2-5 ボクの生存確率SSRレベル?



「――私は県警の刑事だ。


 それも私たちが巻き込まれた、連続爆破事件の捜査を担当していた。


 私も次の爆破事件の標的となる場所を探そうと色々調べていてね。

 キミのように七芒星とやらには気づかなかったが、爆破現場が円状になっている事は勘づいていた。

 だけどその事を上層部に進言すると、『だから何だ?』と跳ね除けられてしまったよ。


 でもその事がどうしても気になった私は、ひとり次の満月の日に、その中心にある学校を訪ねてみる事にしたんだ。


 そこで山本という先生と接見し、事情を話して学校内を案内してもらう事になった。

 まず人がいるところを探し、灯りがついていた旧校舎へ向かったのだが……。

 そこで私は、目の前を走り抜けていく一人の少女と出会った。


 それがまぁ……今考えると照、キミだったのだが。

 制止を振り切って走り去るキミを見て、怒った山本先生も後を追っていった。

 仕方なくついて行くと、照明がついた部屋の中から騒ぎ声がする。

 だから私は、開いていた扉から部屋の中を覗き……


 ……気づくと真っ白い空間にいた。


 そこで変な少女と出会い、死んだと言われ、あっという間にこの世界に送られていたんだ」


 燐子は一気にそこまで話すと、大きく息を吐いた。


「あとは……体が若返っていたのは……理由は私にも分からない。もしかしたら久々に高校に来て、気持ちが少し若返ったからかもしれないな」


「まぁ異世界転移で若返るのは、定番というかお約束ですからね。 ……でもそうか、そういえば……」


(走っている時に後ろから『こら、あなた達! どうしてまだこんなところにいるの!』とか『キミたち何をやってるの! あれだけ言ったのにどうしてまだ帰ってないの!』って怒鳴られたけど、あれが山本先生だったんだな)


 照は爆発に巻き込まれる前の事を思い出す。


(……あれ? だとしたら山本先生はどうして異世界転移してないんだろう?

 それに陽莉……は助かったとしても、朝弥や暮乃さんは?

 ……もしかしてこの中に四人目の来訪者が……・?)


 そう照が考えを巡らしていると――。


「これで私の事は全て話した。――次は乃愛、キミの番だな」


 今度は燐子が乃愛に問いただし始めた。


「キミがあの高校の生徒なのは、照と知り合いなのを見ていれば解る。だが君はどうやってあの爆発に巻き込まれたんだ? あのときキミのような生徒は、傍にはいなかったと思うが……?」

「……私は死んだとき、ラノベ部の隣にあるアニメ部の部室にいたわ」


 乃愛が死んだときの状況を語り出す。


「あの日、生徒会に『アニメ部が文化祭に卑猥な絵を展示しようとしている』というタレコミがあったの。

 だから生徒会長として、アニメ部の部室に視察に行ったのよ。

 そうしたらタレコミ通り、部室の中には所狭しと、卑猥で下劣な絵や人形がたくさん展示されていたわ。

 私は当然撤去するよう要請していたのだけれど、連中の中の一人、アニメ部副部長だけが頑なに拒否をした。

 私は説得を続けたのだけれど、どうしても彼だけは納得せず、他の部員が帰る中、彼と私だけ部室に残って論争を続けていたわ。

 そして――いつの間にか夜になっていて、気付けばあの爆発に巻き込まれていたの。

 アニメ部はラノベ部の隣だったから、そのせいで爆発に巻き込まれたのでしょうね」


「なるほど……いや、待て。その話は少しおかしいな?」


 乃愛の話を聞いた燐子が首をひねる。


「異世界で捜査情報の漏洩もないだろうから言ってしまうが……。

 この連続爆破事件に使われたのは『TATP』という種類の爆弾だ。

 これは作り方さえ知っていれば小学生でも作れるという、テロでも幅広く使われている爆弾なんだ。

 手軽に作れるのに威力が高い……だけどさすがに、校舎のコンクリでできた壁を突き破って、隣にいる人間を即死させるほどの威力はないはずだ。

 キミがあの時隣の部屋にいたとしても死ぬはずがない」


「それは……」


 考える素振りを見せる乃愛だったが、すぐに答えに辿り着く。


「……そう、分かったわ。きっと教室の構造の問題ね」

「構造?」

「ウチの学校は旧校舎を部室塔のように使っているけれど、小さな部にまで大きな教室をあてがう余裕は無いの。だから苦肉の策として、教室を石膏ボードの壁で区切って半分ずつにして使っているのよ」

「……なるほど、コンクリならともかく、石膏ボードならTATPでも吹き飛ばせるだろうな。だとしたら何も疑問はないか……」


「だけど……そうなるといったい誰が四人目なんだろう……?」


 今度は照が疑問を呈す。


「あのとき爆発現場にいたのは、ここにいる三人を除くと――まずはボクの友達の朝弥と陽莉、ラノベ部の暮乃真宵、ウチのクラス担任の山本先生、それと……乃愛先輩と一緒にいたというアニメ部副部長の――」

「……副部長の名前は鏑木昴、たしか一年だったわね」

「鏑木昴……ってもしかしてボクと同じクラスの?」

「知り合い?」

「……というほどじゃ……ただのクラスメイトです」


 照は鏑木昴というクラスメイトの事を思い出す。

 小太りで陰気なオタクの少年――。


「彼もあの現場にいたのか……ともかく彼も含めて全員で五名。もしかしたら他にもまだいた可能性はあるけど……」

「そうね、やっぱり有力なのはこの五人。つまり……」

「この五人の中に四人目ががいる――?」


 さらに言えば、その四人目が爆弾犯の可能性が高い。

 その事に思い当たり、三人はついつい言葉を失う。


 シィーン……と静まり返る牢屋の中。





「あらあら皆さん。揃って楽しい推理ごっこですか?」


 牢屋の外からそんな言葉がかけられる。

 檻を挟んで立っていたのは、大勢の女性兵士を連れたウェルヘルミナだ。


「面白い話をしておいででしたね。四人目は誰か?

 そういえば私、その方にお会いしていますの。

 よろしければその正体を教えて差し上げましょうか?

 代わりにわたくしの奴隷になっていただくのが条件ですけれど」


「……無粋な事を言うのね、ウェルヘルミナ。ミステリーの犯人を先に教えるよううな真似をしたら、貴女を永遠に許さないわ」

「まぁ! ノア様ったらこんな状況でも強気ですのね。そんな姿も素敵ですわ。けれど今は、他の方に用がありますの」


 ウェルヘルミナがパチンッと指を鳴らし、それを合図に兵士たちが、ゾロゾロと牢屋の中に入ってきた。

 そして……。


「わっ! ちょっ! 何するんだよ!」


 兵士に取り押さえられ、抵抗むなしく拘束される照。


「待ちなさいウェルヘルミナ! 照くんをどうするつもりなの?」

「お友達の心配ですか? お優しいですねノア様。でも今はご自分の心配をされた方がいいですよ? それではごきげんよう――」


 そうしてウェルヘルミナは、照を連行し去っていった。





 城の廊下を連行中の照に、ウェルヘルミナが楽しそうに話しかける。


「しかし不思議ですね。

 ――『満月の夜、七芒星に七人の生贄を捧げよ』。

 これは我が国に伝わる異世界人召喚の儀式。

 ですが照さまの世界では、異世界に渡る方法として伝わっている。

 異世界に呼ぶ方法と渡る方法、正反対なのに同じ儀式だなんて、本当に不思議ですわ」


「……その言い方だと、その儀式を使ってボクたちをここに召喚したように聞こえるんだけど……?」


 照がそういうと、ウェルヘルミナはウフフと含みのある笑みを見せる。


「うーん、正しくは召喚ではなく横取りですわね。来訪者の国、イストヴィア公爵領から」

「横取り? イストヴィア公爵領?」


「イストヴィア公爵領とは、このアインノールド侯爵領と同じくセーヌ王国の領地で、王家に次いで最も権威のある公爵の収める地。

 そして昔から来訪者が訪れる地として神聖視されている土地ですわ。

 イストヴィア城には巨大な七芒星の魔法陣があり、代々来訪者はこの魔法陣に転移されてきます」


「そんな場所が……」


「先月も女神様から『八人の来訪者を送るから、迎える準備をするように』とお告げがあったそうですわ」


 その言葉に思わず目を見開く照。


「……って、八人! 来訪者って八人もいるの?」


「そうみたいですねぇ。そこでわたくしは、イストヴィアからその来訪者をかっさらおうと、七芒星の儀式を行ったのですが……召喚できたのは四人だけ、しかも一人はどこかへ去ってしまいましたし……」


「……さらっと言ってるけど、それってつまり、儀式のために七人の人間を殺して生贄にしたって事だよね……?」


「……さぁ、着きましたよ」


 照が連れてこられたのは、最初にこの世界に送られてきた部屋だった。

 全面が石造りの部屋の床に七芒星の魔法陣が描かれ、その周りには円筒型の石箱が七つ置かれている。


「……ねぇウェルヘルミナ、今気づいたんだけど、この七つの石の箱って……」

「人間ってまとめると案外小さくなるんですよねぇ。……中身が見たいですか?」

「……いえ、結構です」


 ウェルヘルミナの言葉に青ざめる照。

 つまり魔法陣の周りの石箱は、儀式のための生贄で――。


 そんな魔法陣の中に照は転がされる。

 事実を知った今では、この場所にいる事が震えるほど忌避感を持ってしまう照。


「そ……それでボクをどうするつもりなのさ?」


 ガクブルの照が涙目で尋ねた。


「テル様については、いろいろ考えたのですよ。

 男とはいえ来訪者、何かの役に立てないかと。ですが……。

 勝手に秘密を暴き出して、知られたくない事をほじくり返す。

 [探偵]なんてジョブはロクなもんじゃない、現実にいたら大迷惑な存在だという結論となりました。

 なのでテル様を利用するのは諦めて、サクッと処分しちゃおうと考えていますの」


「し、処分……そんな……」


「あっさり殺しちゃってもいいのですが、せっかくなのでテル様で実験しちゃおうかと思っていますの。

 そもそも七芒星とは、魔法の六系統には当たらない、未知の七番目、時の魔法を示すもの。

 なので七芒星の魔法陣も異世界召喚だけでなく、本来は様々な時の魔法に利用されていたそうです。

 なので試しに、この魔法陣を使ってランダムテレポートでもやってみようかと」


「その実験台をボクに……? ひ、酷い! この鬼、人でなし!」


「そうですか? 殺されるよりはマシでしょう? 実験とはいえ、もし無事にテレポートできて、それがどこかの人里だったら、テル様の命も助かりますし、無事にここから逃げ出せたことにもなりますよ?」


「そ……それは確かに……」


「とはいえこの広い世界に、人間の住んでる土地なんて全体の1%もないそうですけどね」


「――ってボクの生存確率SSRレベル? やっぱ酷い! この鬼、人でなし!」


「助かるチャンスを与えるだけ優しいと思いますけどねぇ。それでは行きますよ~」


 ウェルヘルミナが杖を振るうと、照の足元の魔法陣が光り出す。


「ちょっ! まっ! うわぁああああああああああああああっ!」


 光がとめどなくあふれ出て、照の姿はその輝きの中に消えていった――。



 ――3話へ続く。

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