4-3 連続殺ゴブ事件(捜査編)
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名前:ゴブ助
性別:男 年齢:1歳 種族:ホブゴブリン
状態:なし
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「へえ、きみゴブ助っていうんだ、よろしくね」
「黙レ人間、ぶち殺すゾ!」
「…………」
「女王様の命令だかラ、今は殺さなイ。真犯人とやラを本当に見つけられたら、その時ハ殺すのを勘弁してやル。だガ人間などと仲良くする気などなイ、俺に気安く話しかけるナ」
「……は、はい……」
廃墟に転移させられた翌日。
照はホブゴブリンのゴブ助に連れられ、陽斗と森の女王とともにゴブリンの村に向かっていた。
その道中、照はゴブ助とのディスコミュニケーションを解消しようと、何度か話しかけているのだが……見ての通り取り付く島もない。
「ところで……村に着く前に聞いておきたいのじゃが、その連続殺ゴブ事件というのはどんな事件なんじゃ?」
「それハ……」
女王様に尋ねられ、ゴブ助が答えた連続殺ゴブ事件――。
概要はこうだ。
――数か月前から、村の外に出たゴブリンが切り殺される事件が多発。
発見された遺体の左肩から右脇腹にかけ剣で切られた傷があった事から、何者かに殺害されたのだと推測された。
だがその犯人の正体は一向につかめず、時間が経って同じように切り殺される犠牲ゴブリンが二匹目、三匹目と増えていく。
そして昨日、八匹目の犠牲ゴブリンとして、村の最強の戦士であるゴブ助の兄、ゴブ郎が殺されるに至った――。
「ゴブ郎兄さんも剣で切られて死んでいタ。そして遺体の傍には剣を持った貴様がいタ。どウ考えても犯人は貴様以外にいなイ。真犯人を探すなどト適当な事を言っテ、罪を免れようとしても無駄だからナ」
ゴブ助はギロリと照を睨む。
睨まれた照はアハハ……と引き攣った笑いを見せ、
(確かにその現場だけ見ればボクが犯人だよな……)
と、冷や汗を流すのであった。
*
「コこがゴブリンの村ダ」
ゴブ助がそう言って足を止めたのは、廃墟から一時間ほど歩いた、森の中に建てられた木の柵の前。
木々の間を縫うように、高さ1メートルほどの木の柵が続いている。
その途中、歪んだ鳥居のように丸太が組み立てられていて、おそらくこれが村の入り口、門になっているのだろう。
「こノ柵の中がゴブリンの村ダ。この柵の中は安全だかラ、狩りヤ採取の時以外は外に出てはイけない事になっていル」
「その割にゴブ助は、兄さんを探して外に出てたみたいだけど?」
「…………」
「無視ですか、そうですか……」
「のぉ、ゴブ助」
「ナんでしょうカ、女王様?」
「モンスターが人間を嫌うのは当然じゃが、それでは此奴が犯人を探せんじゃろ。これから質問だけは無視せずに答えよ」
「……承知いたしましタ、女王様」
女王様の言葉に仕方なくといった体で、ゴブ助は照へと向き直る。
「おイ人間、先ほどの疑問に答えるなラ、我々ホブゴブリンは、正確にはこの村の一員ではないからダ。村には住んでいてもゴブリンではないタメ、ゴブリンのルールに従わず好きに行動することが許されていル」
そう会話をしながら、照たちは先ほどの門らしきものをくぐり、ゴブリンの集落へ入った。
木と藁を組み合わせて作った、テントやモンゴルのゲルのような建物が木々の間に立ち並ぶ。
緑の肌で子供くらいの背丈――ゴブリンたちが集まってきて、少し距離を保って照たちの様子を伺っている。
村に人間が入ってきたからなのか、随分と殺気立っている様子。
「皆の者! この人間に手出しをするナ! これは女王様からの命令ダ!」
ゴブ助がそう声をかけると、納得したのかようやくゴブリンたちは殺気を解いた。
まだ周りには大勢のゴブリンがいて、こちらを警戒している様子だが、もう襲ってきそうな気配はない。
「グキャキャキャキャ!」
「キィイイイ――っ!」
そんな中からひときわ小さいゴブリンたちが、楽しそうな声をあげながらゴブ助の下へ駆け寄ってきた。
どうやら制止する大人たちを振り切って、子供のゴブリン達が寄ってきたようだ。
「おオ、ガキどモ、戻ったゾ」
「グキャキャ!」
「む、獲物カ。すまんナ、今日は狩りに出てイたのではないのダ」
「ギィ――……」
「そう言うナ、明日はデカい獲物を獲ってきてヤるかラ」
子ゴブリンたちと戯れるゴブ助。
その様子を見て照が首をひねる。
「……ねぇゴブ助、なんで言葉が通じてるのさ?」
「何となくダ。細かい意味は無理だが大体は感覚で分かル」
そうこうしている内にゴブ助に群がる子供たちは増え、いつの間にやら10匹を超えていた。
「ちょっと……子供多すぎない?」
「……そレも質問なら答えるガ、少し前に赤ん坊が七匹も一気に生まれたからナ、そのせいダ」
「グギャギャ!」
「ギィギィ!」
「三郎も七郎も我儘言うナ。後で遊んでやるかラ」
「三郎に七郎……何だか適当な名前の付け方だね……」
「何を言ウ! 数字の入った名前は我が一族の誇りだゾ!」
「ご、ごめん、立派な名前だね……」
「うム、分かればよイ。あ、こら! 十五郎も三十九美も九十一郎も急に走るナ! 転んでしまうぞ! それと七十四江は……」
(……やっぱり適当じゃないか……)
照は思わずジト目でゴブ助を睨んだ。
と、そこへ――。
「お主らがいつまでも子供と戯れておるから、さっさと頭領を連れてきたのじゃ」
女王様に連れられて、一匹のゴブリンが姿を現す。
「女王様、此奴ですカ。何やら儂に話がある人間というのハ」
ジロリ、と照たちを見回したそいつは、他のゴブリンたちより一回り大きい、だけど杖を突き腰を折り曲げた老ゴブリンだ。
「……ねぇゴブ助、ゴブリンて言葉を話せないんじゃなかったっけ?」
「普通はそうダ。だが長く生きたゴブリンは言葉も覚えル。というヨり喋れるようになるくらイ賢くならなければ、この魔の森でハ生き残れないのダ」
こっそり尋ねる照にゴブ助がそう答えた。
老ゴブリンは照の下へやってくると、下から照を睨め上げる。
「儂ハこの村の頭領、百郎ジャ」
「百郎……また適当な名前を……」
「何が適当ジャ! 百郎ハこの村の頭領だけが名乗る事を許されておル由緒正しイ名前じゃゾ!」
「――す、すみません、超かっこいい名前です!」
「……そうじゃロ、なにせ百は一番数字の大きい名前じゃからナ。かっこいイに決まっておル」
「は、はぁ……」
「それデ、儂に頼み事とはいったいなんジャ?」
「えっと……それは……」
「言っておくガ、儂は何も喋らんぞ!」
「えぇ……」
頭領に凄まれ口ごもる照に、代わってゴブ助が口を挟む。
「頭領、その前に報告があル。兄のゴブ郎が殺されタ」
「……そのようじゃナ」
「謎の犯人に殺されたのはこれで八匹目ダ。
これ以上犠牲が出ル前に犯人を捕まえなければいけなイ。
だカら頭領、この者に村を調べる許可をくレ。
コイツが犯人を見つけ出すらしイ。
そして見つけられなけれバ、コイツの命を貰う事になっていル」
それを聞いた照が慌てて否定する。
「えっ! いつそんな事になったの? ボクそんな約束してないよね!」
「分かっタ、ゴブ助。それなら構わン、その人間がこの村を立ち歩くことを許そウ」
「頭領も! それで納得しないで!」
照の悲痛な叫びは、だが誰も聞いていなかった。
*
照はゴブ助に連れられて村を歩く。
ちなみに陽斗や女王はいない、「もう飽きた」と言って陽斗が消え、女王もそれを追っていった。
一人きりにされるのは怖かったが、「ちゃんと襲わぬよう言い聞かせてあるから大丈夫じゃ」と言った女王の言葉を信じ、照はゴブ助の後を追っていた。
「ここが最初の犠牲になった、四十郎オジの家ダ」
しばらく進んだ後にそう紹介されたのは、木を円錐に組み藁で覆った、縦に細長いテントのような家。
中は一畳半程度の広さで、ゴブリンがいくら小さいとはいえ寝るのが精一杯の広さだろう。
中に置いてあるものも、干された木の実と藁で編まれた布団のようなものくらいだ。
「四十郎叔父はオレにこん棒を使った戦い方を教えてくれた師匠ダ。この村でも三本の指に入る戦士だっタ。どうダ、家を見て何か分かるカ?」
「いや……今回のは通り魔的な犯行っぽいし、被害者の家を調べても何も分からない気が……」
「むぅ、そうなのカ?」
残念そうに眉をひそめるゴブ助に照が尋ねる。
「殺害現場は見れないの? どうやって殺されたのか、状況が解れば手掛かりになるんだけど……」
「そう言われてモ、オレは殺害現場なんか知らないゾ?」
「遺体を見つけたゴブリンに現場がどこか聞くとか……?」
「ゴブリンの記憶力じゃ無理だナ、場所なんてとっくに忘れてるだろウ」
「えぇえ……。それじゃゴブ郎以外の遺体は? みんな左肩から右脇腹に向けて袈裟切りされてたってのは聞いたけど、それ以外で遺体の詳しい状況が何か解れば……」
「残念だがオレが見たのは村に運ばれて来た遺体だけダ。それもすぐ運び出されているかラ、今はもうないゾ」
「ないって……埋葬したって事?」
「埋葬……埋めると言う事か? 仲間だからと言ってそんナもったいない事はしないゾ。食べるか餌にしテ獲物を誘き寄せるカ、使い道はいくらでもあル。とはイえ事件の被害者達の遺体がドうなったカは知らないがナ」
「うぇえ……マジでか……じゃあ誰か話が聞ける人は……」
「遺体にしろ現場にしろ、状況を把握しているのは頭領ぐらいだろうナ。頭領であれバ物事をちゃんト覚えているだろウ。だガ……」
「……あの剣幕じゃ、何を聞いても教えてくれないよね……」
「ではどうすル人間? 諦めて死ぬカ?」
「死なないよ! ……じゃあ一応、他の被害者の家も案内して。他に手がかりもないし仕方ないから……」
「了承しタ」
そうしてゴブ助の案内は続く。
――二件目。
「ここが二番目に犠牲になった七郎オジの家だ」
そうして連れてこられたのも、先ほどと変わらぬ狭い住処だ。
中にほとんど何も無いのも同じ……。
「七郎オジにはよク狩りの仕方を教わっタ。彼もまた勇敢な戦士だっタ……」
「……うん、何も分からないから次行こ」
――三件目。
「三番目に犠牲になった三十九郎オジの家ダ。罠の張り方を教わっタ」
「……次行こ」
――四件目。
「四番目に犠牲になった七十四子オバの家ダ。料理の仕方を教わっタ」
――五件目。
「五番目に犠牲になった九十一郎オジの家ダ。薬草の見分け方を教わっタ」
――六件目。
「六番目に犠牲になった三郎オジの家ダ。武器の作り方を教わっタ」
――七件目。
「七番目に犠牲になった十五美オバの家ダ。交尾の仕方を教わっタ」
……七軒回ったが、全て同じような家だった。
*
(どうすんのコレ……? 全く推理なんてできないんだけど……)
無駄足ばかりで心を折られつつ、照はゴブ助の案内で先に進む。
着いたのは村はずれの、急な斜面がそり立った場所だ。
「ココが最後に犠牲になった、ゴブ郎兄さんの家ダ」
そう言ってゴブ助が指さしたのは、急斜面に開いた洞窟だ。
中を覗くと存外に広く、木でできた棚や水ガメのようなものもあり、他のゴブリンたちの家に比べたら知性のあるインテリアになっている。
……とはいえ幾ら家探しをしても、犯人を突き止めるヒントになるものはありそうもない。
(ど……どうしよう……。犯人の手がかりなんてどこにも無いんですけど……。
というかそれ以前に、探偵でも何でもないボクが、真犯人を探すだなんて土台無理な話だったんじゃ……)
最後の家ですら何も見つけられない状況に、焦りを覚える照。
「ちなみにココはオレの家でもあル。オレはここで兄と住んでいタ」
そんな照に、ゴブ助がゴブ郎との思い出を語りだす。
「ゴブ郎兄さんは、兄といっテもオレの本当の兄ではなイ。
オレは珍しい生まれつきのホブゴブリンだガ、ゴブ郎兄さんは村の中デ、唯一ゴブリンから進化してホブゴブリンに進化した真の強者ダ。
村一番の戦士であり村一番の賢者でもあっタ。
オレに言葉を教えてくれタのもゴブ郎兄さんだったしナ。
そして兄さんハ、この事件で最も犯人を憎んでいたようダ。
犯行が行われルようになってかラ、兄さんはよく言っていたヨ、『強くなって絶対に犯人を殺してやる』っテ。
だかラ……」
「ち、ちょっと待って!」
照が慌ててゴブ助の話を遮る。
「『強くなって絶対に犯人を殺してやる』って事は……。
つまり強くなってからでないと犯人は殺せないって意味だよね?
その言い方だと、ゴブ郎さんは犯人の事を知っていたんじゃないの?」
「うン? ……そウ言われれば確かニそんな風にも聞こえるナ。
まァ兄さんは天才だったかラ、犯人が何者か見抜いていてモおかしくないと思うガ」
「だったらゴブ郎から何か聞いていないの? 犯人が誰か、ヒントになるような事を……」
「うーむ、分からン。兄は何も言ってなかったと思うガ……」
「そっか……」
照はそのまま黙り、考え込んでしまう。
(ゴブ郎が犯人を知っていた……知っていて、復讐しようと考えていたとしたら……)
「……ねぇゴブ助、一つ聞きたいんだけど」
「なんダ?」
「ゴブ郎さんが強くなろうとしていたって、ゴブリンも敵を倒してレベルアップしたりするの?」
「……? 当然だロ? 人間も魔物も、自分以外の生き物を殺してレベルアップするのは変わらんゾ?」
「そうか……だったら……そういう事か……」
「どうしタ? 何か分かったのカ?」
尋ねるゴブ助に答える照。
「ああ……スキルじゃ見れない真実が見えたよ」
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