第二章「異世界は爆弾魔とともに」

2-1 神様、ボクにチンコをください!

プロローグ



 ――ドンッ!

 ……という衝撃音が少女の耳元で響く。


 日本のとある高校の校舎裏――。

 校舎の壁にもたれかかる小柄な女子高生。

 その彼女に覆いかぶさるように、背の高い男子高生が壁に手をつき体重をかけている。


 ――いわゆる壁ドンというヤツだ。


「照、オレのモノになれよ」


 最高にかっこつけた男子高生の決め台詞。だが――


「……キモいよ朝弥」


 ――女子高生にバッサリと切り捨てられてしまった。


「ぬぁっ! なぜだ! 壁ドンで強気に迫れば、どんな女もイチコロなんじゃないのか?」

「いやいや、今どき壁ドンもオラオラ系もないから。つーか朝弥の存在自体がないから」


「――――グハッ!」


 さらなる女子高生の拒絶の言葉に、男子高生は精神的ダメージを負って崩れ落ちるのであった。


 ――とまぁ、そんな寸劇を繰り広げたこの二人。


 強烈な言葉で男をフった女子高生は、名前を惣真照といい、この学校の高校一年生だ。

 ショートカットで少年のような印象もあるが、なかなかの美少女である。


 フラれた男子高生の方は名を櫻井朝弥といい、スポーツマンタイプの好男子。

 見た目だけでいえば、先ほどのように、ボロクソにフラれなきゃいけないような男には見えない。

 むしろ女子にキャーキャー言われてもおかしくないクオリティのイケメンだ


「ぐすん……ずっと好きなのに……どうしてオレの想いは伝わらないんだよ……」


 ……ただし泣き言を言うその姿を見ると、ガッカリイケメンという言葉がしっくりくるのだが。


「どうしたの、朝ちゃん? また照にふられちゃったの?」


 そんな二人の様子を見て、ひとりの少女が声をかけてきた。

 フワフワの栗色の長い巻き毛をした、アイドルもかくやというほどの美貌の持ち主だ。

 彼女の名は瀬名陽莉、学年一の美少女として校内校外問わず名を知らしめている。


 惣真照、櫻井朝弥、そして瀬名陽莉――。

 三人は小学生の頃から十年来の付き合いで、いわゆる幼馴染というやつだ。

 彼らは同じ高校に進学し、高校生になった今でも仲が良い。


「うぅう……照が……照が……」

「おーよしよし、慰めてあげる」


 そういうと陽莉は、振られて落ち込んでいる朝弥の頭を優しく撫でた。

 それを見た照が「ふぁっ!」っと変な声をあげ、慌てて二人の間に割って入る。


「ま、待ってよ陽莉! 傷付いてるのは朝弥じゃないよ? しつこく告白されて、泣きたいのはボクの方なんだから!」

「そうなの?」

「うんうん、今ボクすっごく傷付いてるんだよ!」

「わかったわ、照ちゃん。こっちにおいで、慰めてあげる」

「わーい、やったぁ!」


 バンザイをして喜んだ照は、トトトッと軽い足取りで陽莉に駆け寄る。

 そしてそのまま抱きつくように、陽莉の胸――釣鐘型Hカップ――に飛び込んだ。

 ホワァン――とした柔らかな感触が、照の顔を包み込む。


(ほわぁあああ~! 柔らかい、柔らかいよぅ~!)


 その感触を楽しむように、照は谷間へグリグリと顔を押し込んでゆく。


(ブラの上からでも分かるこのボリューム! しかもこの匂い……クンカクンカ……あーもう! 辛抱たまらんです!)


「ほーら、元気出して。たくさんなでなでしてあげるからね」

 陽莉に頭を撫でられながら、そのHカップを堪能する照。


(もー幸せだー! おっぱいとなでなでに包まれて、ボクもうこのまま死んでもいいや……。

 でも……くぅう、残念だよ。

 どうしてボクは女なんだろう……。

 もしボクが男だったら、このまま陽莉を押し倒して、あんなことやこんな事まで……ぐへへ……いっぱいいろんな事をしちゃうのに……。

 あーもう、悔しいよ! どうしてボクは男じゃないんだよぉ~……)


(……お願いです神様! ボクにチンコをください!)


 ……つまりこの惣真照という少女は、そういう人間なのだ。





 十一月初旬、暦の上では冬となる時期。

 高校に入って初めての文化祭を翌日に控え、照たちもその準備に追われていた。


 彼らのクラスは演劇をやることになっている。演目は白雪姫。

 今は教室でその劇の練習を行っている最中だ。


 彼らの配役は、陽莉が当然のごとくお姫様、朝弥が王子様役に選ばれていた。

 そして照は七人の小人の中の一人だ。


「あら小人たち、何をそんなに喜んでいるの? あら、あなたは誰?」

「僕は隣の国の王子です。ああ白雪姫、どうか僕と結婚してくれ!」


 そんな甘い演技を見せるお姫様と王子役の二人。

 そしてそれを取り囲み、祝福するだけの小人役の照。


(う~、陽莉がお姫様なら、ボクが王子様をやりたかったのに……おのれ朝弥、許さないからな!)


 ――ゾクッ!


 照の理不尽な恨みの視線に、朝弥は演技をしながら原因不明の悪寒を感じる。

 ……フラれた上に好きな子から理不尽に恨まれる、可愛そうな朝弥だった。


 ――その後も照たちは、クラスメイトと共に演技の練習を続けた。

 張り切るクラスメイト達の練習時間は長々と続き、そしてもう日も暮れようかという時間になったころ――。


「こら、あなた達! いつまで学校に残っているのよ!」


 クラスの担任である山本先生が、鬼の形相で教室に乗り込んできた。


「お願いします、先生! 明日の本番のためにもう少し練習させてください!」

「そんな都合なんて知らないわよ! いいから早く帰りなさい! 帰れーっ!」


 生徒の懇願を一顧だにしない山本先生の様子に、蜘蛛の子を散らすように逃げ帰るクラスメイト達。

 照たちもそんなクラスメイトと同様に、慌てて教室を飛び出していくのだった。





「怖かったぁ……。山本先生、いつになく荒れてたね」


 教室を飛び出した照は、安堵の表情でそう漏らした。

 すると朝弥が、「知らないのか、照?」と山本先生の事情を教えてくれる。


「山本先生、今大変なんだってさ。旦那さんが浮気して、離婚するとかしないとか」

「へぇえ、そんな事が……」


 照は山本先生の様子を思い浮かべる。

 髪を肩口で切りそろえ、痩せぎすでいつもスーツに眼鏡をかけた恰好の女性教師。

 年は40を超え、すぐヒステリックになって怒鳴り散らす、誰からも嫌われるクラス担任だ。

 だが……家庭に問題を抱えていたからだと考えると、少しかわいそうにも思えてくる。


「先生かわいそう……。今度なでなでしてあげないと」

「……やめろ陽莉、そんなことしたらキレられるどころじゃないぞ」


 同情する陽莉に、本当にやりかねないと朝弥が慌てて釘をさした。

 そんなうわさ話をしながら、照たち三人は校門へと向かう。

 そこへ……。


「待って、陽莉さん! 帰らないでこっちも手伝って!」


 そう涙目で声をかけてきたのは、隣のクラスの女子、暮乃真宵だ。

 眼鏡で三つ編み、見るからに文学少女といった大人しめの同級生。

 陽莉とは部活が同じで、彼女にとって高校でできた一番仲の良い友達だ。


 ちなみにその部活は『ラノベ部』。


 陽莉の趣味であるラノベの愛好家たちが集う部活だ。

 陽莉と一緒にいたい照もラノベ部へ入部しようとしたが、『ニワカは帰れ』と拒否され、それ以来照はラノベの勉強中だ。


「印刷すれば終わりだったはずなのに、データが消えちゃって……明日までに直さなきゃ……お願い、陽莉さん!」

「まぁ大変! 分かったわ、真宵ちゃん。私に任せて」


 安請け合いする陽莉に、照が心配そうに声をかける。


「ねぇ陽莉、ボクたちも手伝おうか?」

「大丈夫よ、照ちゃんたちは先に帰ってて」

「そういうわけにはいかないだろ」


 朝弥も照と同様に憂えの表情を見せている。


「陽莉は警戒心が足りないから、夜に一人きりになんてできないって。照の言う通りオレたちも手伝うか、それが無理なら終わるまでどこかで待ってるよ」

「心配性ねぇ、朝くんは。もう高校生なんだし平気だよ」

「だけどさ……」


 すると真宵が、心配する二人を見かねて、「あの……」と陽莉に声をかける。


「だったら陽莉さん、私の家に泊まる? 学校のすぐそばだし安全だと思うけど……」


「ホントに? ありがとう真宵ちゃん! ――というわけだから心配しなくて大丈夫よ。二人とも先に帰ってて」

「……分かったよ、陽莉」


 その言葉に納得した照は――


「それじゃ暮乃さん、陽莉の事をよろしくね」


 ――と、真宵に向かってお願いをした。

 すると――


「はわわわわっ! わ、分かりました、照さまがそうおっしゃるのなら……」


 ――急にわたわたとテンパり始めた真宵。

 しかも、何故だか照に『さま』付けだ。


「…………照さま?」

「ち、違いましたー! 照くん、照くんです! ま、任せてください、陽莉さんは命に代えましても守りましゅ!」

「……あ、噛んだ」


 顔を真っ赤にしてあがりまくる真宵は、まるで好きなアイドルを前にした乙女のようだ。

 どうやら彼女は、照に特別な思いがある様子。

 だが、残念ながらその対象である照は――


(相変わらず変わった子だな~)


 ――などと全く気付かない様子だったが。


「それじゃ陽莉、ボクたち先に帰るけど、遅くなったら気を付けてね」

「ありがとう照ちゃん、また明日ね――」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る