第四章「とんでも転移で異世界放浪探偵」
4-1 オレの妹は小学生ですでにFカップ
*前回のおさらい*
アーノルド城、転移の魔法陣のある間にて――。
魔法陣に立たされた照に、ウェルヘルミナが語り掛ける。
「せっかくなのでテル様で実験しちゃおうかと思っていますの。
~中略~
この魔法陣を使ってランダムテレポートでもやってみようかと。
~中略~
それでは行きますよ~」
ウェルヘルミナが杖を振るうと、照の足元の魔法陣が光り出す。
「ちょっ! まっ! うわぁああああああああああああああっ!」
光がとめどなくあふれ出て、照の姿はその輝きの中に消えていった――。
1
済んだ星空の中、僅かに欠けた月が浮かんでいる。
「……ここ何処?」
照は慌てて身を起こし、辺りを見回す。
月明かりに照らされ、崩れたレンガの壁に囲まれているのが見えた。
壁にはびっしりツタが生えていて、その様子から今いる場所が、長い間放置された廃墟だと分かる。
瓦礫の所々に立派な装飾が散見され、元は立派な屋敷か城だったのではないかと推測される。
だが今は、壁は半分以上崩れて天井もなく、長年野晒しの状態であったため見る影もない。
(森の中の廃墟……?)
照はようやく状況を把握し始めた。
(これは……助かった……のかな? SSR並みの生存確率だって言われた中で、自然の中に放り出されるよりは運がいい方だとは思うけど……)
足元に目をやると、石畳の床に見覚えのある魔法陣がある。
七芒星を模った魔法陣。
照はそれに[探偵の鑑定眼]を使う。
――――――――――――――――――――
(転移の魔法陣)
同じ魔法陣同士を介して、瞬間移動ができる魔法陣。
だが対となるもう一つの魔法陣はすでに無く、今は使用することはできない。
――――――――――――――――――――
(……これってボクが飛ばされたのと同じタイプの魔法陣だよね)
かつてこの廃墟で使われていた魔法陣が、建物を廃棄するのと同時に放置されたものではないかと想像される。
(ウェルヘルミナはランダムテレポートだって言ってたけど……偶然じゃなくて、この魔法陣に引き寄せられたって感じなのかな?
……でも、これってチャンスじゃない?
ここに人の気配はないけど、少なくとも人が住んでいた実績はあるんだから。
だとしたらここから人の生活圏が近い事は十分あり得るじゃないかな?)
そう考え、照は小さくガッツポーズをとる。
(よーし、希望が見えてきたぞ!
乃愛先輩たちの事は気になるけど、今はまず自分の安全を確保しないと!
見てろ、ウェルヘルミナめ! 生き残って絶対に反撃してやるからな!)
そして散策を始めようと立ち上がる照。
だが今は夜で辺りは真っ暗だ。
今いる場所は元が広い屋敷だったのか、開けていて月明かりを遮るものもないため、ある程度の視覚が確保されている。
だが廃墟の外となると、怪しい暗闇が広がるばかりで探索どころではないだろう。
(どうすればいいんだろ? この暗闇の中を外に出るわけにはいかないよな……。
……てか、そもそもここ何処?
何か場所が分かるモノがあれば……)
照が改めて周りを見回すと、廃墟の柱に紋章のようなものがあるのを見つけた。
その紋章を鑑定してみる。
――――――――――――――――――――
[アグリッパの紋章]
三百年前に生きた魔導士アグリッパの紋章。
多大な魔力で様々な戦功を挙げ、『虐殺の大魔導士』と呼ばれる。
晩年は魔の森の奥に居を構え、人と関わらずに余生を過ごした。
現在も魔の森の奥には彼の過ごした屋敷があると噂されているが、そこへ繋がる転移の魔法陣は破棄されており行くことはできない。
――――――――――――――――――――
その鑑定結果を見て、照はツゥ……っと冷たい汗を流す。
(『虐殺の魔導士』は故人だからいいとして……。
え? 魔の森? この廃墟ってそんな物騒な名前の森にあるの?
『行くことはできない』って……今、ボク来ちゃってるんですけど……。
そんな場所にレベル1で来ちゃったの? え、コレ積んでね?)
怖い方向に考えが行き、照は自分を
(……い、いやいや、まだそうと決まったわけじゃない、冷静に冷静に……)
(とにかく今は、暗闇を何とかしないと……そうだ、試しに……)
「[探偵の魔探眼]!」
照はスキルを発動させる。
[探偵の魔探眼]は、使われたスキルの痕跡を見る事ができるスキルなのだが……。
(う~ん……やっぱり暗闇の中は見えないな。暗視的な使い方ができるんじゃないかと期待したんだけど……おや、なんだアレ?)
崩れた壁の向こう側、廃墟の外の少し離れた場所にある山積みになった瓦礫の隙間から、わずかに白い靄のようなものが立ち上っているのが見えた。
照は暗闇の中を慎重に近付き、少しずつ瓦礫を取り除いていく。
撤去作業を続け、ようやく土の地面が見えてきたころ、瓦礫の下から鞘に入った剣が姿を現した。
刀身は60センチ程度、柄や鞘には豪華な装飾がなされた剣だ。
[探偵の魔探眼]で見た白い靄のようなものは、その剣から発生しているようだ。
――――――――――――――――――――
[光の属性剣]
光魔法がエンチャントされた鉄製の諸刃剣。
魔法剣ではあるが観賞用に作られたものなので、普通の剣と同程度の切れ味しかない。
数百年も放置されていたせいで柄や鞘に錆びはあるが、刀身は無事。
効果:攻撃+10 光属性付与
――――――――――――――――――――
照が剣を鑑定してみると、観賞用の剣だと分かった。
おそらく廃墟に住んでいたアグリッパさんが、退去の際に忘れていったものではないだろうか。
偶然の拾い物に感謝しつつ、照は剣を鞘から抜こうと試みる。
錆びのせいか多少の抵抗を感じたが、「ぐぬぬ……」と力任せに引き抜くと……。
シャキンッと解き放たれたその刀身は、周囲を照らす程度の淡い光を放っていた。
(おおっ、これは便利だね! 懐中電灯代わりになるよ)
ようやく視界を確保した照は、剣を掲げて辺りを確認する。
そして――
「きゃぁああああああああああああっ!」
――照の悲鳴が夜の森に響き渡った。
照のいる場所から5メートルほど、廃墟の敷地と森の境にある木の根元に、血を流して倒れている人影を見つけたからだ。
「ちょっ……! ……だ、大丈夫? もしかして死んでるの……?」
照は恐る恐る近寄ると、その人影に向かって[探偵の鑑定眼]を使う。
――――――――――――――――――――
[ホブゴブリンの死体]
死後まだ一時間程度のホブゴブリンの死体。
死因は胸の刀傷からの失血死。
――――――――――――――――――――
「ホブ……ゴブリン……?」
思いもしない鑑定結果に、照は改めて倒れた人物を観察する。
服は腰蓑だけで右手に剣を持ち、仰向けに倒れたその男は、右肩から左脇腹にかけてザックリと切られた跡があった。
身長はほぼ人間と同じだが、肌が緑色をしており、深く窪んだ目の上に眉はなく、突き出た大きな鼻に、耳元まで避けた口からは上下に向かって牙が生えている。
明らかに人間とは違うその姿に、照はそれがモンスターであるとようやく理解した。
鑑定結果からさらに、[ホブゴブリン]を二重鑑定してみる。
――――――――――――――――――――
[ホブゴブリン]
ゴブリンの上位種。
体躯は人間とほぼ同じで、中堅冒険者と同程度の身体能力を有する。
知能は通常のゴブリンより高く、どの個体も人語を理解する程度には頭がいい。
――――――――――――――――――――
(中級冒険者と同じ強さ……しかも殺されてるって……。
え、この森、コイツ以上のモンスターがゴロゴロいるの?
って事は……やっぱりここ、魔の森じゃん!
絶対ヤベーとこじゃん!)
照がその事実に戦々恐々としていると、ガサリッという音をたてて近くの茂みが揺れた。
思わず「ひぃっ!」と悲鳴を上げ、照は音のした方を注視する。
茂みを掻き分け現れたのは、緑の肌をした人型モンスター――足元に倒れているのと同じホブゴブリンだった。
(あわわ……騒いだからモンスターを引き寄せちゃったのか?)
バッチリと目が合い、逃げ出すこともできない。
(だ……ダメだ……殺されちゃう……)
照は思わず死を覚悟した。と、そこへ……。
「むゥ……人間、どうしてこんな所にいル?」
ホブゴブリンから発せられた言葉。
(……アレ? 言葉が分かるの? ……もしかして話せばわかってくれる系のモンスターかな?)
意思疎通ができることに、一縷の希望を持つ照だったが……。
「そ……それハ、ゴブ郎兄さン!」
ホブゴブリンは足元にあった死体を見るなりそう叫び、駆け寄るとその亡骸に縋りついた。
「ゴブ郎兄さン……兄さんガ、どうしてこんな姿ニ……?」
「ゴ……ゴブ郎兄さん……? もしかしてお知り合いですか……?」
「……人間、お前カ? お前がやったのカ?」
そう言うとホブゴブリンは、手に持った棍棒を構えて照を睨みつけた。
(……アレ? もしかしてボクが殺したと勘違いされてる?)
「ちょ、ちょっと待って? ボクじゃないから! 確かに光る剣を持って、見るからに怪しい出で立ちだけど、違うから! ホラぼく悪イ人間ジャナイヨ?」
思わず片言になるほど必死に言い訳をする照だったが、ホブゴブリンは全く聞いていない。
「おのレェッ! 兄さンの仇ッ!」
「ちょっ! まっ!」
ホブゴブリンの振り上げた棍棒が照に迫る!
「うわぁあああっ! 誰か助けてぇえっ!」
その瞬間――
「聖剣スキルレベル1[セントスラッシュ]!」
そんな掛け声とともに白く輝く斬撃が飛来し、照とホブゴブリンの間の地面をザックリと切り裂いた。
「――ッ! ぐぅウッ、な、何ダ?」
二人を引き離すように放たれた斬撃に、ホブゴブリンは思わず怯み照から距離を取る。
そして剣撃の放たれた方向を探るように睨みつける。
その方向から姿を現したのは一組の男女だ。
「どうしてこんなところに女の子がいるんだ? ここは魔の森の最深部だぞ?」
照を見てそう言ったのは男性の方だ。
右の腰に剣を下げ、冒険者然とした服装に端正な顔。
異世界エスセリオでは珍しい、日本人のような黒目黒髪。
というより……。
(……あれ? この人、見覚えが……)
「キミみたいな可愛い子がいる場所じゃないだろう……ってどうした? 人の顔をじっと見て?」
「……って、ああっ! 思い出した!」
「なんだ、オレの事知ってるのか? キミみたいな可愛い子、会っていたら忘れないと思うんだけど……」
「もしかして、陽斗兄ちゃん! そうだ、陽斗兄ちゃんだよね?」
「ああん? 確かにオレはハルトだが、お前のような妹はいないぞ? オレの妹は小学生ですでにFカップだった、天使のように可愛い陽莉だけだ」
「やっぱり……間違いない。この人、陽莉の兄ちゃんだよ……」
ガックリと肩を落としながら、相手の男が『陽斗兄ちゃん』だと確信する照。
と、そこへ――
「おイッ! 貴様ラ何を勝手に喋っていル!」
――そんな二人に向かって、ホブゴブリンが吠えた。
邪魔をされたことに対し切れた態度を見せる。
「貴様が邪魔をシたのか! 許さんゾ、その人間の味方をする気なラ、纏めて殺してやル!」
その瞬間――
「ほう……其方、我が主を殺すと申したか?」
――凄まじい殺気を放ちながらそう言ったのは、陽斗の陰に隠れていた妖艶な女性。
見事なプロポーションの上に、水着も斯くや、という露出度の高い黒のドレスを着用している。
豊かに波打つ黒髪を腰まで伸ばし、肌は一切の生気を感じないほど真っ白だ。
「主に牙を向けるなら、例え我が森の住民でも許さぬぞ?」
「ナッ! 貴女は魔の森の女王さマ!」
自分に敵意を向けてきたその女性を確認し、ホブゴブリンは驚愕の表情を見せた。
「どウして女王様が人間の味方なド……!」
「なんじゃ、其方は知らんのか? うーむ、見たところお主、まだ一歳にも満たん若造じゃろ? 生まれつきの上位種とは珍しいが、それなら知らんのも無理はない」
そう言うと間の森の女王と呼ばれた女性は、色っぽい仕草で陽斗にしな垂れかかる。
「今の妾はこのハルトの従魔じゃ。その証として『マリー』という名ももろうておる」
「ナッ! 女王様が従魔? 信じられなイ……」
「お主がどう思おうが、この人間が妾の主じゃ。そして主の旧友であるそこな女も、妾にとっては大事な客人じゃ」
「し、しカし女王様! その者は我が兄を殺したのでス! 仇を討たねば納得できませン!」
「フム、殺された兄というのはそこな遺体じゃな? ……おいお主!」
魔の森の女王が照へと語り掛ける。
「はっ、はい! なんでしょうか?」
「そのボブゴブリンを殺したのは汝か?」
「いえ、違います! そもそもレベル1のボクに倒せるモンスターなんて、このヤベー森にはいないと思います!」
「なるほど、真理よのぉ。確かに貴様は並みのスライムよりも弱そうじゃ」
うんうんと頷くと、女王はホブゴブリンに向き直る。
「お主も此奴がお主の兄より強いとは思わんじゃろ? なら此奴は犯人ではない。納得したかえ、童っぱ」
「しかシ……その者が犯人でなけれバ、誰が犯人だと言うのでス!」
「知らぬよ、そのような事。ともかく此奴は関係ない。兄の遺体を抱えて早う去れ」
「グゥウ……承知いたしましタ、女王様」
ホブゴブリンは顔を歪ませつつ、絞り出すように返事をすると、兄の遺体を担いで去っていった。
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