4-4 連続殺ゴブ事件(解決編)



「それで……本当に謎が解けたのか?」


 照にそう言ったのは陽斗だ。

 ニコニコと楽しそうに続ける。


「娯楽大国だった日本に比べて、こっちは冒険とセックス以外の娯楽が少ないんだよなー。小説なんて書いてる物好きも少ないから、推理小説もなかなかお目にかかれないしな。だから……お前の謎解き期待してるぜ、楽しませてくれよ、照」

「……分かったよ、陽斗兄ちゃん」


 照はそう応えると、集まったメンバーを見回す。

 ずっと照と一緒に捜査していたゴブ助を除くと、陽介に森の女王のマリー、あとはゴブリンの頭領が揃っている。


「もう分かったのかえ? 早いのう」

「どうシて儂まで呼び出されなけレばならんのジャ?」

「申し訳なイ、頭領」


 照は彼ら三人を、「謎を解いた」と告げてゴブ助とゴブ郎の住居である洞窟の前に呼び出していたのだ。


「じゃあ照、早速始めてくれよ。いったい誰が犯人なんだ?」


 陽斗に促され、照が推理の披露を始める。


「それじゃ……いきなり犯人を名指しするより、まず『犯人は複数いる』という事から証明していきましょう」

「……複数? 犯人は一人じゃないのカ?」


 ゴブ助が疑問を述べると、照は大きく頷いて話を進める。


「ボクは犯人……というか、ゴブリンたちを切り殺した実行犯は二人いると考えてるんだよ。

 その理由はゴブリンたちの刀傷さ。

 ほら、ゴブ助が言ってたよね。

 殺されたゴブリンたちは、『左肩から右脇腹にかけて刀傷があった』って」


「あ、あア、たしかにそう言ったガ……」


「だけどホブゴブリンのゴブ郎さんの遺体は、右肩から左脇腹にかけて刀傷があった。

 切られた方向が違うんだよ。

 だから犯人は二人いるんじゃないか?

 もっと言えば、殺された八匹のうち、七匹のゴブリンたちを殺した犯人と、最後のゴブ郎さんを殺した犯人は別人なんじゃないか?

 ……って考えたんだ」


「そ、それデ犯人はいったい誰なんダ?」


「それじゃ先に名前を言うけど……」


 そして一拍置くと、照はゴブ助に告げる。


「七匹のゴブリンたちを切り殺した犯人は……キミの兄、ゴブ郎さんだ」


 照の指摘に、ゴブ助は一瞬呆けた顔を見せ、その後鬼の形相を見せる。


「何を巫山戯た事ヲ! よりによってゴブ郎兄さんを犯人だト! 冗談でも許さんゾ!」

「大人しくしてろホブゴブリン」


 照に襲い掛からんと凄むゴブ助に、剣に手をかけて陽斗が牽制し、照に尋ねる。


「それで照、コイツの兄が犯人だって根拠はあるんだろうな?」


「根拠はあるよ、陽斗兄ちゃん。

 その一つ目は凶器だ。

 ゴブリンは全員剣で切られて死んでいた。

 なら剣を持っている者が容疑者だよね?

 そしてボクと陽斗兄ちゃん以外だと、剣を持っていたのはゴブ郎さんだけだ」


「あー、そういやあのホブゴブリンの遺体には、しっかりと剣が握られていたな」


 ゴブ郎を犯人にするような会話に、我慢ならないゴブ助が噛みつく。


「あの剣はゴブ郎兄さんガ人間を殺した証としテ奪ったものダ!

 だからと言って兄さんが殺したとは限らないだろウ!

 むしろキサマラの内のどちらかが犯人デ、ゴブ郎兄さんに罪を着せようとシてるんじゃないのカ!」


「確かに剣を持っているという意味では、ボクと陽斗さんもゴブ郎さんと同じ容疑者だ。

 でもボクらには動機がない。

 ゴブリンたちを殺す動機があるのは、この中ではゴブ郎さんだけなんだよ」


「巫山戯るナ! 兄さんにどんナ動機があったというんダ!」


「……それを説明する前に」


 照は頭領のほうへ向き直る。


「頭領さん、一つ聞きたいことがあるんですけど……」


「……なんジャ?」


「包み隠さず答えてくださいね。

 ……頭領さん、この村、ゴブリンの数が百を超えないよう出生数制限をしていますよね?」


 照の問いに、尋ねられた頭領ではなく、隣で聞いていたゴブ助が戸惑いの声を上げる。


「出生数制限……? なんダそれハ……?」


「やっぱりゴブ助は知らなかったんだな。だから犯人を捜そうなんて考えたんだ」


「どういう事ダ? ちゃんと教えロ!」


「まず気になったのは、ゴブリンたちの名前に数字が付いていた事。

 そして頭領の名前が百郎だった事。

 頭領が一番数字の多い名を名乗っているという事は、その数字以上の名前は付けることができない。

 つまりゴブリンの数は百匹以下じゃないといけないのではないかと考えられるんだ」


「それガ出生数制限カ? ……本当なのカ、頭領?」


 たまらずゴブ郎は頭領に尋ねる。


「……あア、間違いなイ。

 この村ではゴブリンを百匹以上にしてはいけない掟がある。

 ホブゴブリンに生まれテずっと掟の外にいたゴブ助は知らなかっタだろうがナ」


「そんナ……そんナ掟があったなんテ……」


 あっさりと肯定されて、動揺が隠せないゴブ助に、照が話を続ける。


「覚えてるかい、ゴブ助。

 『少し前に赤ん坊が七匹も一気に生まれた』。

 ……これはキミが言ったセリフだよ」


「確かニ言ったガ……まさかそのせいデ……?」


「その通りさ。

 ゴブ郎さん以外に死んだのは全部で七匹。

 生まれた子供の数も七匹。

 これは偶然じゃない。

 それが証拠に切り殺された七匹は、全員年寄りだったんじゃないのか?」


「そうだガ……どうシてそれヲ……?」


「これもゴブ助の言葉からさ。

 亡くなったゴブリンの家を案内してくれた時、その全員がゴブ助に何かを教えてくれた先生だって言っていただろ?」


「あア、確かに言ったガ……」


「ゴブ助に何かを教えられたという事は、そのゴブリンたちはみんな言葉を話せたという事だ。

ゴブリンの中で言葉を話せるのは、長生きした者だけなんだろ?」


「……それで年寄りダと見抜いたのカ……・」


「生まれた子供を生かすため、年寄りが死ぬ。これが連続殺ゴブ事件の真相さ」


「……いや待テ、だがそれで何故ゴブ郎兄さんが切り殺した事になル?

 たとえ死なねばならヌ理由があったとしテ、何故兄さんか切る必要があっタ?」


「それは仲間の死を無駄にしないためだよ。

 キミも言っていただろ、仲間の遺体は埋葬せず、食ったり狩りに利用したりするって」


「あア、そう言ったガ……」


「だったら仲間の死だって利用しなければおかしい。

 つまりゴブ郎さんは仲間を切り殺すことで、彼らの死を経験値として自分のレベルアップに使ったんだ」


「ナっ! そんな事が……!

 だけど……仲間を殺してマで強くなるなんテ……」


「ゴブ郎さんは『強くなって絶対に犯人を殺してやる』って言ってたんだよね?

 なら手段を選んでられなかったんじゃないかな?」


「確かニそう言っていたガ……。

 だが兄はそうまでしテ、いったイ誰と戦おうとしていたんダ?

 ゴブリンを殺していた犯人は、村ノ掟と兄だったのニ……。

 ……いや待テ、そうじゃなク、出生数制限なんテ掟を作った相手を殺そうとしていタ?

 つまり……頭領ヲ?」


「いいや、頭領が名乗る百郎という名前が由緒正しいと言っていたし、掟自体はずっと昔からあったはずだよ。

 そしてそんな代々続く掟を作れるような存在は、この森でよほどの権力を持っている存在でないと無理だと思う」


「――っ! まさカ……魔の森ノ女王様!」


 ゴブ助の驚愕の声を合図に、視線が女王様の元に集まる。

 視線を受けた女王はニヤリと不敵な笑みを浮かべて話す。


「そうじゃ。『ゴブリンどもは百匹を超えてはならない』という掟を作ったのは妾じゃ」


「ど……どウしてそんな事ヲ……?」


「言わねば分らんか?

 なら言ってやろう。

 それはゴブリンがスライムと並ぶ最弱モンスターだからじゃよ。

 この魔の森の最深部では、ゴブリンなどどうあがいても生き残れん。

 だから妾が保護してやっていたのよ。

 ただし好き勝手に数を増やされても面倒じゃからな。

 保護してやるのは百匹のみ、それも柵の中だけと決めておいたのじゃよ」


「そんナ……それじゃゴブ郎兄さんを殺したのハ……」


「……いや、それは違うよ、ゴブ助」


 照がゴブ助の憶測を否定する。


「ゴブ郎さんの死因は刀傷だ。

 剣を持たない女王様には殺せないよ。

 それにゴブ郎さんの傷は、他の殺されたゴブリンとは逆向きだった。

 ゴブリンたちは左肩から右脇腹にかけた傷、これは右利きが袈裟斬りにしてできた傷だ。

 その逆向きの傷は、犯人が左利きだと示唆している。

 そして……」


 そこで話を切った照は、陽斗のほうへ向き直る。


「陽斗兄ちゃん……右の腰に剣を差してるよね?

 それは左手で剣を抜くから。

 つまり……陽斗兄ちゃんは左利きだよね?」


「………………」


 照の問いに、だが陽斗は笑顔のまま答えない。

 だから照は推理を続ける。


「――ボクの推理した事件の全容はこうだ。


 ゴブリンの村に七匹の子供が生まれ、百匹を超えてしまった。

 村の掟により増えた七匹分のゴブリンを減らさなければならない。

 そこで老い先の短い年寄り七匹が犠牲に志願した。

 だがそれを知り反発したのがゴブ郎さんだ。

 掟に反感を持っていたゴブ郎さんは、掟を作った女王を倒して村を出生数制限から救いたいと考えた。

 だが今のままでは女王は倒せないと、ゴブ郎さんは強くなることを決意する。

 そして犠牲になる七匹のゴブリンも、どうせ死ぬならと命を経験値に変えてゴブ郎に与える事にした。

 仲間の命を受け取り強くなったゴブ郎は、掟をなくすために女王に立ち向かう。

 だがその時、女王と共にいた陽斗兄ちゃんに返り討ちに遭ってしまった。


 ――そうだよね、陽斗兄ちゃん」


 そうして照が推理を終えた。

 その瞬間――


『事件解決によりジョブスキルがレベルアップします』

『[探偵術]が3から5にレベルアップしました』

『アクティブスキル[探偵手帳]を取得しました』

『アクティブスキル[探偵の鑑識眼]を取得しました』


(わぁっ! びっくりした!)


 ――照の頭に天の声が響いた。


(また急にレベルアップ?

 しかもまた二つも?

 つーか、レベルアップしたって事は、推理が当たってたって事だよね?

 どんなスキルを覚えたのか気になるけど……今は最後まで事件を終わらせないと)


 照は邪念を振るうと、改めて陽斗と向き合う。

 そして……静寂の中、パチパチパチ……と手を叩く音が木々の間に響き出す。


「素晴らしい――。

見事な推理だったよ照。

そう、オレがあのホブゴブリンを殺した犯人だ」


 拍手をしながら、陽斗が自白交じりの称賛を口にした。


「いやぁ、なかなか聞きごたえがあったぜ。さすが[探偵]のジョブを持っているだけの事はあるな!」

「陽斗兄ちゃん……自分が犯人なのに推理させてたんだね」

「いやぁ、悪いな。[探偵]って聞いて、どうしても試してみたくなったんだよ」

「……趣味悪いよ。それに……陽斗兄ちゃんほどの強さなら、ゴブ郎さんを殺さずに退けることもできたんじゃないの?」

「そりゃできるが……何でそんな事しなきゃいけないんだ? 相手は魔物だぞ? 魔物は殺すべき敵、それがこの世界の常識だ」

「でも……女王のマリーさんは生かしてるじゃないか」

「そりゃコイツはオレの従魔だからな。それにメスだし。オレは女なら魔物でも優しいんだよ」

「でも……でも……」


 照は言いよどむ。

 魔物は敵――きっとこの異世界エスセリオでは、陽斗の意見のほうが一般的なのだろう。

 だがこちらに来てまだ三日の照には、たとえ魔物でも言葉の通じる相手を殺すなんて、それは異様な考えに思えた。


「貴様ガ……貴様がゴブ郎兄さんを……」


 ギリリッ……と奥歯を噛み締めるゴブ助。

 そして……棍棒を握りなおすと、陽斗のほうへ一歩踏み出す。

 その剣呑な雰囲気に、照は慌てて彼の前に立ち塞がる。


「何をする気だよ、ゴブ助!」

「黙レ! そこヲ退け、人間!」

「ダメだ! 陽斗兄ちゃんはキミの兄さんを殺した犯人だった! ならキミの敵う相手じゃないよ!」


 照は体を張ってゴブ助を引き留めた。

 それを陽斗が揶揄う。


「そうそう、止めといたほうがいいぜ。でないとお前の兄貴みたいになっちまうぞ」

「ナっ、なんだト!」

「お前の兄貴も馬鹿だよな。ホブゴブリンがちょっとレベルを上げたくらいで、[勇者]のジョブスキルをカンストしてるオレに勝てるわけがないのに」

「キ、貴様ァああああアあっ!!!」

「ダメだゴブ助!」


 照が必死に止めるも、ゴブ助はガァアッと吠えると彼を押しのけ、棍棒を振りかざして陽斗へ迫る。


「兄さンの仇ィッ!!!」


 棍棒が脳天に振り下ろされるも、陽斗はそれより素早く剣を抜く。

 陽斗を襲うはずだった棍棒は、陽斗の閃光のような一振りで根元から切り落とされて宙を舞う。

 質量を失いバランスを崩したゴブ助に、さらに陽斗の追い打ちの足払い。


 ゴブ助は顔から地面に突っ込み、「ブフッ!」と潰れた声をあげた。


「あーあ、だから言ったじゃないか」

 陽斗はため息をつきながら剣を振り上げる。

「まぁいいや、死んどけ」


 そして足元に転がったゴブ助に向けて剣を振り下ろし――


「やめてよ陽斗兄ちゃん!」


 ――その陽斗の前に照が立ち塞がった。


「っと危ねっ! 何やってんだ照! 魔物なんか庇ったって意味ないだろ?」

「なにも殺すことはないじゃないか! お願い、見逃してあげてよ!」


 照の必死の懇願に、陽斗は


「……ちっ、仕方ない。おいホブゴブリン、見逃してやるから照に感謝しろよ」


 そう言って剣を収めた。

 その様子にホッと胸を撫で下ろす照だったが、倒れたままのゴブ助は屈辱の表情を見せる。

 そして――


「グッ……グァアアアアアアアアアア!!!」


 憤怒の雄たけびを上げて立ち上がった。


「ふざけるナ人間どモ! 人間に兄を殺さレ、人間に手も足も出ズ、その上人間に庇われテ……こんナ屈辱は初めてダ!」

「お、おいゴブ助!もうやめ――」


 ゴブ助を宥めようとした照は、だが最後まで言葉を発することはできなかった、

 ゴブ助がブオンッと振るった腕に、照が凪ぎ飛ばされる。


「――ガハッ!」


 照の体が宙を舞い、近くの木にたたきつけられた。


「オレに馴れ馴れしくするナと言っただろウ! オレは魔物ダ! 人間は敵ダ!」


 吠えるゴブ助に、陽斗は軽く肩を竦める。


「あーあ、だから言っただろ。魔物はしょせん魔物、スキルで縛らなきゃ人間の敵にしかならないんだよ。 マリー、照の手当てを頼む」

「あい分かった」


 陽斗の指示に従い、女王は倒れた照の傍に寄ると「水魔法[ヒールウォーター]」と治癒の水魔法を使った。

 うぅう……とうめき声をあげる照の様子を確認すると、陽斗はゴブ助に向き直る。


「やってくれたな、ホブゴブリン。庇ってくれた照にまで手を上げたんだ、覚悟はできてるだろうな?」


 その瞬間、陽斗の体からゴウッと怒気が放たれ、向かい合うゴブ助を襲った。


「――グッ! グォオオオ……」


 その迫力に気圧されて、ゴブ助は思わず一歩下がって顔を歪めた。

 勝てない相手だと、本能で悟る。


「グゥウ……! 人間メ! 人間メ! 絶対許さなイ! 許さなイ! どうしてダ! どうしてオレはこの程度なのダ! 憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い! 誰かオレにこの憎い人間を殺せるだけの力をくレ! 畜生、畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生、ちくしょォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 ゴブ助の怨嗟の叫び。

 そのとき――。


『条件を満たしました。上位種[ゴブリンキング]に進化を開始します』

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