5-4 隷属の魔法陣と支配の祭壇
*
――アインノールド城地下の牢獄。
「なっ! どうなっている? まさかこれは……!」
そんな声が狭い石造りの廊下に響き渡る。
牢屋の中にいた乃愛と燐子は、その声を聞きつけ鉄格子の間から外の様子を伺う。
牢の入り口に見張りの女兵士が立っているのだが、先ほどの声はどうやら彼女のもののようだ。
「ねぇ、先ほど大きな声を上げていたようだけど、何かあったのかしら?」
「どうもこうもない! 私に掛けられた隷属魔法の効果が切れて……い、いや」
乃愛の問いに思わず答えそうになった女兵士は慌てて言い直す。
「何が起きてるか分からないから、私は様子を見に行ってくる! お前たちは大人しくしていろ!」
そう言い残して、見張りの女兵士はどこかへ行ってしまった。
「……どうやら上で何かが起こっているようだな。これは脱獄のチャンスか?」
燐子はそういうと、兵士の出て行った扉の横の壁を見る。
そこには鉄のフックがあり、牢屋の鍵が束になって掛かっていた。
「あのカギを何とか取れればいいのだが……」
「さすがに無理ね、遠すぎるわ。せめてスキルが使えればいいんだけど……」
そう言って乃愛は自分の首に手を当てる。
そこには小さな黒い石が装飾された、細い金属の首輪が嵌っていた。
「スキルキャンセラー。この首輪型の魔道具を付けられている限り、私たちはスキルを使えないわ」
「門番が男なら色仕掛けもできたんだが、この城の兵士は女しかいないからな。何とか他に抜け出す方法はないものか……」
「……まぁ慌てることはないわよ、燐子さん。前にも言ったけれど、きっと照くんが助けてくれるでしょうから」
「……そうは言うが、乃愛。キミは彼が本当に戻ってこれると思っているのか? 非常に残念だが、私には生き残ることすら難しいように思うのだが……」
「大丈夫。言ったでしょう、燐子さん。彼は探偵、謎が解けるまでは無敵なのよ」
「いや……乃愛、それは創作の中だけの話だろう」
「そうですよ乃愛先輩。現実とごっちゃにするのは良くないです」
「何を言うの照くん? 現実だろうが創作だろうが、探偵というのはいつだって――って」
突然会話に加わってきた声に、乃愛と燐子は慌てて牢の外を見る。
鉄格子の向こう側には――
「助けに来ましたよ、乃愛先輩、燐子さん」
――城の兵士に扮した照が、笑顔で立っていた。
その手には、壁に掛けられていた牢屋の鍵の束が握られている。
「今すぐ鍵を開けますから少し待ってください」
「照くん……どうして貴方がここにいるのかしら? それにこの騒動、いったい何が起こっているの?」
「それは陽斗兄ちゃん……えっと、ボクたちの前に転移してきた来訪者に助けてもらったんですよ」
「前の転移者? その人はどこに?」
「ああ、陽斗兄ちゃんなら今頃――」
*
――その少し前。
アインノールド城から馬車で二時間ほど、森の中にある湖の、浮島にある神殿。
照たちが成人の儀を行い、ジョブを授かったその神殿では、警備にあたっていた兵士たちが空を見上げ右往左往していた。
「なっ、なんでグリフォンがここに!」
「おい、人が乗ってるぞ!」
神殿の上空を旋回するように飛ぶグリフォンは、次第に高度を下げると、神殿の前に着陸した。
さらにグリフォンの背中から人影が舞い降りる。
それは――[勇者]のジョブと[おっぱい星人]の称号を持つ来訪者、瀬名陽斗だ。
「き、貴様! 何者だ!」
「ここをアインノールド家の神聖な場所と分かっているのか!」
神殿の警備をしていた数名の兵士が陽斗に対峙する。
その兵士たちに向かい、陽斗は――
「精霊魔法[シャドゥ]」
――スキルを発動させた。
その瞬間、兵士たちの顔を黒い闇が包み込む。
「ぎゃーっ! 何だこの化け物は!」
「ど、どうして死んだ母ちゃんが……!」
「うぉおっ! 金だ、金が木になってやがる!」
「ウへへ……おっぱいポヨンポヨン……」
目を覆う黒い闇によって、それぞれ幻覚を見せられる兵士たち。
泣いたり笑ったり悲鳴を上げたり、そのリアクションは様々だ。
そんな兵士たちを放置して、陽斗は神殿へと入っていく。
迷いない足取りで神殿を進み、照が[探偵の魔探眼]で黒い霧をみた部屋へたどり着く。
その部屋の中心にはあの[隷属の魔法陣と支配の祭壇]があった。
――――――――――――――――――――
[隷属の魔法陣と支配の祭壇]
古代の錬金術師によってつくられた祭壇。
魔物ではないものに隷属魔法をかけるための装置。
魔法陣の中で服従を誓う事で効果を発揮する。
祭壇全体が一つの魔道具となっている。
――――――――――――――――――――
これがこの魔法陣を、照が鑑定した時の結果だ
「闇の魔法陣……間違いない、これだな」
そう確信した陽斗は、剣を抜くと逆手に持ち替え、魔法陣の真ん中に突き刺した。
「隷属魔法、発動――!」
剣を通じて陽斗の魔力が魔法陣に流し込まれ、ウェルヘルミナが構築した術式を塗り潰してゆく。
そして――パリィインッ!とガラスの割れるような音がして、ウェルヘルミナの術式がはじけ飛んだ。
ウェルヘルミナによる領民の奴隷化、それが今、無効化されたのだ。
「うっし、こんなもんだな!」
陽斗は誰もいない部屋でドヤってみせるのだった。
*
十万の軍隊がザワザワと騒めき出し、整列していた陣形がバラバラと崩れていく。
アインノールドの軍勢が有象無象の集団へと変わっていくのを見て、対峙するイストヴィア公爵軍を率いる清霞は独り言ちる。
「……どうやらこの手紙に書かれていることは本当のようね。……陽斗のやつ、いったい何をやっているのよ?」
「ハルト……って、その手紙の差出人ですか?」
耳ざとく聞きつけた朝弥が清霞に訊ねた。
「名前からして、その人も同じ来訪者ですか?」
「ええ、そうよ。六年前、私と蓮司と一緒に転移してきたもう一人の日本人。ソイツの手紙によれば、敵軍は全員が隷属魔法で支配されていたようね。その根源である魔法装置を破壊しに行くと書いてあったから、今の状態は相手の軍勢の隷属魔法が解けた状態なのでしょう」
「なっ! そ、それじゃ!」
「ええ、戦争は回避されたわ。今すぐ貴方の友達を助けに行くことも可能よ」
「ホントですか! よ、よかったぁ~」
「ともかく、こうしてはいられないわね」
清霞は周りの兵に檄を飛ばす。
「全軍前進! ただし敵軍はすでに戦意喪失している! 攻撃はするな! 民衆を誘導し、あの大軍を解散させなさい!」
「「「はっ!」」」
清霞の指示に従って、兵たちはきびきびと動いてゆく。
その様子に――
(よかった、これで照が助けられる)
――と、ホッと胸をなでおろす朝弥。
(……そういえば清霞さん、さっきハルトって言ってたよな?
それって陽莉の兄貴と同じ名前……しかも六年前に失踪してる……。
もしかして、もう一人の六年前の来訪者って……。
……い、いやいや、そんな偶然あるわけ……)
朝弥がそんな事で頭を悩ませていた最中――。
「な、何だあれは!」
兵士の一人がそんな声を上げた。
見ると十万の群衆の真ん中に、突如として白く巨大な影が現れていた。
その陰の正体は――
「――ド、ドラゴンだぁー!」
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