2-3 連続爆破事件



 一台のタクシーが校門前に停まり、中から照が飛び出してきた。


「ゴメン朝弥、お金払っといて!」

「おい! ちょっと待てよ!」


 照は言い捨てると一目散で駆け出していく。

 朝弥は大急ぎでお金を払うと、慌てて照の後を追った。


 文化祭に備えて様々に飾られた校舎が、夜の暗闇の中、明日の出番を待つようにひっそりとしている。

 その静けさの中を、足音を響かせ駆け抜ける照と朝弥。

 向かっているのは旧校舎、陽莉がいるはずの『ラノベ部』の部室。


「こら、あなた達! どうしてまだこんなところにいるの!」


 途中誰かにそんな声をかけられたようだが気にしない。

 照はたどり着いたラノベ部部室のドアを、勢いよく開け放った。


「陽莉! 大丈夫?」

「照? どうしてここに?」


 照は陽莉の無事な姿を見て安堵する。


 部室の中にいたのは陽莉と、その友達の暮乃真宵。

 文化祭の展示物だろうか、『ラノベの考察』や『なろうの展望』などと書かれた論文のようなものが板に張った状態で壁に並べられていて、部室の中央には布と段ボールで作られた、何かの作品の登場キャラであろう、髑髏の像が置かれている。


「良かった、無事で! さぁ陽莉、学校を出よう! 暮乃さんも一緒に!」


 陽莉と暮乃真宵の手を取り、急いで部室を出ようとする照。

 だが……。


「ちょ、ちょっと待ってよ照、どうしたの急に?」

「あ、あのあの……! 照さまに手を……手を握られ……!」


 状況が呑み込めない二人は照の様子に戸惑っている。

 特に真宵は顔を赤らめ、照に手を握られたことにプチパニック状態だ。

 照の方も、思わぬ抵抗に慌てる。


「もめてる場合じゃないんだって! いいから二人とも、言う事を聞いて……」

「手……手っ! きっ……きゃああああああっ!」


 アワアワしていた真宵の心のリミットがついに振り切れた。

 悲鳴を上げながら照の手を振り払い、その拍子に彼女はバランスを崩し――


「あっ!」


 ――照が慌てて手を伸ばしたが間に合わない。


 彼女は「きゃあっ!」という小さな悲鳴を上げて、部室中央にあった展示物に倒れ込んだ。

 そして……その展示物――布と段ボールでできた髑髏キャラの像――は無残にひしゃげてしまった。


「大丈夫、真宵ちゃん! ああっ、手作りアイ〇ズ様の像が!」

「おい照、何やってんだ! まだ本当に爆弾があると決まったわけじゃないだろ!」

「キミたち何をやってるの! あれだけ言ったのにどうしてまだ帰ってないの!」


 照を責める周りの声に、慌てふためく照。


「ゴ、ゴメン! そんなつもりじゃ……」


 慌てて倒れた暮乃真宵を起そうと手を差し出し――


 ――そのとき、照は見つけてしまった。


 壊れた髑髏キャラの像の中にあった爆弾を――。


 四角い箱から幾つかのコードが伸び、それがデジタルのタイマーに繋がっている。


 タイマーの表示は[00:00:05]。


 照の頭が真っ白になる。


 ……[00:00:04]……[00:00:03]……[00:00:02]……


 進むカウントに、照の体は考えるよりも先に動き出す。


 陽莉の体を部室の隅に押し倒し、近くの展示物の板を引っ剥がして抱え、彼女を庇うように身を投げ出す。


 [00:00:01]


 [00:00:00]


 そして世界は、真っ白に、塗りつぶされた――。





(……あれ? ボク、どうなったんだろう)


 照はうっすらとした意識で周囲を窺うが、その目には何も映らない。

 それもそのはず、照は腹部が抉れ、背中はズタズタになり、体から流れた血で辺り一面真っ赤になっている。

 明らかに致死量を超えた出血で、もはや意識がある事自体が奇跡だ。


 照の体を抱きかかえ、陽莉は泣きながら必死に呼びかける。


「……いで! とも…………で! いや…………おねが…………と…………」


 だが今の照では、かすれてほとんど聞き取ることができない。


 でも……、それでも……。


(そうか……陽莉は生きてるんだ……良かった……)


 最後に彼女の声が聞けて照は幸せだった――。





「はーい、惣真照さん。目を覚ましてください」


 パンパンッと手を叩くような音が聞こえ、照は目を覚ます。


 いや、これは……目を覚ましたというのだろうか?


 体の感覚はなく、ただただ真っ白な空間に、意識だけがあるかのような感触。

 照がそんな異様な状況に困惑していると……。


「惣真照さん? 聞こえてますか?」


 声はするけど姿は見えない。


(……いや、目の前に誰かがいる気配が……)


 気配に意識を集中する照。

 するとそれは次第に形となり、目の前に少女が現れた。


 年は十二・三歳といったところ、服から髪、肌に至るまで全てが真っ白、瞳だけが金色の――あまりに美少女過ぎて現実感を感じない美少女だ。


「おはようございます、惣真照さん。意識はハッキリしてますか?」

「えっと……。はい、まぁ……」

「では今の状況を理解していますか?」

「状況って……ここ何処?」

「ここはいわゆる次元の狭間。そして私はここを管理する女神。覚えていませんか? 貴方は死んでここに来たのですよ」

「死んだって……ああっ! そういえば!」


(そうだ、ボク、爆弾事件に巻き込まれて……)


 照はようやく状況が解り始めた。


「良かった、ようやく思い出していただけましたか。では話を進めましょう。惣真照さん、貴方にはこれから異世界転移していただきます」

「……へ? 異世界転移?」

「ご存じありません? 貴方、ラノベとか読まないタイプの人ですか?」

「いえ、友達の付き合いで読みますけど……」


 女神を自称する少女の言葉に困惑する照。


「……え、ホントにあの異世界転移? マジで女神様? ドッキリとかじゃなくて?」

「ドッキリでもなければ説でもありません。本当の異世界転移です」


 エッヘンと無い胸を張る女神様(自称)。


「ともかく知っているのなら話は早い。貴方には剣と魔法のファンタジーな世界に転移していただきます。チートは一律同じものになりますので、リクエストは受け付けません。えーここまでオッケーですか?」

「オッケーというか……ホントに異世界に? いやいやまさか。やっぱりドッキリでしょ?」

「しつこいですね、ドッキリじゃないって言ってるでしょう」


 現実をなかなか受け入れない様子の照に、その女神を名乗る少女は苛立ちを見せる。


「でも、確かにボク、死んだよな……。と言う事は、あの七芒星で異世界転移できるって噂は本当だったって事……?」

「……七芒星?」


 七芒星と聞いて、自称女神の少女が目つきを変える。


「どうして貴方が異世界転移の方法を知っているのですか?」

「どうしてって……聞いたことがあったから?」

「――ああっ! まさか貴方がこの転移の首謀者なんですか!?」

「へ? 首謀者?」


 戸惑う照に女神様(自称)は捲し立てる。


「異世界転移は計画的に行うもの! 今回みたいに勝手に世界の壁に穴なんてあけられたら困るんですよ! 日本からは六年前に異世界転移を行ったので、当分はやらないはずだったのに……! 貴方の勝手な異世界転移のせいで、それを管理する私がどれだけ残業することになったと思ってるんですか?」

「ち、ちょっと待って! もしかしてボクが爆弾魔だって思われてる?」


 相手が本当の女神で、もし自分が危険人物だなんて思われたら……と青ざめる照。


「ち、違いますよ! ボクじゃありませんから!」


 慌てて言い訳を始めると……。


「……なんて、冗談ですよ惣真照さん。貴方が犯人でない事は分かってますから」

「ホ…ホントに? 良かったぁ――」


 あっさり嘘だと認めた自称女神様の様子に、ホッと胸を撫でおろす照。


「貴方がドッキリを疑うものだから、リクエストに応えてみました」

「……余計なサービス精神はやめてください」


 アハハッと笑う自称女神様を、半目で睨む照。

 すると女神さまは――


「だいたい本物の犯人は、すでに異世界転移を済ましてますしね」


 ――などととんでもない事を言い出した。

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