第三章「ゼロからはじまる異世界狂騒曲」

3-1 朝弥の場合――

プロローグ


 ――次元の狭間にある真っ白な空間。


(……何だろう、ここ? オレは何でこんなところに……?)


 櫻井朝弥は不思議な光景に戸惑う。


(確か爆破事件に遭遇して、慌てて学校に駆け付けて……。

 走り出した照を追って……そして……。

 ……そうだ、俺は死んだんだ。

 だけど……。

 ああ、ひょっとして……これは夢か……?)


 朝弥はいろいろと考えを巡らし、ようやく思考がまとまってきた。

 

「……というわけで、貴方には剣と魔法のファンタジーな世界に転移していただきます。チートは一律同じものになりますので、リクエストは受け付けません。……って、聞いてますか?」


 先ほどからそうやって朝弥に話しかけてくるのは、全身が真っ白な不思議な少女だ。

 女神を自称する彼女の話。

 一応聞いてはいるのだが、朝弥にはその内容がいまいちよく分からない。


「えっと……チートって何?」

「そこからですか、厄介な……。貴方、ラノベとか読まない人ですか?」

「友達は読んでたけどオレは全然……そうだ、『時をかける少女』なら読んだことが……」


「――『時かけ』はラノベじゃありませんっ!!!」


「ひぃっ! ごめんなさい!」


「日本SFの名作をラノベ扱いなんて、いくら死んだからって許されませんよ!」

「……いま一瞬阿修羅が見えたような……」


 あまりの剣幕に怯む朝弥。

 怒りのままに話を進める自称女神様。


「ともかくですね……あーめんどくさい! 送り出さなきゃいけない人間はまだ半分も残ってるのに……。 もういいや、キミはサクッと異世界に転移しちゃいましょう! だから私が『心の準備は出来ましたか?』と聞いたら『はい』と答えてくださいね」

「……は、はい?」

「あ、今『はい』って答えましたね? オッケー、それじゃ送っちゃいまーす!」

「いや、今のは肯定じゃなくて疑問形の『はい』で……」


「それじゃ、さようなら~」


 自称女神の合図で、再び朝弥の意識が薄らいでゆく……。


(……変な夢だったなぁ…………)


 朝弥は消えながら、のんきにそんな事を考えていた。





 巨大な祭壇があった。

 大きさは一辺が25メートルほど、巨大なレンガが積み上げられたそれは、四角いピラミッドの上半分を切り除いたような形をしていた。


 その上面中央には、怪しげに光る魔法陣。

 直径10メートルはあるその大きな魔法陣を、数名の法衣の様なものを着た女性と、大勢のヨーロッパの甲冑を着た兵士たちが取り囲んでいる。

 そして……その魔法陣の光の中から、滲み出るように朝弥が姿を現した。


 周囲の兵士たちから「おおっ!」というどよめきが起こる。


(……アレ? まだ夢の続き?)


 朝弥が呆気にとられていると、兵士たちの先頭にいた、ひときわ立派な衣装をまとった大柄の男が歩み寄る。


「異世界エスセリオへようこそ、四人目の来訪者殿。我はクニミツ・イストヴィア公爵。其方の来訪を歓迎する」

「は……はぁ……」


 自分を公爵と名乗ったその男。

 大柄で短い金髪に顎髭を蓄え、精悍な目つき、年は四十代後半だが、まだ三十代で充分通用するだろう壮健な肉体をしている。

 その公爵が差し伸べてきた手を取り、朝弥は体を起こして立ち上がった。


「さぁ来訪者殿、付いてきたまえ」


 そう言って公爵は、朝弥を先導するように歩き出す。

 その様子と、実感のある手の感触に朝弥は……。


「……あれ? これって……夢じゃなくね?」


 ようやく現実だと理解したのだった。





 ヨーロッパの歴史に出てくるような城の中を、公爵様直々に案内される朝弥。


「……と、これが異世界転移というものだ。分かってもらえたかな?」


 歩きながらレクチャーを受ける朝弥は、次第に状況が理解できはじめていた。


(……つまり、死んだせいでゲームみたいな世界に飛ばされたって事か……)

(まだ夢でも見てるような気がするけど……でも間違いなく現実だよなコレ……)


「ところで……お主の名前は何というのだ?」

「え、っと、櫻井朝弥です、公爵様」


 相手が偉い人だと分かり、使い慣れない敬称を使う朝弥。


「公爵などと呼ばれるのはむず痒いな。我の事はクニミツと呼ぶが言い、トモヤ殿」

「クニミツ様……なんだか日本人みたいな名前ですね」

「この地は伝統的にニホンからの来訪者が多くてな。王家や貴族の血筋にも多くの来訪者の血が入っている。だから我がイストヴィア領では、子にニホン人風の名前を付ける者が多いのだよ」

「……そんなにいるんですか、来訪者って?」

「ああ、そうだ。今回も八人の来訪者が送られてくる予定になっておる」

「八人! そんなに?」

「ちなみにお主で四人目だ」


 驚く朝弥に、公爵は続ける。


「おお、丁度いい。あそこにいる娘も同じ、今回送られてきた来訪者だぞ」


 そう言って進む廊下の先を指さす。

 その先にいたのは、朝弥のよく知る姿の少女――。


「陽莉――!」

「――!」


 廊下の先にいた彼女は、朝弥を見るなり青ざめる。

 そして……朝弥のいる方とは反対側に、一目散に逃げだした。


「あっ! 待てよ陽莉!」


 慌てて後を追う朝弥。

 男の足であっという間に差を詰める。

 だが、あと一歩というところで、城の一室に逃げ込まれてしまった。


「おい陽莉! どうして逃げるんだ? ここを開けてくれ!」


 朝弥は必死に声をかけ、ドンドンと何度もドアを叩く。

 だがドアはカギが掛けられ、中からは何の反応も返ってこない。


「陽莉……どうして……?」

「トモヤ殿、あの子はお前の知り合いか?」


 後ろから追いついた公爵が朝弥に尋ねてきた。


「ええ……陽莉と言って……大切な幼馴染……なのに……」

「……そうか、彼女はヒマリというのか。君の少し前に転移してきたのだが、ずっと情緒不安定でな。この部屋を宛がって休んでもらっていたところだ」

「そう……ですか……」

「なあに、突然おかしなことに巻き込まれて動揺しているだけだろう。落ち着くまでそっとしておいてやれ。まだ他にも二人来訪者が来ている、先にその者たちと面会するがいい」


 その言葉にハッとする朝弥。


(――そうだ! 陽莉がここにいるなら照だって!)


「さぁ、案内するからついてまいれ」

「は、はい!」


 朝弥は慌てて公爵の後を追った。

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