2-2 男でもいいって言わせてやるからな!



 陽莉と真宵を残し、照と朝弥は二人で家路につく。

 周囲はすっかり夜になっていて、街灯と夜の看板が通学路を照らしている。


「――二人っきりで夜のデート、たまにはこういうのもいいよなぁ」

「……だから朝弥、そういう気持ち悪い事言わないでよ」


 朝弥がムード作りを試みるも、照の方はけんもほろろだ。

 ガックリと肩を落とした朝弥は、恨みがましい目で照を睨む。


「……照はいっつもオレに冷たいよな。昔はもっと優しかったのに……」

「それは当然だよ。これだけしつこくされたらさ」


 照はその恨み節を、いつものように受け流す。


「だって朝弥は知り合ってから十年の間、ずっとこんな事言ってるんだよ? 何度も何度も告白されて、断ってるのに諦めない。小学生のころからこれだけ繰り返されてたら、そりゃ対応が雑になっても仕方ないじゃないか」

「それはだって、照が全然相手にしてくれないから……」

「だからさ、これも何度も言ってるだろ?」


 照は呆れたように溜息をつく。


「ボクはLGBTでいうところのトランスジェンダー、それもFtM(Female to Male)と呼ばれる性別なんだ。ボクの体は女でも、心は完全に男なんだよ」

「それは何度も聞いたけど……」

「だったらいい加減に分かってよ。ボクにとって男は恋愛対象外。何度告白されたって、相手が男じゃ気持ち悪いだけだってさ」

「そ、そんな……」

「だからさ、朝弥。ボクの事は諦めて他の子に行きなよ。恋愛対象にはならないけれど、朝弥の事は好きだし親友だと思ってる。だからボクなんかに構ってないで、ほかの人と恋愛してちゃんと幸せになって欲しいんだよ」


 朝弥に優しく語り掛ける照。

 だが――


「――いいや、ダメだ!」


 朝弥は取り付く島もない。


「だって初恋なんだ! 十年間ずっと好きだったんだぞ! そんな簡単に諦められるわけがないじゃないか!」

「……いや、そこは諦めようよ。無理なものは無理だって」

「いいや諦めない! 見てろよ、いつか照にオレを好きだって言わせてやる! 女が好きでも構うもんか! 『朝弥だったら男でもいい』って言わせてやるからな!」


「……はぁ、もういいや、好きにすれば? そんな日は永遠に来ないだろうけどさ」


 照があきれた様子で肩をすくめ、二人の会話はいつもの着地点へと落ち着く。

 そんないつもの、よくある日常会話をしながら、夜の家路を歩いていると……。


 ドゴォオオオオオオオオオオオオオンッ!


「なっ! なんだっ?」


 突然爆発音が響き、音のした方から「きゃあああっ!」という人の悲鳴が聞こえてきた。

 音のした方の様子を伺うと、うっすら白煙が立ち上ってくるのが見える。


「行ってみようよ!」

「ああっ!」


 照と朝弥は顔を合わせて頷き合うと、その白煙を目指して走り出した。





 その現場は走ってて三分もかからずに辿り着けた。

 国道沿い、窓ガラスが全て吹き飛び、白煙を上げ、半壊した某ファミリーレストラン。

 ディナーの時間帯だったからか大勢の客がいたようで、店の中から人々のうめき声が聞こえてくる。


 平和な日本ではまずありえない、テロの現場のような阿鼻叫喚の光景だった。


「た……大変だ! ボクが警察にかけるから、朝弥は救急に連絡して!」

「わ……わかった!」


 そうして警察と救急を待つ間、照と朝弥はできる範囲で客の救出を行った。

 動かしても平気そうな人を選び、店の中から運び出す。

 手の届く範囲での救出作業――。


 照はその作業の最中、机や椅子などが吹き飛ばされ、山になった瓦礫の間から漏れ出る光を見つけた。

(何か光ってる……スマホかな? いや、もっと明るい……?)

 気になった照が瓦礫を持ち上げると、下には一枚の布切れがあった。


 不思議なことに、光っていたのはその布切れ。

 いや、正確には、光っているのはその布に書かれた魔法陣だ。


(……な、なんだコレ?)


 布が光るという珍現象に、思わず関心を呼び起こされる照。

 だが――。


「おい照、何やってるんだ? まだケガ人がいるんだから手伝ってくれ!」


 朝弥の声に気を取り直すと、その布は丸めてポケットにしまい、慌てて救出作業に戻っていった。


 ……………………

 …………

 ……


 十分ほどしてパトカーと救急車が到着すると、照たちは救出作業をやめて少し離れた場所に腰を下ろす。

 これ以上の救出作業はプロに任せようと考えての事だ。

 次々と担架で運ばれていく客を、ただ茫然と見送る二人。


「……照、これってあれだよな、最近流行ってる連続爆破事件と同じ……」

「そうだと思うよ。だってほら、今日は満月だし……」


 そう言い照が指さした空には、奇麗な満月が昇っていた。


 連続爆破事件――


 それはここ数か月、巷を賑わせている事件の事だ。

 これまでに六件、今日の事件を含めて七件の爆破事件が起きている。

 その標的は、駅、スーパー、病院、公共施設と様々だが、人手のある場所という事が共通している。

 そして全く同じタイプの爆弾が使われていることから、すべてが同じ犯人の犯行であるとされているのだ。

 さらにこの事件の特徴として、『すべての事件が満月の夜に行われている』というものがある。

 三か月前の満月の夜に二件、二か月前に二件、先月に二件、そして今日――。

 七件すべての事件が、満月の夜に行われているのだ。

 そして警察が犯人を追っているが、まだ解決の糸口もつかめていないのが現状である。


「……ところで朝弥、これなんだと思う?」


 そう言って照が見せたのは、先ほど拾った布切れだ。

 おそらくハンカチだと思われるその布に、大きく書かれた魔法陣。

 そして……。


「な……何だコレ? 光ってるのか?」


 朝弥が驚くとおり、その布の魔法陣はいまだ煌々と光を放っていた。


「蛍光塗料? ブラックライト? いやでもこれ、光を反射してるんじゃなくてこの布そのものが光ってるよな? どういう仕組みだ?」

「さぁ……? 光る布が開発されたって何かのニュースで見た記憶があるけど、これはそういうのとは違う気がする……って、消えた?」


 二人の話している間に、魔法陣の光がふっと消え、ただのハンカチになってしまった。


「な、なんだったんだ? 照、これどこで拾ってきたんだ?」

「店内の瓦礫の下だよ。それより朝弥、この魔法陣気にならない?」

「……そりゃ光ってたんだから気にはなるけど……」

「そうじゃなくて魔法陣の模様だよ。これ……七芒星じゃないかな?」

「1・2・3……あ、ほんとだ」


 照の指摘した通り、その魔法陣は七芒星を取り入れた模様になっていた。

 その事実に朝弥が眉をひそめる。


「……んん? 七芒星の魔法陣って……昔、何かで聞いた記憶があるんだが……たしかあれって……」

「そう、小学生の時に流行ったじゃないか、異世界転移をする方法――」


 ――異世界転移をする方法。


『満月の夜、七芒星に七人の生贄をささげよ。さすれば自らの命を持って、異世界の扉は開かれん』


 それは小学生の時に流行った噂話――。


「確かにそんな噂があったな……でもあくまで噂だろ? 本当に異世界なんてあるわけがないし、無いんだから行ける訳もない。噂というより作り話だな」

「ボクもそう思う。でも……もし、その作り話を信じてる人間がいたとしたら?」

「……ってまさか、その信じてる誰かってのが、今回の爆破事件を起こしたっていうのか? 自分が異世界に転移するために、ファミレスの客を巻き込んで自爆したって?」

「たぶんそのとおり……いや、待って……」


 照は腕を組んで黙り込む。


(爆破事件はこれで七件目。これがもし異世界転移の準備だとしたら……)


「――っ! 朝弥、タブレット持ってたよね? ちょっと貸して」

「あ、ああ、分かった……」


 朝弥がタブレットを取り出す間に、照はスマホで素早く連続爆破事件を検索する。

 朝弥のタブレットに近辺の地図を映し出すと、スマホで調べたこれまでの爆破事件の現場の場所を、蛍光ペンで書きこんでいく。


「お、おい! 授業用のタブレットに何を書き込んでるんだよ!」

「水性だからすぐに消えるよ。それより……」


 現場の位置を線で結び、囲むように円を描く。

 そこに現れた模様は――。


「な、七芒星?」

「やっぱり……『満月の夜、七芒星に七人の生贄をささげよ』、つまりこれまでの七件の爆破事件は、異世界へ転移するための準備だったんだ!」

「なっ? マジかよ!」

「そしてあとは……『さすれば自らの命を持って、異世界の扉は開かれん』だから、犯人が自殺するだけで儀式は終わる……ここまで爆破事件を続けてきたとすれば、自らの最後も爆破で終えるつもりじゃないかな?」

「また犯人が爆破事件を起こすっていうのか? いったいどこで……?」


「それは……そうか! わざわざ魔法陣を描いたのなら、最後はその中心が犯行現場……! 何処だ、魔法陣の中心は――」


 照はタブレットの地図に書かれた魔法陣の中心を探す。

 そこは――。


「――ウチの高校!」

「お、おい! まさか最後は、オレたちの高校が爆破されるっていうのか?」


 朝弥が慌てた声を上げ、照の顔がサァーッと青ざめる。


(これまでの爆破事件は満月の日に二件起きている)

(そして今日はまだこれが一件目、だとしたら最後の爆破が行われるのは今日――)


「――っ! まだ学校には陽莉が――っ!」


 そう気づいた瞬間、照は慌てて駆け出していた。

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