3-2 異世界転移怖いです……



 朝弥が通された応接室には、二人の人物が待ちぼうけていた。

 その人物を見て、朝弥はホッと胸を撫でおろす。


(とりあえず照はいないな。じゃあアイツはまだ生きてる可能性があるんだ……)


 朝弥は改めて二人を見る。


 一人は朝弥と同じ制服を着た、だけども見るからに外国人――ブロンドで白人の少年。

 それもハリウッド映画に出てきそうな爽やか美少年だ。


 もう一人は丈のあっていない、ヒラヒラの貴族っぽいブラウスを羽織った銀髪の幼女。

 こちらも花のようにかわいい女の子で、誰しもが保護欲をそそられるであろう、愛らしい容姿をしている。


(何だこの子? 耳がやけに長くて尖ってるけど……」


 あまりゲームをしない朝弥は知らない様子だが、その幼女はいわゆるエルフというやつだった。


「あー! お主は櫻井殿ではござらんか!」


 朝弥に気付いたブロンドの少年がそう叫び、彼の元へと駆け寄ってきた。

 自分の名前を呼ぶ少年に、しかし朝弥は全く見覚えがない。


「まさかお主も転移を? くっ! 拙者の『爆発してほしいリア充ランキング第2位』のお主までここに来てしまったら、拙者の異世界主人公ライフが侵されてしまうではござらんか!」

「ちょ、ちょっと待て。お前誰だよ? オレに外人の知り合いなんていないぞ?」

「……うほっ! そうでござった、いまの拙者はお主に負けぬくらいのイケメンでござるから、誰だか分らぬのも無理はない。フッフッフ、仕方がないから教えてやるでござる」


 そこで少年は、勿体つけるように間を置くと、ふわっと髪をかき上げながら告げる。


「拙者の名前は鏑木昴! お主と同じクラスのアニメ部副部長でござるよ!」


「鏑木って……ああっ、えっと……うぅん……?」

「ぬぁっ! 覚えてないと? スクールカースト最下位のゴミなど覚えておく価値もないというでござるか?」

「……あーいや、名前は覚えてるんだけど、あまりに姿が違い過ぎて、脳が上手く処理しきれなくてさ……」

「くぅう、元の拙者は脳がエラーを起こすほどブサイクだったとでもいうでござるか!」


 朝弥の言葉にショックを受ける昴。


 だが朝弥が戸惑うのも無理はない。

 日本にいた頃の彼は――テカテカした黒髪のセンター分けで、瓶底のような眼鏡を掛けた小太りな少年。

 そのスタイルと口調や言動が、まさにオールドタイプのオタクだった。

 それがこれほどの美少年になっていたら、誰だって戸惑って当然だろう。


 もちろん朝弥も同じ疑問を、そのブロンドの少年――鏑木昴――に尋ねる。


「……つか、キミがあの鏑木だとして、どうしてそんな姿になってるんだ?」

「フフン、異世界転移で年齢や外見が変わるのはお約束でござるよ」

「そうなのか? ……でもオレ、何も変わってないけど……?」

「……くっ! 自分に何のコンプレックスもない奴はこれだから……! 死ねばいいのに! 死んだけど!」


 悔しそうに昴はガシガシと地団駄を踏んだ。


(……そうか、こうして姿が変わっちゃうこともあるのか。だったらこの子は……?)


 朝弥はふと、エルフの幼女を見る。

 目が合うと幼女はニッコリと笑った。


「えっと……キミは……?」

「リッカちゃんだよ!」

「ああ、リッカって名前なんだ……で、苗字は?」

「リッカはリッカだよ?」

「いや、だから……」

「だからリッカはリッカなの! リッカちゃんて呼んでね?」

「…………」


(アレ? この子、本当に幼女? 来訪者ってやつじゃないのかな?)


 そのリッカという幼女の態度に、朝弥は自分が間違っているのかと訝しむ。


(陽莉も鏑木もオレの知ってるヤツだったから、この子もオレの知り合いで、姿が変わっちゃったのかと思ったけど……。どうやら勘違いだったみたいだな、態度からして本物の子供みたいだし……)


 そう結論付けて、うんうんと頷く朝弥。

 だが――


「ほら、リッカちゃんて呼んでってば! 早く、早くぅ!」

「わ、分かったよ、リッカちゃん……?」

「エヘヘ、ありがと朝弥お兄ちゃん!」


 ニッコリ笑うあざとい幼女。

 思わず微笑み返してしまいそうな満面の笑顔。


 しかし、それを見た朝弥は――

(朝弥お兄ちゃん……? どうして俺のファーストネームを……?)

 ――背筋をゾクリと冷たいものが走るのを感じた。


(――やっぱりコイツ、オレの知ってる人間か!

 誰だ、こんな幼女になりきって平気な奴は……?

 ……ヤバい、誰であっても寒すぎる……)


 朝弥が戦慄を受けていると、公爵のにこやかに話しかけてくる。


「おお、来訪者同士、もう仲良くなったようだな。何よりだ」

「フン、拙者はリア充なんかと仲良くなる気はないでござる!」

「リッカちゃんは誰とでも仲良しさんだよ!」

「怖いです、異世界転移怖いです……」


 知人二人の変わり果てた姿を見て、心底そう思う朝弥だった。





「ともかくこれで四人、まだ半分だ。来訪者諸君は退屈だろうが、あと四人が転移してくるのを待って……」

「大変です、クニミツ様!」


 公爵の言葉を途中で遮るように、応接間に兵士が飛び込んできた。


「なんだ、騒がしい。何があった?」

「それが……転移の魔法陣の光が消えました!」

「何だと! いったいどういう事だ?」


 兵士の言葉を聞き、慌てる公爵。

 巫女姫が聞いた女神のお告げによれば、今回の転移で送られてくる来訪者は八人。

 その半分しか送られていない状態で、異世界からのパスが途切れるなど前代未聞の事だ。


「たしかな事は調査中ですが、巫女姫のヒミコ様によると、異世界とのパスが何者かによって強引に切られたようだと……」


「何っ、人為的な妨害だと?

 うぅむ……そんなことをしでかしそうな奴はあの者しか……。

 いや、まだ断定はできんな。

 ヒミコには引き続き捜査を進めよと伝えて……いや待て。

 来訪者の安全は我がイストヴィア家の一大事だからな、娘にだけ任せてはおれん。

 これより調査は我が全面的に指揮を執る!

 代わりに……サヤカ!」


 公爵は、傍に秘書のように控えていた一人の女性を名指しした。

 メガネをかけて文官のようだが、手に持つ長い装飾のついた杖を見るに魔法使いなのだろう。

 そのサヤカと呼ばれた女性は、「はっ! クニミツ様」と返事をし、一歩前へ出て侯爵と並んだ。


「彼らの事はキミに任せる。先輩として面倒を見てやってくれ」

「承知いたしました、お任せくださいクニミツ様」

「頼んだぞサヤカ!」


 そう言い残し、公爵は応接間を出て行った。

 その後姿を眺めウットリし、腰をクネクネとする彼女。


「あ~ん、颯爽と去るあの後ろ姿! 相変わらずクニミツ様はダンディでス・テ・キ!」


 突然見せるその姿に、周りの人間は若干引き気味だ。

 その雰囲気を察し、彼女はコホンと咳をし、一拍置いて挨拶をする。


「……という訳で、キミたちの面倒は私が見る事になりました、イストヴィア魔法私兵団団長サヤカ・ユウギリです。よろしく」

「むむむ、拙者至上ナンバー1の眼鏡美人なのに、おっさん好きなんて残念過ぎるでござる……」


 相手の性癖に対して口惜しさを滲ませる昴。


「サヤカ・ユウギリ……何だか名前だけでなく、苗字も日本人みたいですね」


「それはそうよ。

 私は六年前にこの異世界に転移してきた、いわばあなたたちの先輩よ。

 だから『様』はいらないわ。

 日本人として名乗るなら夕霧清霞。

 この世界ではファーストネームで呼び合うのが普通だから、私の事は清霞と呼んでね」


「分かりました、清霞さん。櫻井朝弥です、よろしくお願いします」

「リッカだよ、よろしく~!」

「拙者は鏑木昴でござる」


 自己紹介が終わり、満足そうに頷く清霞。


「それじゃあ予定より早いけど、成人の儀に向かいましょうか」

「成人の儀?」

「この世界の人間が十二歳で全員受けている儀式よ。人はそこでジョブを授かって……いわゆるゲームで言うところの魔法やスキルを覚える事ができるのよ」

「うっひょー! チートイベントきたー!」

「詳しい話は歩きながらするわ。早速行きましょう」

「ちょっ、ちょっと待ってください、清霞さん!」

「どうしたの、朝弥くん?」


「……少しだけ時間をください」


 そう言い残して朝弥は応接室を出た。





 そうしてやってきたのは例の部屋。

 朝弥はコンコンとノックして話しかける。


「陽莉、出てきてくれないか? 今から大事なイベントがあるらしいんだ、一緒に行こう。……頼む陽莉、顔を見せてくれ。キミと話したくて仕方ないんだ。だから……」


 だが扉の向こうからの返事はない。


「……まだ心の整理がつかないのか? だったら待つよ、キミが落ち着くまで……。陽莉、また来る。キミがドアを開けてくれるまで、何度でも来るから」


 そう言い残し、朝弥は清霞たちの待つ応接間に戻っていった。

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