5-4 隷属の魔法陣と支配の祭壇



 ――アインノールド城地下の牢獄。


「なっ! どうなっている? まさかこれは……!」


 そんな声が狭い石造りの廊下に響き渡る。

 牢屋の中にいた乃愛と燐子は、その声を聞きつけ鉄格子の間から外の様子を伺う。

 牢の入り口に見張りの女兵士が立っているのだが、先ほどの声はどうやら彼女のもののようだ。


「ねぇ、先ほど大きな声を上げていたようだけど、何かあったのかしら?」

「どうもこうもない! 私に掛けられた隷属魔法の効果が切れて……い、いや」


 乃愛の問いに思わず答えそうになった女兵士は慌てて言い直す。


「何が起きてるか分からないから、私は様子を見に行ってくる! お前たちは大人しくしていろ!」


 そう言い残して、見張りの女兵士はどこかへ行ってしまった。


「……どうやら上で何かが起こっているようだな。これは脱獄のチャンスか?」


 燐子はそういうと、兵士の出て行った扉の横の壁を見る。

 そこには鉄のフックがあり、牢屋の鍵が束になって掛かっていた。


「あのカギを何とか取れればいいのだが……」

「さすがに無理ね、遠すぎるわ。せめてスキルが使えればいいんだけど……」


 そう言って乃愛は自分の首に手を当てる。

 そこには小さな黒い石が装飾された、細い金属の首輪が嵌っていた。


「スキルキャンセラー。この首輪型の魔道具を付けられている限り、私たちはスキルを使えないわ」

「門番が男なら色仕掛けもできたんだが、この城の兵士は女しかいないからな。何とか他に抜け出す方法はないものか……」

「……まぁ慌てることはないわよ、燐子さん。前にも言ったけれど、きっと照くんが助けてくれるでしょうから」

「……そうは言うが、乃愛。キミは彼が本当に戻ってこれると思っているのか? 非常に残念だが、私には生き残ることすら難しいように思うのだが……」

「大丈夫。言ったでしょう、燐子さん。彼は探偵、謎が解けるまでは無敵なのよ」

「いや……乃愛、それは創作の中だけの話だろう」


「そうですよ乃愛先輩。現実とごっちゃにするのは良くないです」


「何を言うの照くん? 現実だろうが創作だろうが、探偵というのはいつだって――って」


 突然会話に加わってきた声に、乃愛と燐子は慌てて牢の外を見る。

 鉄格子の向こう側には――


「助けに来ましたよ、乃愛先輩、燐子さん」


 ――城の兵士に扮した照が、笑顔で立っていた。

 その手には、壁に掛けられていた牢屋の鍵の束が握られている。


「今すぐ鍵を開けますから少し待ってください」

「照くん……どうして貴方がここにいるのかしら? それにこの騒動、いったい何が起こっているの?」

「それは陽斗兄ちゃん……えっと、ボクたちの前に転移してきた来訪者に助けてもらったんですよ」

「前の転移者? その人はどこに?」


「ああ、陽斗兄ちゃんなら今頃――」





 ――その少し前。


 アインノールド城から馬車で二時間ほど、森の中にある湖の、浮島にある神殿。

 照たちが成人の儀を行い、ジョブを授かったその神殿では、警備にあたっていた兵士たちが空を見上げ右往左往していた。


「なっ、なんでグリフォンがここに!」

「おい、人が乗ってるぞ!」


 神殿の上空を旋回するように飛ぶグリフォンは、次第に高度を下げると、神殿の前に着陸した。

 さらにグリフォンの背中から人影が舞い降りる。

 それは――[勇者]のジョブと[おっぱい星人]の称号を持つ来訪者、瀬名陽斗だ。


「き、貴様! 何者だ!」

「ここをアインノールド家の神聖な場所と分かっているのか!」


 神殿の警備をしていた数名の兵士が陽斗に対峙する。

 その兵士たちに向かい、陽斗は――


「精霊魔法[シャドゥ]」


 ――スキルを発動させた。

 その瞬間、兵士たちの顔を黒い闇が包み込む。


「ぎゃーっ! 何だこの化け物は!」

「ど、どうして死んだ母ちゃんが……!」

「うぉおっ! 金だ、金が木になってやがる!」

「ウへへ……おっぱいポヨンポヨン……」


 目を覆う黒い闇によって、それぞれ幻覚を見せられる兵士たち。

 泣いたり笑ったり悲鳴を上げたり、そのリアクションは様々だ。

 そんな兵士たちを放置して、陽斗は神殿へと入っていく。

 迷いない足取りで神殿を進み、照が[探偵の魔探眼]で黒い霧をみた部屋へたどり着く。

 その部屋の中心にはあの[隷属の魔法陣と支配の祭壇]があった。


――――――――――――――――――――

[隷属の魔法陣と支配の祭壇]

 古代の錬金術師によってつくられた祭壇。

 魔物ではないものに隷属魔法をかけるための装置。

 魔法陣の中で服従を誓う事で効果を発揮する。

 祭壇全体が一つの魔道具となっている。

――――――――――――――――――――


 これがこの魔法陣を、照が鑑定した時の結果だ


「闇の魔法陣……間違いない、これだな」


 そう確信した陽斗は、剣を抜くと逆手に持ち替え、魔法陣の真ん中に突き刺した。


「隷属魔法、発動――!」


 剣を通じて陽斗の魔力が魔法陣に流し込まれ、ウェルヘルミナが構築した術式を塗り潰してゆく。

 そして――パリィインッ!とガラスの割れるような音がして、ウェルヘルミナの術式がはじけ飛んだ。

 ウェルヘルミナによる領民の奴隷化、それが今、無効化されたのだ。


「うっし、こんなもんだな!」


 陽斗は誰もいない部屋でドヤってみせるのだった。





 十万の軍隊がザワザワと騒めき出し、整列していた陣形がバラバラと崩れていく。

 アインノールドの軍勢が有象無象の集団へと変わっていくのを見て、対峙するイストヴィア公爵軍を率いる清霞は独り言ちる。


「……どうやらこの手紙に書かれていることは本当のようね。……陽斗のやつ、いったい何をやっているのよ?」

「ハルト……って、その手紙の差出人ですか?」


 耳ざとく聞きつけた朝弥が清霞に訊ねた。


「名前からして、その人も同じ来訪者ですか?」

「ええ、そうよ。六年前、私と蓮司と一緒に転移してきたもう一人の日本人。ソイツの手紙によれば、敵軍は全員が隷属魔法で支配されていたようね。その根源である魔法装置を破壊しに行くと書いてあったから、今の状態は相手の軍勢の隷属魔法が解けた状態なのでしょう」

「なっ! そ、それじゃ!」

「ええ、戦争は回避されたわ。今すぐ貴方の友達を助けに行くことも可能よ」

「ホントですか! よ、よかったぁ~」

「ともかく、こうしてはいられないわね」


 清霞は周りの兵に檄を飛ばす。


「全軍前進! ただし敵軍はすでに戦意喪失している! 攻撃はするな! 民衆を誘導し、あの大軍を解散させなさい!」

「「「はっ!」」」


 清霞の指示に従って、兵たちはきびきびと動いてゆく。


 その様子に――

(よかった、これで照が助けられる)

 ――と、ホッと胸をなでおろす朝弥。


(……そういえば清霞さん、さっきハルトって言ってたよな?

 それって陽莉の兄貴と同じ名前……しかも六年前に失踪してる……。

 もしかして、もう一人の六年前の来訪者って……。

 ……い、いやいや、そんな偶然あるわけ……)


 朝弥がそんな事で頭を悩ませていた最中――。


「な、何だあれは!」


 兵士の一人がそんな声を上げた。

 見ると十万の群衆の真ん中に、突如として白く巨大な影が現れていた。

 その陰の正体は――


「――ド、ドラゴンだぁー!」

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