんわ! 死になさい! 今すぐ死ね!」
「……お言葉ですがウェルヘルミナ様」
首を横に振り、兵士はウェルヘルミナに現実を突きつける。
「隷属魔法が切れた今、貴女様に従う者がいると思っておいでですか?」
「――っ!」
言われてウェルヘルミナは周囲を見回した。
執務室に控えていた兵士たちが、ウェルヘルミナの様子を伺っている。
隷属魔法で絶対服従の奴隷であった彼女たち、それが今は、全員が敵意を持ってウェルヘルミナを見ていた。
「降伏いただけないのなら仕方ありません。では我々はアインノールドの領民としてではなく、セーヌ王国の国民として貴女を逮捕させていただきます」
そして部下であったはずの兵士たちに取り囲まれるウェルヘルミナ。
もはや絶体絶命といった状況に、彼女は――
「……クッ……クククッ……」
――昏い笑い声を漏らす。
「アーッハッハッ! この愚民ども! わたくしの命令が聞けないのなら、全員殺して差し上げますわ!
――サモン!」
憎しみのこもった目で兵士たちを睨みつけると、ウェルヘルミナがスキルを使う。
ウェルヘルミナの周囲にいくつも闇の魔法陣が現れ、そこからオークやコボルトといった魔物たちが姿を現した。
「なっ? 魔物!」
思いもよらない展開に、兵士たちから悲鳴が上がる。
「さあ行け、お前たち! 皆殺しにしろ!」
「「「グォオオオオオオオオ!」」」
ウェルヘルミナの合図に、魔物たちは雄たけびを上げ兵士たちに襲い掛かる。
「きゃぁあああっ!」
「わぁああああっ!」
悲鳴を上げて逃げ惑う兵士たち。
その様子を見たウェルヘルミナが、愉悦の表情で嘲笑う。
「アハハハハッ! 死になさい、わたくしに逆らう愚か者ども!」
そしてその悪意は、城の外の十万の民衆にも向けられる。
「お前たちも、この土壇場で我に返る役立たず共ですわ。死ねばいい、全員死ねばいいのよっ! ――サモン!」
ウェルヘルミナがそう叫ぶと、今度は十万の群衆の中心に巨大な闇の魔法陣が出現した。
そして――。
「きゃあああああっ!」
「ひぃいいいいいいっ!」
逃げ惑う民衆を押しつぶすように、巨大な白い影が出現する。
三階建てのビルほどの大きさ、体高10メートルを優に超す、全身を真っ白な鱗で覆われた巨躯。
恐竜のような姿に大きな羽根の生えた姿。
それは、魔物の中でも最強と呼ばれる存在、ドラゴンであった。
「フハハハハ――――ッ! 死ね! 死ねぇっ! みんな死んでしまえばいいのよ! アーッハッハ――――ッ!」
阿鼻叫喚する部下や民衆を眺め、狂ったように高笑いをするウェルヘルミナ。
彼女の狂気が、この都市と戦場を包み込みはじめていた――。
*
「――ドラゴンですって!」
戦場に突如として現れたドラゴンに、清霞は思わず声を上げた。
「ホワイトドラゴン……いえ、あれはスノードラゴンかしら? あそこまでの巨体、間違いなくランクSの化け物だわ!」
ちなみに魔物はその強さでランクがFからSSに分類されている。
Fランクは一対一なら一般人でも倒せる程度の弱い魔物。
Eランクは駆け出し冒険者が一人で何とか倒せる程度の魔物。
Dランクは一人前の冒険者が一人で何とか倒せる魔物。
Cランクは中堅冒険者が一人で何とか倒せる魔物。
Bランクは一流の冒険者一人か、中堅冒険者がパーティを組んで倒せる魔物。
Aランクは一流の冒険者がパーティを組んでようやく倒せる魔物。
そしてランクSの魔物ともなれば、一匹で都市を壊滅できるほどの力を持っている。
さらにそのランクに収まり切れない強さの魔物を称してSSランクと呼び、それはもはや災害であり、人の手に負える存在ではないとされているのだが……。
ドラゴンの成龍は総じてAランク、長く生きたものはSランク、その中で優れた個体がSSランクに到達する。
今回の巨大なスノードラゴンは、清霞の言う通り低く見積もってもSランクの化け物だ。
「あり得ない……どうしてあんな化け物を使役できているの……?」
清霞が驚くのも無理はない。
通常、隷属魔法では自分より弱い魔物しかテイムできないもの。
ランクSクラスの魔物などをテイムするなど、常識的に考えてあり得ないことだ。
だがウェルヘルミナの場合、そこにひとつのカラクリがある。
彼女は生まれつき、ステータスに[ラッキースター]という称号があった。
――――――――――――――――――――
[ラッキースター]
幸運の星の下に生まれた者に与えられる称号。
取得スキル:幸運+500
――――――――――――――――――――
この称号によってウェルヘルミナは、常人よりもはるかに高い幸運値を持っている。
通常、魔物は強ければ強いほどテイムできる確率が低くなる。
さらにテイム対象の魔物が負けを認めないと、テイムの確率はさらに低くなる。
この二つの事実から、テイムできる魔物は必然的に自分より弱い魔物に限られてくるのだ。
だが、低確率とはいえ可能性はゼロではない。
たとえ相手がドラゴンや魔王種であったとしても、たとえ宝くじに連続で当たるくらい低い確率であったとしても、テイムできる可能性は残されているのだ。
そしてその可能性を引き当てたのがウェルヘルミナだ。
その常人にはない幸運値によって、彼女は奇跡的に超大型スノードラゴンのテイムに成功していたのだった。
「おいおい、やべぇぞ、このままじゃ!」
蓮司がそう危機感を募らせる。
ドラゴンはその気の赴くまま、周りの人間を襲い始めていた。
悲鳴を上げて逃げ惑うも、人が多すぎて逃げられない様子。
「テメェらよく聞け! オレは今からあのドラゴンをぶっ倒しに行く! だからテメェらは、民衆を助けろ! 盾となって守り、安全な場所へ誘導しろ!」
蓮司の激に騎士たちが揃って「「「はっ!」」」と応じる。
「行くぞ、清霞! あのドラゴンを仕留める!」
「ええ、分かったわ!」
蓮司と清霞は頷きあうと、騎馬に乗って軍の先頭に立つ。
「ビビんじゃねーぞテメェら! 突撃だぁっ!」
うぉおおおおっ!と唸るような喊声を発し、イストヴィア公爵軍が突撃を開始した。
*
――そのころの照、乃愛、燐子の三人は、アインノールド城を脱出して城下町へ。
さらに町の外へと脱出すべく、城門の方へと向かっていたのだが……。
「な、なんだよ、この群衆は?」
城門の見える街路までやってきたところで、城外から逃げ込んできた群衆に遭遇。
その人波に押し戻される状況に、照たちは城門へは向かえずにいた。
群衆を避け何とか路地に逃れたが、城門から流れ込んでくる人波は衰えず、照たちは移動もままならない。
「外で何かあったのかな? これじゃ城門から出られないんだけど……」
そうして照たちが城下の路地で右往左往していると――。
「キュイイイイイイイイイイッ!」
甲高い鳥の声がし、大きな影が頭上を通過した。
見るとグリフォンが、照たちの上の空を旋回している。
「な、なんだアレは?」
「グリフォンというやつかしら? どうしてこんな町中に……?」
不安な顔を見せる燐子と乃愛。
だが照は笑顔を見せる。
「大丈夫です! アイツは味方ですよ!」
旋回していたグリフォンは、手を振る照を見つけると、彼から近い広さのある街路へと降りてゆく。
「きゃあああ! グリフォンよ!」
「わぁあああ! 逃げろぉ!」
街路にいた人々が逃げ惑う中、グリフォンは彼らをゆっくりと押しのけるように着陸した。
そして逃げる人達に逆らうように、照がグリフォンに近づいていく。
「お前、グリードだよね? 陽斗兄ちゃんはどうしたの?」
照が傍までやってくると、グリフォンは首を回し、自分の背に促すような仕草をする。
「……もしかして背に乗れって言ってるの?」
照の質問に、グリフォンは肯定するように「ピィイ!」と鳴いた。
「ありがとう」とグリフォンの首筋を撫でてやり、照はグリフォンの背中に乗る。
そして後ろから追ってきた乃愛と燐子に声をかける。
「乃愛先輩と燐子さんも! 早く乗ってください!」
照に従って二人が跨ると、グリフォンは空へと飛び上がった――。
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