3-2 異世界転移怖いです……
*
朝弥が通された応接室には、二人の人物が待ちぼうけていた。
その人物を見て、朝弥はホッと胸を撫でおろす。
(とりあえず照はいないな。じゃあアイツはまだ生きてる可能性があるんだ……)
朝弥は改めて二人を見る。
一人は朝弥と同じ制服を着た、だけども見るからに外国人――ブロンドで白人の少年。
それもハリウッド映画に出てきそうな爽やか美少年だ。
もう一人は丈のあっていない、ヒラヒラの貴族っぽいブラウスを羽織った銀髪の幼女。
こちらも花のようにかわいい女の子で、誰しもが保護欲をそそられるであろう、愛らしい容姿をしている。
(何だこの子? 耳がやけに長くて尖ってるけど……」
あまりゲームをしない朝弥は知らない様子だが、その幼女はいわゆるエルフというやつだった。
「あー! お主は櫻井殿ではござらんか!」
朝弥に気付いたブロンドの少年がそう叫び、彼の元へと駆け寄ってきた。
自分の名前を呼ぶ少年に、しかし朝弥は全く見覚えがない。
「まさかお主も転移を? くっ! 拙者の『爆発してほしいリア充ランキング第2位』のお主までここに来てしまったら、拙者の異世界主人公ライフが侵されてしまうではござらんか!」
「ちょ、ちょっと待て。お前誰だよ? オレに外人の知り合いなんていないぞ?」
「……うほっ! そうでござった、いまの拙者はお主に負けぬくらいのイケメンでござるから、誰だか分らぬのも無理はない。フッフッフ、仕方がないから教えてやるでござる」
そこで少年は、勿体つけるように間を置くと、ふわっと髪をかき上げながら告げる。
「拙者の名前は鏑木昴! お主と同じクラスのアニメ部副部長でござるよ!」
「鏑木って……ああっ、えっと……うぅん……?」
「ぬぁっ! 覚えてないと? スクールカースト最下位のゴミなど覚えておく価値もないというでござるか?」
「……あーいや、名前は覚えてるんだけど、あまりに姿が違い過ぎて、脳が上手く処理しきれなくてさ……」
「くぅう、元の拙者は脳がエラーを起こすほどブサイクだったとでもいうでござるか!」
朝弥の言葉にショックを受ける昴。
だが朝弥が戸惑うのも無理はない。
日本にいた頃の彼は――テカテカした黒髪のセンター分けで、瓶底のような眼鏡を掛けた小太りな少年。
そのスタイルと口調や言動が、まさにオールドタイプのオタクだった。
それがこれほどの美少年になっていたら、誰だって戸惑って当然だろう。
もちろん朝弥も同じ疑問を、そのブロンドの少年――鏑木昴――に尋ねる。
「……つか、キミがあの鏑木だとして、どうしてそんな姿になってるんだ?」
「フフン、異世界転移で年齢や外見が変わるのはお約束でござるよ」
「そうなのか? ……でもオレ、何も変わってないけど……?」
「……くっ! 自分に何のコンプレックスもない奴はこれだから……! 死ねばいいのに! 死んだけど!」
悔しそうに昴はガシガシと地団駄を踏んだ。
(……そうか、こうして姿が変わっちゃうこともあるのか。だったらこの子は……?)
朝弥はふと、エルフの幼女を見る。
目が合うと幼女はニッコリと笑った。
「えっと……キミは……?」
「リッカちゃんだよ!」
「ああ、リッカって名前なんだ……で、苗字は?」
「リッカはリッカだよ?」
「いや、だから……」
「だからリッカはリッカなの! リッカちゃんて呼んでね?」
「…………」
(アレ? この子、本当に幼女? 来訪者ってやつじゃないのかな?)
そのリッカという幼女の態度に、朝弥は自分が間違っているのかと訝しむ。
(陽莉も鏑木もオレの知ってるヤツだったから、この子もオレの知り合いで、姿が変わっちゃったのかと思ったけど……。どうやら勘違いだったみたいだな、態度からして本物の子供みたいだし……)
そう結論付けて、うんうんと頷く朝弥。
だが――
「ほら、リッカちゃんて呼んでってば! 早く、早くぅ!」
「わ、分かったよ、リッカちゃん……?」
「エヘヘ、ありがと朝弥お兄ちゃん!」
ニッコリ笑うあざとい幼女。
思わず微笑み返してしまいそうな満面の笑顔。
しかし、それを見た朝弥は――
(朝弥お兄ちゃん……? どうして俺のファーストネームを……?)
――背筋をゾクリと冷たいものが走るのを感じた。
(――やっぱりコイツ、オレの知ってる人間か!
誰だ、こんな幼女になりきって平気な奴は……?
……ヤバい、誰であっても寒すぎる……)
朝弥が戦慄を受けていると、公爵のにこやかに話しかけてくる。
「おお、来訪者同士、もう仲良くなったようだな。何よりだ」
「フン、拙者はリア充なんかと仲良くなる気はないでござる!」
「リッカちゃんは誰とでも仲良しさんだよ!」
「怖いです、異世界転移怖いです……」
知人二人の変わり果てた姿を見て、心底そう思う朝弥だった。
*
「ともかくこれで四人、まだ半分だ。来訪者諸君は退屈だろうが、あと四人が転移してくるのを待って……」
「大変です、クニミツ様!」
公爵の言葉を途中で遮るように、応接間に兵士が飛び込んできた。
「なんだ、騒がしい。何があった?」
「それが……転移の魔法陣の光が消えました!」
「何だと! いったいどういう事だ?」
兵士の言葉を聞き、慌てる公爵。
巫女姫が聞いた女神のお告げによれば、今回の転移で送られてくる来訪者は八人。
その半分しか送られていない状態で、異世界からのパスが途切れるなど前代未聞の事だ。
「たしかな事は調査中ですが、巫女姫のヒミコ様によると、異世界とのパスが何者かによって強引に切られたようだと……」
「何っ、人為的な妨害だと?
うぅむ……そんなことをしでかしそうな奴はあの者しか……。
いや、まだ断定はできんな。
ヒミコには引き続き捜査を進めよと伝えて……いや待て。
来訪者の安全は我がイストヴィア家の一大事だからな、娘にだけ任せてはおれん。
これより調査は我が全面的に指揮を執る!
代わりに……サヤカ!」
公爵は、傍に秘書のように控えていた一人の女性を名指しした。
メガネをかけて文官のようだが、手に持つ長い装飾のついた杖を見るに魔法使いなのだろう。
そのサヤカと呼ばれた女性は、「はっ! クニミツ様」と返事をし、一歩前へ出て侯爵と並んだ。
「彼らの事はキミに任せる。先輩として面倒を見てやってくれ」
「承知いたしました、お任せくださいクニミツ様」
「頼んだぞサヤカ!」
そう言い残し、公爵は応接間を出て行った。
その後姿を眺めウットリし、腰をクネクネとする彼女。
「あ~ん、颯爽と去るあの後ろ姿! 相変わらずクニミツ様はダンディでス・テ・キ!」
突然見せるその姿に、周りの人間は若干引き気味だ。
その雰囲気を察し、彼女はコホンと咳をし、一拍置いて挨拶をする。
「……という訳で、キミたちの面倒は私が見る事になりました、イストヴィア魔法私兵団団長サヤカ・ユウギリです。よろしく」
「むむむ、拙者至上ナンバー1の眼鏡美人なのに、おっさん好きなんて残念過ぎるでござる……」
相手の性癖に対して口惜しさを滲ませる昴。
「サヤカ・ユウギリ……何だか名前だけでなく、苗字も日本人みたいですね」
「それはそうよ。
私は六年前にこの異世界に転移してきた、いわばあなたたちの先輩よ。
だから『様』はいらないわ。
日本人として名乗るなら夕霧清霞。
この世界ではファーストネームで呼び合うのが普通だから、私の事は清霞と呼んでね」
「分かりました、清霞さん。櫻井朝弥です、よろしくお願いします」
「リッカだよ、よろしく~!」
「拙者は鏑木昴でござる」
自己紹介が終わり、満足そうに頷く清霞。
「それじゃあ予定より早いけど、成人の儀に向かいましょうか」
「成人の儀?」
「この世界の人間が十二歳で全員受けている儀式よ。人はそこでジョブを授かって……いわゆるゲームで言うところの魔法やスキルを覚える事ができるのよ」
「うっひょー! チートイベントきたー!」
「詳しい話は歩きながらするわ。早速行きましょう」
「ちょっ、ちょっと待ってください、清霞さん!」
「どうしたの、朝弥くん?」
「……少しだけ時間をください」
そう言い残して朝弥は応接室を出た。
*
そうしてやってきたのは例の部屋。
朝弥はコンコンとノックして話しかける。
「陽莉、出てきてくれないか? 今から大事なイベントがあるらしいんだ、一緒に行こう。……頼む陽莉、顔を見せてくれ。キミと話したくて仕方ないんだ。だから……」
だが扉の向こうからの返事はない。
「……まだ心の整理がつかないのか? だったら待つよ、キミが落ち着くまで……。陽莉、また来る。キミがドアを開けてくれるまで、何度でも来るから」
そう言い残し、朝弥は清霞たちの待つ応接間に戻っていった。
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